月曜日。放課後。
連絡先を交換しない待ち合わせも回数を重ねれば慣れたもので、ヨルとは人混みの中でも簡単に待ち合わせることができた。「お待たせ」という言葉と共に現れた制服姿のヨルは俺に安心感を与えてくれた。
いつもヨルは時間ちょうどに来るのに、俺は早めに到着してしまう。もしかして張り切っているのかと頭の片隅で考えるが、本音を言えば楽しみにしている。これは間違いない。じゃなければ、口約束の待ち合わせで時間より早く来ることなんてない。いつでもバックれることができるはずなのに、しないということはそういうことだ。
ヨルの悲しむ顔が想像できないし、したくないし、させたくない。その気持ちが俺を駆り立てているのかもしれない。
「朝日はさ」
一人で考え込んでいた俺はヨルの声で我に返る。
「なに?」
「ゲームセンターだといつもなにして遊ぶ?」
ヨルの質問に、過去にゲームセンターで遊んでいたときのことを思い返す。一緒に遊ぶのはいつもつるんでいるクラスメイトだなと、メンツを想像して一人で苦笑する。
「バスケのゲームとか、エアホッケーだな。ヨルは?」
「定番だけどUFOキャッチャーだね。そんなに得意じゃないけどね」
頬をかきながらヨルは笑う。
UFOキャッチャーは景品が獲得できたらもちろん嬉しいが、景品を獲得するまでの過程が一番楽しいのではと俺は思ったりする。もう少しで獲得できるのに、というもどかしさを全力で感じて、獲得できたときの喜びはなににも変えられない。
かくいう俺だが、UFOキャッチャーはそれほどやったことがない。過去にやってみたことはあるが獲得できた試しがなく、財布が空になる方が早かった。そのため、あまりやらないようにしている。
だがしかし、今日はデートである。獲得できそうな景品があったらプレイしてみてもいいかな、なんて思ったりもした。
ゲームセンターに到着すると、賑やかな音楽が俺たちを迎えた。意識していなかったけど、ゲームセンターって結構爆音で音楽が流れているような。他にも俺たちのようなカップルや学生グループがいて、誰もが楽しそうにゲームを楽しんでいた。
「まずなにからやる?」
「そうだなぁ。UFOキャッチャーにチャレンジしようかな」
「苦手じゃなかったのか?」
「もしかしたら今日は獲れるかもしれないでしょ」
ぷんぷんと効果音がつきそうな顔でヨルは頬を膨らませる。俺の気のせいじゃなければ、ヨルも喜怒哀楽がハッキリしてきた気がする。最初はもっと静かで大人びていたはずだ。
俺に心を許してきてくれた証拠かと、嬉しくなった俺は思わず顔を綻ばせた。
「どうしたの?」
「なんでもない」
ヨルからすれば突然ニヤけて何事かと思われたかもしれない。大袈裟に反応してなにもないとアピールする。
俺たちが来たゲームセンターは建物が縦に長く、フロア構成は一階と二階がUFOキャッチャー、三階が音楽ゲームやメダルゲーム、さらにその上の四階がプリクラの単独フロアとなっている。まずは一階から順番に見ていくことになり、ぐるりとフロアを見て回る。
UFOキャッチャーは得意なら良かったが、ほぼ間違いなくアームが景品に掠っただけで終わるに違いない。
どれも獲れそうにないな、と悲しい現実を受け止めながら歩いていると、ふとヨルが足を止めた。
「ねこ星人だ……!」
「ねこ星人?」
聞き慣れない単語に何事かと視線を追うと、丸いフォルムの猫の巨大なぬいぐるみが機械の中に転がっていた。見たところ小さな抱き枕くらいの大きさはある。
ヨルの言ったのも恐らくこのキャラクターの名前だろう。ヨルもいつになく目を輝かせているから、好きなキャラクターなのだとすぐに分かった。
「やってみるか?」
「獲れるか分からないけど、やってみる」
ヨルは早速百円玉を投入し、アームを操作する。マシンの横からもぬいぐるみの位置をしっかりと確認して微調整をする。
とても真剣な表情をして格闘しているから、思わず微笑ましくなって笑ってしまった。まるで奮闘する子供を見守る親の気分だ。心の中でエールを送りながら、ヨルの頑張りを見守ることにした。
「よし、ここだ」
位置が決まったのか、ボタンを押すとアームが降下していく。アームはぬいぐるみを掴み、持ち上げ――ることはなく、ぽとりと落ちていった。もう少しとハラハラすることもなく、あっけなく戦いは終了した。
「も、もう一回やるね」
と言って、再度百円玉を投入する。
ヨルの顔に悔しさが滲み出ているのがよく分かる。笑顔を必死に保っているように見えて、引き攣っていたのを俺は見逃さなかった。
マシンの正面と横から徹底的に位置を確認して、アームをミリ単位で動かす。さっきよりも真剣な表情で、雰囲気に圧倒された俺は少し遠くからヨルを見守る。
「今度こそ……」
