「えー……まず、部活は入ってるか?」
「入ってないよ。入ってたらこんなにたくさん会えないよ」
ヨルは眉を下げて笑う。
その通りだ。俺も部活に入っていないからヨルと定期的に会えている。部活があれば忙しくて定期的に会うことは叶わないだろう。
「次に……家ではなにしてるんだ?」
「授業の復習と予習をしてるし、暇つぶしに動画も見るよ」
「動画はなにを見てるんだ?」
「アニメとか……最近は猫の動画をよく見てるよ」
ヨルは徐ろにスマホを取り出して動画アプリを開く。登録しているチャンネルから一つの動画を選ぶと、軽快な音楽と共に動画が再生される。
「最近はこの人の動画をよく見てるかな」
猫がおもちゃで戯れている動画が流れる。まだ成猫になっていない子猫の動画だ。可愛さに思わず俺の口角が上がる。
「ヨルは猫が好きなのか?」
「犬か猫かって聞かれたら猫かな。自由なところとか可愛いよね。主人のことを絶対大きな猫だって思ってるし、自分の名前より『ご飯』とか『おやつ』とかの言葉の方が覚えてると思うんだ。あと猫は液体。いくらでも伸びるよあの子たち」
ここまで勢いよく猫の可愛さを語ってくれるとは思わなかった。好きなものはいくらでも語れるというが、ヨルの好きなものは猫なのか。猫の気まぐれな感じはヨルそっくりだと思った。
この調子で話を盛り上げていこう。今のところ内緒とは一度も言われていない。これはいい流れかもしれない。
「クラスの子ともアニメとか猫の話で盛り上がるのか?」
「……そうだなぁ、狭いコミュニティの中でだね」
ヨルの言葉を噛み砕いて理解するなら、少ない交友関係の中で盛り上がるということになる。つまり。
「……もしかして、友達少なかったりする?」
俺がおそるおそる尋ねると、ヨルはわざとらしく大きく息を吐く。
「そういうのは直接聞くものじゃないよ。……合ってるけど」
笑いながらも、どこか遠い目をしたヨルは、これまでとは違う儚さのようなものを感じた。落ち着き払った空気感は、今日まで見た明るい雰囲気からは想像できなかった。
地雷とまではいかないが、踏み込むには勇気のいる領域だったかもしれない。
それにしても意外だ。ヨルなら友人も多く、クラスの中心になっていそうな人物なのに。休み時間に本を読んでいるクラスメイトに近いのだろうか。
「悪い。その、ヨルはクラスの中心にいそうだし……それこそ学級委員とかやってそうだなって思ったんだよ」
「それは私を買い被りすぎだよ」
はは、とヨルは笑う。
「……これも聞いてもいいか?」
「なに?」
「……今まで彼氏がいたことは?」
声を潜めて問いかけると、ヨルは小さく笑う。
「いないよ。朝日が初めての彼氏だよ」
ヨルは柔らかい笑顔を俺に向ける。その笑顔に胸の奥がきゅっとした。少女漫画ではないが、俺の胸の奥がときめいた気がした。ヨルの初めてになれたことに、結構嬉しい気持ちになっていた。
「じゃあ、次は私から」
なにを聞かれるのかと思わず身構える。こほん、と大きく咳払いをしてヨルは椅子に深く座り直す。
「朝日が普段見てる動画教えて」
予想していたものとは異なる言葉に肩の力が抜ける。
見ている動画ならいくらでも紹介できる。俺も動画アプリを開き、登録しているチャンネルを見せる。
そこからはいつも見ている動画の話で盛り上がった。ぜひ見て欲しいおすすめの動画も教え合い、あっという間に時間が過ぎていった。
「お待たせいたしました」
動画を起点に話が盛り上がっていたところで、店員が出来立てのパンケーキを運んできた。店員がテーブルに置くだけでパンケーキがぷるんと揺れる。それくらい繊細で柔らかいという証拠だ。
「美味しそうだね」
ヨルはスマホを取り出して構える。俺は余計なものが写り込まないよう、お冷やとカトラリーが入った入れ物を持って咄嗟に避ける。
「そこまでしなくていいよ。撮れれば大丈夫」
俺の必死な様子が可笑しかったのか、ヨルは苦笑する。
