フロアに着くと、キラキラとした音楽が流れ、大量のブースが並んでいた。この前は気にしていなかったが、プリクラの種類ってこんなにあるんだな。俺からしたら違いがサッパリ分からない。

「どれで撮りたいか決めてるか?」
「一番新しいのはこれだし、これがいいかな」

 ヨルは入り口にあるブースに視線を移す。手前に置いてあるから最新のもので、且つ色々な人に撮影して欲しいのだろうとプリクラの裏側事情を少しだけ推測してみた。
 既に撮影ブースで撮影しているグループがいたので、俺たちは撮影が終わるまで外で待つことになる。その間にお金を入れて、撮影するフレームなどを選ぶ。名前を入れられる箇所があったので、俺はもちろん「あさひ」と名前を入れた。
 ヨルはどうするのだろうとチラリと見ると、当然のように「ヨル」と入力していた。

「それでプリクラに名前が入るけどいいのか」
「うん。今の私はヨルだからね」

 ヨルは不敵に笑い、決定ボタンを押す。いつになればヨルの本名を知れるのかと、もどかしい気持ちになる。期間中には教えてくれなさそうな気がして、どうすればいいかと頭を悩ませる。
 もしかして期間を延長すれば、ヨルは名前を教えてくれるのだろうか。でも、期間を延長しようと言って、ヨルは首を縦に振ってくれるだろうか。
 ヨルは難しい。今日でまた新たな一面を知れたが、名前も含めて本当のヨルはまだなにも知らない。きっと俺が思う以上に本当のヨルは奥深くにいる。
 もう少しだけでもいい。ヨルのことを知りたい。

「朝日、撮影ブース空いたよ」
「あ、あぁ」

 ヨルに呼ばれて我に返った。思わず深く考えてしまっていた。
 とにかく、今は久しぶりのプリクラを楽しむことにしよう。
 前のグループが終わったので、入れ替わるように撮影ブースに入って撮影準備に入る。

「ポーズどうする?」
「指示が出るからそれに従えばいいんじゃないか」
「それがいいね」

 決められずに慌てるより、指示に従った方がいいポーズを取れるのは間違いない。
 準備ができたので撮影開始ボタンを押す。『撮影スタート!』という声と共に軽快な音楽が流れ始める。

『頭にピースで、猫のポーズ!』

 機械から可愛らしい女の子のガイドが流れてくる。カウントダウンが始まり、ガイドに合わせて俺とヨルがポーズを取る。枠内に収まろうとするために、自然とヨルとの距離が近くなる。

「意外とノリノリだね」
「こういうのは楽しんだ方がいいからな」

 撮影が完了すると、画面に俺とヨルの写真が映し出される。

「あはは、朝日最高」
「ヨルもいい感じだぞ」

 写真を見てゆっくり楽しむ暇もなく、次の撮影が始まる。また違うポーズを取り、撮影。どんどん撮影を続け、あっという間に撮影は終了した。
 落書きブースに移動して、落書きが始まった。俺は落書きが苦手だからヨルに任せることにした。

「私もそんなに落書きは得意じゃないから、簡単に終わらせるね」

 と言いながらも、慣れた手つきで落書きを進めていく。シンプルながらもセンスがあって、写っている俺たちを邪魔していない。落書きというものはセンスが問われるから、美術の成績があまりよろしくない俺からしたら羨ましい限りだ。

「今のプリクラってすごいよね。メイクもできちゃうし骨格から変えられちゃうんだよ」

 それは最早自分を素体にした別のなにかでは。プリクラってそこまでできるのか。

「でも、朝日はそのままが一番かっこいいからなにもしないよ」

 包み隠さずストレートに言われて、なぜか俺が恥ずかしくなった。
 ここはヨルも可愛いと言った方がいいのだろうか。いや、落書きをしているのを邪魔してはいけない。俺が余計なことを言って集中を乱しては申し訳ない。
 なにも言わずに見守っていると、ヨルは手早く落書きを進め、制限時間を残して落書きは終了した。落書きブースを出て、プリクラが印刷されるのを待つ。すぐに印刷されたプリクラが出てきて、取り出したヨルが俺に手渡す。
 プリクラはノリノリで色々なポーズを取っている俺たちが写っていて、全力で楽しんでいるのがよく分かった。

「本当はスマホの裏に入れたいけど、朝日との関係がバレちゃうからね」

 ヨルは悲しそうな顔をして、財布に印刷されたプリクラをしまった。そういえばクラスの女子もよくプリクラをスマホの裏に入れているのを思い出す。ステッカーを挟む感覚に近いのだろうか。
 スマホの裏の話はいい。俺はヨルの言葉を聞き逃さなかった。関係がバレると言っていた。

「俺と付き合ってるの、誰にも言ってないんだな」

 俺が言うと、ヨルは視線を逸らして唇を尖らせる。

「そりゃ言えないよ。偽名で付き合ってますなんて言ったら引かれちゃうよ」

 ヨルも引かれるかもしれないという真っ当な感覚は持ち合わせていたようだ。
 俺ならまだしも、ヨルは付き合おうと言った側だ。「知らない人に付き合おうって言ったらオッケーもらったから、偽名を教えた」なんて伝えた日にはドン引きされるに違いない。俺も友人からそんな話をされたら距離を置いてしまうかもしれない。
 だからさ、とヨルは含んだ笑いを見せる。

「付き合ってるのは二人だけの秘密って考えたら特別感出ない?」
「……そうかもな」

 ヨルの笑顔につられて俺も自然と笑っていた。
 ただ付き合っているのではない俺たちは、十分すぎるほど特別だ。