ボタンを押し、アームがぬいぐるみめがけて降下する。アームはぬいぐるみを掴み、ぬいぐるみが持ち上がる。お、と期待した俺とヨルの表情が動く。
しかし期待したのも一瞬のこと。ぬいぐるみはアームから落ち、獲得口から離れたところへ転がっていった。
ガラス越しのぬいぐるみを見つめるヨルは悲壮感に溢れていた。俺は声をかけられず、その場で慰めの言葉を考えながら狼狽えるばかりだった。
ヨルは振り返り、今作れるであろう精一杯の笑顔を俺に向ける。
「こういうのは簡単に諦めちゃ駄目だよね」
流れるように財布から百円玉を取り出し、投入する。
獲得するまで諦める気はないのだと、俺はアームを操作するヨルの背中から悟った。
――結論から言うと、ヨルはぬいぐるみを獲得できなかった。
いくら操作してもアームはぬいぐるみを掠るばかりだった。持ち上げたと思いきやすぐに離してしまったり、獲得口から離れたところへ飛んでいってしまったりなど、獲得には程遠かった。
UFOキャッチャーは簡単に景品を獲得できないよう、店側が巧妙に操作しているとよく聞く。このぬいぐるみもギリギリ獲得できないところを狙って置いてあるのだろう。
俺はマシンを前に項垂れているヨルの肩に手を置く。
「……ときには諦めも大事だぞ」
俺の言葉をきっかけに、ヨルはその場に崩れ落ちた。
ヨルがいくらかけたかは、俺も正確な金額は覚えていない。ただ、何度か両替に行っていたから数千円は超えているかもしれない。ここまでしても獲得できないのかと、俺はUFOキャッチャーの恐ろしさを知った。
この世の悪を知らないあどけない表情のぬいぐるみは、ヨルの感情など知らずにマシンの奥に転がっていた。
「ねこ星人……」
こんなにヨルが落ち込むのを見るのが初めてで、俺も居た堪れない気持ちになる。
「他の景品見て気分変えよう、な」
ヨルの背中を押してマシンを立ち去る。これ以上あの場にいたら、獲得できるまで一生居続ける気がしたから。
他の景品を見て回り、少しでもヨルの元気を取り戻そうと目につく景品をヨルに見せていく。ただ、どうにもヨルの笑顔に覇気がなかった。俺がリベンジしてもいいが、もし獲得できなかったときのことを考えると、今以上に空気が重くなる気しかしなかった。
どうすればいいかと悩みながら、フロアを一周する。最後の一角で俺はあるUFOキャッチャーが目についた。
連絡先を交換しない待ち合わせも回数を重ねれば慣れたもので、ヨルとは人混みの中でも簡単に待ち合わせることができた。「お待たせ」という言葉と共に現れた制服姿のヨルは俺に安心感を与えてくれた。
いつもヨルは時間ちょうどに来るのに、俺は早めに到着してしまう。もしかして張り切っているのかと頭の片隅で考えるが、本音を言えば楽しみにしている。これは間違いない。じゃなければ、口約束の待ち合わせで時間より早く来ることなんてない。いつでもバックれることができるはずなのに、しないということはそういうことだ。
ヨルの悲しむ顔が想像できないし、したくないし、させたくない。その気持ちが俺を駆り立てているのかもしれない。
「朝日はさ」
一人で考え込んでいた俺はヨルの声で我に返る。
「なに?」
「ゲームセンターだといつもなにして遊ぶ?」
ヨルの質問に、過去にゲームセンターで遊んでいたときのことを思い返す。一緒に遊ぶのはいつもつるんでいるクラスメイトだなと、メンツを想像して一人で苦笑する。
「バスケのゲームとか、エアホッケーだな。ヨルは?」
「定番だけどUFOキャッチャーだね。そんなに得意じゃないけどね」
頬をかきながらヨルは笑う。
UFOキャッチャーは景品が獲得できたらもちろん嬉しいが、景品を獲得するまでの過程が一番楽しいのではと俺は思ったりする。もう少しで獲得できるのに、というもどかしさを全力で感じて、獲得できたときの喜びはなににも変えられない。
かくいう俺だが、UFOキャッチャーはそれほどやったことがない。過去にやってみたことはあるが獲得できた試しがなく、財布が空になる方が早かった。そのため、あまりやらないようにしている。
だがしかし、今日はデートである。獲得できそうな景品があったらプレイしてみてもいいかな、なんて思ったりもした。
ゲームセンターに到着すると、賑やかな音楽が俺たちを迎えた。意識していなかったけど、ゲームセンターって結構爆音で音楽が流れているような。他にも俺たちのようなカップルや学生グループがいて、誰もが楽しそうにゲームを楽しんでいた。
「まずなにからやる?」
「そうだなぁ。UFOキャッチャーにチャレンジしようかな」
「苦手じゃなかったのか?」
「もしかしたら今日は獲れるかもしれないでしょ」