しまった。元カノが写真に拘るタイプで、お冷や一つ写るのを許さなかったから、つい癖が出てしまった。ここでも元カノのことが染みついているのだと、俺は自分自身に少しだけ悲しくなった。
「俺も撮ろうかな」
「朝日も写真撮るんだ」
「食事記録に近いけどな」
「男の子が撮るイメージなかったから、なんか新鮮」
一応写真は撮るが、SNSに上げることはほとんどない。俺の食事を載せたところで興味を持つ人なんていないだろうから。
スマホを構え、パンケーキに焦点を当てて写真を撮る。ふわふわのパンケーキはスマホ越しでも美味そうなのがよく伝わった。後から見返して美味しさが分かるように、気を遣って写真に収める。
撮り終えてスマホから顔を上げると、ヨルがテーブルの端で小さくピースをしていた。
「なにしてるんだ?」
「写ったら面白いかなって」
「じゃあお望み通り撮ってやろうか」
「そこまではしなくていいや。私写真苦手だし」
ヨルに言われて俺は小さく驚いた。女子で写真が苦手なタイプもいるんだな。女子は積極的に写真を撮るから、てっきり写るのに抵抗がないものだと思っていた。
「ホイップ溶けてきちゃった。美味しいうちに食べよっか」
スマホをしまい、フォークとナイフを手に取る。
「いただきます」
パンケーキにナイフを入れると、簡単にパンケーキに埋もれていった。フォークとナイフで一口サイズに切り分け、口に入れる。
一口目の感想としては、ふわふわというよりしゅわしゅわに近い。口に入れた瞬間に溶けていく。上にかかっているチョコレートソースがより甘さを引き立てている。スフレパンケーキという名は伊達に名乗っていないと言える。
ヨルも続けて二口目を食べていて、幸せそうにパンケーキを堪能していた。
「美味しいね。柔らかくて口の中で溶けていく感じ。まさにスフレだね」
お気に召してくれたようでなによりだ。俺も食べ進める手が止まらずに、あっという間に三分の一ほどを食べてしまった。
そこで、この前の肉まんのことを思い出す。同じ店だが頼んだものは違う。せっかくだからヨルも食べたいと言うだろうか。
「一口いるか?」
俺が尋ねると、ヨルは「大丈夫」と笑顔で断りの言葉を口にした。
「今日は食べ比べじゃないからね。朝日の分だし朝日が楽しんで」
大人な対応をされて俺はなにも言えなくなってしまう。確かに食べ比べではない。親が子供に「これ食べる?」と言っているように思えて少し恥ずかしくなった。
「それとも、いちごも食べたかった?」
「……どっちかというとチャイティーが飲んでみたい」
俺が静かに要望を伝えると、ヨルは吹き出した。
「パンケーキじゃなくていいの? いいよ、好きなだけ飲んで」
コップを受け取り、俺はチャイティーを飲む。スパイシーな中に甘さを感じて、体が温まっていく気がした。
「美味いな」
「スパイスが入っているから体があったまるんだよ。冬にちょうどいいし、見かけたら今度頼んでみて」
そう言われてしまえば頼むしかない。カフェのメニューでもたまに見かけるから今度頼んでみよう。
「朝日に言われなきゃこのお店には来なかっただろうな」
半分ほど食べたところでヨルがしみじみと言う。
「そう言ってもらえたら探した甲斐があるよ」
「他にも朝日がいいって言ってたカフェあるよね。そっちも今度行ってみたいな」
「そしたら、次はそこにするか?」
「うーん、カフェが連続になっちゃうし、また今度かな」
また今度。それはいつなのかと問いかけたくなった。普通の恋人なら来月ね、とか言えるだろう。しかし残り時間が少ない俺たちにとって、また今度という日は存在するのか。
店内の他のテーブルからカップルの笑い声が聞こえる。彼らにはきっとまた今度が当たり前に訪れるのだろう。
ヨルも分かって言っているのかは不明だ。ただヨルは頭の回転が早いというのは付き合ってからなんとなく分かっている。だから薄々気がついているかもしれない。
「じゃあ、また今度だな」
慣れない作り笑いと共に俺は未定の言葉を口にした。
