「美味しかったね」

 会計を済ませてカフェを後にする。彼氏だからヨルの分もまとめて会計をしようとしたが、「そういうのいらないから」と一蹴されてしまった。なので自分の食べた分だけ会計をすることになった。いいところを見せたかったと言われたらそうである。こういうのは建前でも男が払うと言うところのはずだ。

「このあとどうしよっか」

 現在おおよそ十四時半。カフェに行くという予定しか決めていなかったために、次の行き先は未定だった。このまま解散というのはどうにも味気ない気がする。天気も悪くはないから多少歩いても問題はない。ただ、どこに行こうか。

「服でも見る?」

 どうしようと悩んでいるとヨルから提案された。服なら見るだけで盛り上がるからと、俺はすぐに同意する。近くに商業ビルがあるのを調べて、そこに行くことになった。

「朝日は普段どこで服買うの?」
「家の近くとか……この近辺でも買うかな」
「そうなんだ。じゃあ新しい服でも買う?」
「冬服はあるからな……流石にまだ春服には早いし。ヨルこそ買いたい服とかあるんじゃないか?」

 商業ビルに到着し、上のフロアから順番に見ていくことにした。ゆっくりとしたエスカレーターを昇りながらヨルに問いかける。

「私も服は足りてるからなぁ。一目惚れする服があれば買おうかな」

 見る服全てを買おうとするタイプではなくて良かった。ヨルが散財するタイプには到底思えなかったが、こうして直接言ってくれた方が心持ちとしては安心する。
 ぶらぶらと服を見て回るなんて、まるでデートだ。いや、デートなんだけどさ。

「服は見てるだけでも楽しいからね」

 エスカレーターを昇り切ったところで、ヨルは目の前にあったマネキンに駆け寄る。

「これ可愛いね。どう?」

 マネキンにかかっていたのはアイボリー色のコート。可愛らしい中にマネキンのスタイルもあって、どこか高級感も感じられる。

「いいと思う」
「だよね。コートあんまり持ってないし、これいいなぁ」
「今日は買わないんじゃなかったのか?」
「可愛いなって思うだけ。見るのはタダだよ」

 よく友人もタダというのを力説している。見るのはいくらでもいいが、店員としては売り上げを上げたいだろうに。

「朝日はシミラールックとか興味ある?」
「ないな」

 マネキンを見ながら尋ねるヨルに、俺はあっさりと答える。
 よく道端で見かけるが、俺はあまり惹かれない。自分たちはカップルですと周囲に見せつけているようで少し恥ずかしい気持ちもある。高校生である今だからこそ微笑ましい目で見守ってくれるだろうと言われてしまえばそれまでだが。

「興味ないのは分かったけど、そんな簡単に答えないでよ」
「ヨルは興味あるのか?」
「ちょっとは興味あるよ。そういうカップル見るといいなって思うもん」

 ヨルにもそういう憧れはあるのか。もし今度やって欲しいとお願いされたら……考えてみてもいいかもしれない。簡単に揺らぐ自分自身に思わず笑ってしまった。
 他のフロアも見て周り、アパレルショップはひと通り見終わった。スマホを確認すると時間は十六時を過ぎていた。お互い満足したし、いい時間だろうと解散することにした。

「次はヨルが決める番だな。どこか行きたい場所はあるか?」

 駅へ向かいながら次の計画を立てる。ヨルは行きたいところがたくさんあると言っていたし、悩むに違いない。駅に着くまでに決まるだろうか。

「ゲームセンター」

 俺の予想に反してヨルはすぐに答えた。

「学校帰りのゲームセンター、絶対楽しいと思うんだ」

 ゲームセンターはいつ行っても楽しいけどな。と言っても俺も最近は行っていないから、新鮮な気持ちでゲームセンターを楽しめるだろう。

「途中にゲームセンターあったし、またこの駅でいいか?」
「そうだね。明後日の月曜日、今日と同じ場所に十六時に集合しよっか」

 駅に着き、改札を抜けてホームまでエスカレーターで上がっていく。ヨルも俺と一緒にいるが、どうせ帰る方面は違うのだろう。

「今日はギリギリに飛び降りるのはなしな」
「あ、バレた?」

 俺がじとりと見つめると、ヨルはしらばっくれた様子で肩を竦めた。

「俺じゃなくて駅側に迷惑がかかる」
「分かった。じゃあ普通に見送るね」

 ちょうど電車は行ってしまったようで、次の電車が来るまでに少し時間がある。ベンチに座ってぼんやりと駅の看板を見つめる。乗り換えの駅までどのくらいとか、座れるといいな、とか考えていた。

「今日は休日にありがとね。楽しかったよ」
「こちらこそ。パンケーキ美味かったな」

 ヨルに声をかけられて俺の意識は引き戻される。
 スフレパンケーキの味を思い出す。これを機にパンケーキにハマってもいいと思えるくらいには美味かった。

「パンケーキ巡りもありかもしれないね」
「店によって全然違うからな。またパンケーキの店調べとくよ」

 もしパンケーキに行くならカフェ巡りが趣味になりそうだ。非常に健全な趣味でいいと思う。
 そんなことを考えていたら、電車が到着するアナウンスが流れる。ベンチから立ち上がり、乗車の列に並ぶ。ヨルは少し列から外れたところで俺を見送ってくれるらしい。

「それじゃあ、また月曜日」
「うん。またね」

 発車音が鳴り、ドアが閉まる。
 ヨルの声は聞こえなかったが、口パクで「バイバイ」と言っているような気がした。俺も小さく手を振り返すと電車が発車した。
 ヨルは前と変わらず、姿が見えなくなるまで笑顔で手を振っていた。
 俺は空いていた席に座り、深く息を吐く。これでヨルとデートをするのは三回目。着実にデートの回数を重ねている事実に我ながら驚く。
 そこまで考えて、俺の中に言葉にならないもの悲しさが生まれた。
 なぜだろうと考えたが、ヨルとのデートが終わって一人になったからか。寂しがり屋の自覚はなかったが、あれだけ盛り上がったのだから、急に一人になれば寂しくなるのも頷ける。
 今日でヨルのことを多少なりとも知れた。情報をひた隠しにするミステリアスな人間だと言っていたが、アニメも見るし、猫の動画を見て可愛さに悶える。俺となんら変わらない等身大の高校生だ。
 少しずつヨルに歩み寄れている気がして、俺はほんの少しだけ嬉しくなった。
 いつもなら憂鬱なはずの月曜日が楽しみに感じる。そう思えるのは、多分初めてだ。