ぷんぷんと効果音がつきそうな顔でヨルは頬を膨らませる。俺の気のせいじゃなければ、ヨルも喜怒哀楽がハッキリしてきた気がする。最初はもっと静かで大人びていたはずだ。
俺に心を許してきてくれた証拠かと、嬉しくなった俺は思わず顔を綻ばせた。
「どうしたの?」
「なんでもない」
ヨルからすれば突然ニヤけて何事かと思われたかもしれない。大袈裟に反応してなにもないとアピールする。
俺たちが来たゲームセンターは建物が縦に長く、フロア構成は一階と二階がUFOキャッチャー、三階が音楽ゲームやメダルゲーム、さらにその上の四階がプリクラの単独フロアとなっている。まずは一階から順番に見ていくことになり、ぐるりとフロアを見て回る。
UFOキャッチャーは得意なら良かったが、ほぼ間違いなくアームが景品に掠っただけで終わるに違いない。
どれも獲れそうにないな、と悲しい現実を受け止めながら歩いていると、ふとヨルが足を止めた。
「ねこ星人だ……!」
「ねこ星人?」
聞き慣れない単語に何事かと視線を追うと、丸いフォルムの猫の巨大なぬいぐるみが機械の中に転がっていた。見たところ小さな抱き枕くらいの大きさはある。
ヨルの言ったのも恐らくこのキャラクターの名前だろう。ヨルもいつになく目を輝かせているから、好きなキャラクターなのだとすぐに分かった。
「やってみるか?」
「獲れるか分からないけど、やってみる」
ヨルは早速百円玉を投入し、アームを操作する。マシンの横からもぬいぐるみの位置をしっかりと確認して微調整をする。
とても真剣な表情をして格闘しているから、思わず微笑ましくなって笑ってしまった。まるで奮闘する子供を見守る親の気分だ。心の中でエールを送りながら、ヨルの頑張りを見守ることにした。
「よし、ここだ」
位置が決まったのか、ボタンを押すとアームが降下していく。アームはぬいぐるみを掴み、持ち上げ――ることはなく、ぽとりと落ちていった。もう少しとハラハラすることもなく、あっけなく戦いは終了した。
「も、もう一回やるね」
と言って、再度百円玉を投入する。
ヨルの顔に悔しさが滲み出ているのがよく分かる。笑顔を必死に保っているように見えて、引き攣っていたのを俺は見逃さなかった。
マシンの正面と横から徹底的に位置を確認して、アームをミリ単位で動かす。さっきよりも真剣な表情で、雰囲気に圧倒された俺は少し遠くからヨルを見守る。
「今度こそ……」
ボタンを押し、アームがぬいぐるみめがけて降下する。アームはぬいぐるみを掴み、ぬいぐるみが持ち上がる。お、と期待した俺とヨルの表情が動く。
しかし期待したのも一瞬のこと。ぬいぐるみはアームから落ち、獲得口から離れたところへ転がっていった。
ガラス越しのぬいぐるみを見つめるヨルは悲壮感に溢れていた。俺は声をかけられず、その場で慰めの言葉を考えながら狼狽えるばかりだった。
ヨルは振り返り、今作れるであろう精一杯の笑顔を俺に向ける。
「こういうのは簡単に諦めちゃ駄目だよね」
流れるように財布から百円玉を取り出し、投入する。
獲得するまで諦める気はないのだと、俺はアームを操作するヨルの背中から悟った。
――結論から言うと、ヨルはぬいぐるみを獲得できなかった。
いくら操作してもアームはぬいぐるみを掠るばかりだった。持ち上げたと思いきやすぐに離してしまったり、獲得口から離れたところへ飛んでいってしまったりなど、獲得には程遠かった。
UFOキャッチャーは簡単に景品を獲得できないよう、店側が巧妙に操作しているとよく聞く。このぬいぐるみもギリギリ獲得できないところを狙って置いてあるのだろう。
俺はマシンを前に項垂れているヨルの肩に手を置く。
「……ときには諦めも大事だぞ」
俺の言葉をきっかけに、ヨルはその場に崩れ落ちた。
ヨルがいくらかけたかは、俺も正確な金額は覚えていない。ただ、何度か両替に行っていたから数千円は超えているかもしれない。ここまでしても獲得できないのかと、俺はUFOキャッチャーの恐ろしさを知った。
この世の悪を知らないあどけない表情のぬいぐるみは、ヨルの感情など知らずにマシンの奥に転がっていた。
「ねこ星人……」
こんなにヨルが落ち込むのを見るのが初めてで、俺も居た堪れない気持ちになる。
「他の景品見て気分変えよう、な」
ヨルの背中を押してマシンを立ち去る。これ以上あの場にいたら、獲得できるまで一生居続ける気がしたから。
他の景品を見て回り、少しでもヨルの元気を取り戻そうと目につく景品をヨルに見せていく。ただ、どうにもヨルの笑顔に覇気がなかった。俺がリベンジしてもいいが、もし獲得できなかったときのことを考えると、今以上に空気が重くなる気しかしなかった。
どうすればいいかと悩みながら、フロアを一周する。最後の一角で俺はあるUFOキャッチャーが目についた。