「入ってないよ。入ってたらこんなにたくさん会えないよ」
ヨルは眉を下げて笑う。
その通りだ。俺も部活に入っていないからヨルと定期的に会えている。部活があれば忙しくて定期的に会うことは叶わないだろう。
「次に……家ではなにしてるんだ?」
「授業の復習と予習をしてるし、暇つぶしに動画も見るよ」
「動画はなにを見てるんだ?」
「アニメとか……最近は猫の動画をよく見てるよ」
ヨルは徐ろにスマホを取り出して動画アプリを開く。登録しているチャンネルから一つの動画を選ぶと、軽快な音楽と共に動画が再生される。
「最近はこの人の動画をよく見てるかな」
猫がおもちゃで戯れている動画が流れる。まだ成猫になっていない子猫の動画だ。可愛さに思わず俺の口角が上がる。
「ヨルは猫が好きなのか?」
「犬か猫かって聞かれたら猫かな。自由なところとか可愛いよね。主人のことを絶対大きな猫だって思ってるし、自分の名前より『ご飯』とか『おやつ』とかの言葉の方が覚えてると思うんだ。あと猫は液体。いくらでも伸びるよあの子たち」
ここまで勢いよく猫の可愛さを語ってくれるとは思わなかった。好きなものはいくらでも語れるというが、ヨルの好きなものは猫なのか。猫の気まぐれな感じはヨルそっくりだと思った。
この調子で話を盛り上げていこう。今のところ内緒とは一度も言われていない。これはいい流れかもしれない。
「クラスの子ともアニメとか猫の話で盛り上がるのか?」
「……そうだなぁ、狭いコミュニティの中でだね」
ヨルの言葉を噛み砕いて理解するなら、少ない交友関係の中で盛り上がるということになる。つまり。
「……もしかして、友達少なかったりする?」
俺がおそるおそる尋ねると、ヨルはわざとらしく大きく息を吐く。
「そういうのは直接聞くものじゃないよ。……合ってるけど」
笑いながらも、どこか遠い目をしたヨルは、これまでとは違う儚さのようなものを感じた。落ち着き払った空気感は、今日まで見た明るい雰囲気からは想像できなかった。
地雷とまではいかないが、踏み込むには勇気のいる領域だったかもしれない。
それにしても意外だ。ヨルなら友人も多く、クラスの中心になっていそうな人物なのに。休み時間に本を読んでいるクラスメイトに近いのだろうか。
「悪い。その、ヨルはクラスの中心にいそうだし……それこそ学級委員とかやってそうだなって思ったんだよ」
「それは私を買い被りすぎだよ」
はは、とヨルは笑う。
「……これも聞いてもいいか?」
「なに?」
「……今まで彼氏がいたことは?」
声を潜めて問いかけると、ヨルは小さく笑う。
「いないよ。朝日が初めての彼氏だよ」
ヨルは柔らかい笑顔を俺に向ける。その笑顔に胸の奥がきゅっとした。少女漫画ではないが、俺の胸の奥がときめいた気がした。ヨルの初めてになれたことに、結構嬉しい気持ちになっていた。
「じゃあ、次は私から」
なにを聞かれるのかと思わず身構える。こほん、と大きく咳払いをしてヨルは椅子に深く座り直す。
「朝日が普段見てる動画教えて」
予想していたものとは異なる言葉に肩の力が抜ける。
見ている動画ならいくらでも紹介できる。俺も動画アプリを開き、登録しているチャンネルを見せる。
そこからはいつも見ている動画の話で盛り上がった。ぜひ見て欲しいおすすめの動画も教え合い、あっという間に時間が過ぎていった。
「お待たせいたしました」
動画を起点に話が盛り上がっていたところで、店員が出来立てのパンケーキを運んできた。店員がテーブルに置くだけでパンケーキがぷるんと揺れる。それくらい繊細で柔らかいという証拠だ。
「美味しそうだね」
ヨルはスマホを取り出して構える。俺は余計なものが写り込まないよう、お冷やとカトラリーが入った入れ物を持って咄嗟に避ける。
「そこまでしなくていいよ。撮れれば大丈夫」
俺の必死な様子が可笑しかったのか、ヨルは苦笑する。
しまった。元カノが写真に拘るタイプで、お冷や一つ写るのを許さなかったから、つい癖が出てしまった。ここでも元カノのことが染みついているのだと、俺は自分自身に少しだけ悲しくなった。
「俺も撮ろうかな」
「朝日も写真撮るんだ」
「食事記録に近いけどな」
「男の子が撮るイメージなかったから、なんか新鮮」
一応写真は撮るが、SNSに上げることはほとんどない。俺の食事を載せたところで興味を持つ人なんていないだろうから。
スマホを構え、パンケーキに焦点を当てて写真を撮る。ふわふわのパンケーキはスマホ越しでも美味そうなのがよく伝わった。後から見返して美味しさが分かるように、気を遣って写真に収める。
撮り終えてスマホから顔を上げると、ヨルがテーブルの端で小さくピースをしていた。
「なにしてるんだ?」
「写ったら面白いかなって」
「じゃあお望み通り撮ってやろうか」
「そこまではしなくていいや。私写真苦手だし」
ヨルに言われて俺は小さく驚いた。女子で写真が苦手なタイプもいるんだな。女子は積極的に写真を撮るから、てっきり写るのに抵抗がないものだと思っていた。
「ホイップ溶けてきちゃった。美味しいうちに食べよっか」
スマホをしまい、フォークとナイフを手に取る。
「いただきます」
パンケーキにナイフを入れると、簡単にパンケーキに埋もれていった。フォークとナイフで一口サイズに切り分け、口に入れる。
一口目の感想としては、ふわふわというよりしゅわしゅわに近い。口に入れた瞬間に溶けていく。上にかかっているチョコレートソースがより甘さを引き立てている。スフレパンケーキという名は伊達に名乗っていないと言える。
ヨルも続けて二口目を食べていて、幸せそうにパンケーキを堪能していた。
「美味しいね。柔らかくて口の中で溶けていく感じ。まさにスフレだね」
お気に召してくれたようでなによりだ。俺も食べ進める手が止まらずに、あっという間に三分の一ほどを食べてしまった。
そこで、この前の肉まんのことを思い出す。同じ店だが頼んだものは違う。せっかくだからヨルも食べたいと言うだろうか。
「一口いるか?」
俺が尋ねると、ヨルは「大丈夫」と笑顔で断りの言葉を口にした。
「今日は食べ比べじゃないからね。朝日の分だし朝日が楽しんで」
大人な対応をされて俺はなにも言えなくなってしまう。確かに食べ比べではない。親が子供に「これ食べる?」と言っているように思えて少し恥ずかしくなった。
「それとも、いちごも食べたかった?」
「……どっちかというとチャイティーが飲んでみたい」
俺が静かに要望を伝えると、ヨルは吹き出した。
「パンケーキじゃなくていいの? いいよ、好きなだけ飲んで」
コップを受け取り、俺はチャイティーを飲む。スパイシーな中に甘さを感じて、体が温まっていく気がした。
「美味いな」
「スパイスが入っているから体があったまるんだよ。冬にちょうどいいし、見かけたら今度頼んでみて」
そう言われてしまえば頼むしかない。カフェのメニューでもたまに見かけるから今度頼んでみよう。
「朝日に言われなきゃこのお店には来なかっただろうな」
半分ほど食べたところでヨルがしみじみと言う。
「そう言ってもらえたら探した甲斐があるよ」
「他にも朝日がいいって言ってたカフェあるよね。そっちも今度行ってみたいな」
「そしたら、次はそこにするか?」
「うーん、カフェが連続になっちゃうし、また今度かな」
また今度。それはいつなのかと問いかけたくなった。普通の恋人なら来月ね、とか言えるだろう。しかし残り時間が少ない俺たちにとって、また今度という日は存在するのか。
店内の他のテーブルからカップルの笑い声が聞こえる。彼らにはきっとまた今度が当たり前に訪れるのだろう。
ヨルも分かって言っているのかは不明だ。ただヨルは頭の回転が早いというのは付き合ってからなんとなく分かっている。だから薄々気がついているかもしれない。
「じゃあ、また今度だな」
慣れない作り笑いと共に俺は未定の言葉を口にした。
