休日の駅前というものは、どうにもごった返している。それが路線が入り組んだ駅なら尚更だ。
俺はヨルとの待ち合わせのために、駅のシンボルの前に立っていた。ここが大体この駅の待ち合わせ場所になることが多い。俺以外にも人はたくさん立っていて、スマホを見たり寒さに震えたりなど、一刻も早く待ち合わせをしている人が来て欲しいと願うような光景を作り出していた。
俺は家を出る前に温かい緑茶を飲んできたからぬかりはない。おかげで体はあったまっていて、多少の寒さならなんてことはない。
さて、俺はヨルと待ち合わせている。今日は先日約束したカフェに行き、ゆったりとした時間を過ごすことになっている。
ただ、待ち合わせの時間と場所を決めてはいるものの、この人混みで会える自信があまりない。しかもヨルは見慣れ始めた制服ではない。どんな私服で来るか聞いてくれば良かったか。それは俺にも言える話ではあるが。
こういうときなら『こんな服着てきたよ』とか連絡が取れるが、ヨルとは連絡先を交換していない。改めて、アナログな付き合い方にも程がある。
待ち合わせは十三時。待ち合わせにはまだ十分くらいある。来ないなんてことはないだろうから、気長に待とう。
特に焦らずに待てるようになったから、ヨルを少しずつ信頼できるようになってきたのかもしれない、なんて考えていた。
「朝日」
十三時ちょうどにヨルはやってきた。いつものように笑顔を携えて俺の前に立つ。
「よく見つけられたな」
「彼氏のことはすぐに見つけられるに決まってるでしょ」
ふふん、と鼻を鳴らすヨル。
本当は探し回っていて時間ぴったりに着いたのではと冗談を言いたくなったが、公衆の面前でイチャイチャするなと周囲からの視線がある可能性があったのでやめておいた。
ヨルは白いボアジャケットにセーター、スカートにブーツといった着こなし。予想通り――ではない。どんな私服を着てくるか一切想像できていなかったので、非常に新鮮に感じられた。
「朝日に初めて私服を見せるから、頑張ってコーディネートを考えてきたんだよ」
私服は派手すぎなくてヨルの雰囲気にとても合っている。
俺の視線に気がついていたようで、ヨルはその場でくるりと回って見せる。スカートがひらりと揺れ、思わず視線がスカートに移る。
「どう、似合ってる?」
「あぁ、似合ってるよ」
まるでカップルのようなやり取りだ。実際カップルなんだが。
「朝日の私服も初めて見たけど、似合ってるよ」
「ありがとな」
ヨルの言うことだからお世辞ではないだろう。褒められて悪い気はしない。
俺も特段ファッションが好きというわけではないが、そこそこ見た目には気を遣っている。それこそヨルに並ぶくらいのファッションセンスや身なりにはなっているはずだ。
「じゃあ行こっか」
俺たちは未だ待ち合わせをしている人混みを抜けて歩き出す。
目的のカフェまでは五分ほどで到着する。横断歩道も大きなものをいくつか通ってしまえば、あとは道なりに進めばいい。ちょっと小道に入れば、オープンテラスがあるカフェに到着した。
休日の昼どきだが、割とすんなり案内されて奥の二人掛けに座る。お冷やとメニューを渡され、ヨルと顔を突き合わせてメニューを見つめる。
このカフェはスフレパンケーキが有名で、なんとかのスフレパンケーキというメニューがいくつも並んでいる。細かな違いだが確かに違いはあり、俺もヨルもメニューの隅から隅まで眺めてどれにしようかと悩んでいた。
「朝日、決まった?」
「一応決まった」
「え、どれ?」
「チョコレートのやつ」
「そうだった、朝日は甘いものが好きだもんね」
ヨルはメニューに視線を戻し、眉間に皺を寄せていた。どうぞゆっくり悩んでくれ。
俺は朝食をバナナしか食べていないので、スフレパンケーキだけで腹が満たされるかは分からない。もし腹が減ったらファーストフードについてきてもらおう。
メニューを行き来して、数分の格闘ののちにヨルの表情が明るくなる。
「決めた。いちごのパンケーキにする」
いちごは定番だが間違いなく美味い。困ったらいちごのものを頼めば美味さは保証される。
「セットメニューもあるけどどうする?」
「俺はカフェモカ。ヨルは?」
「チャイティーにしようかな。たまには気分を変えるのもいいよね」
チャイティーか。名前はよく聞くが飲んだことはない。スパイシーな味らしいが美味いのだろうか。この前の肉まんじゃないが、一口もらえたらもらってみようか。
注文を終えると、ヨルは両肘をついて俺にニコリと微笑みかける。
「朝日がこんなお店が気になってるなんて思わなかったよ」
「元カノが映えるカフェに行きたいって言うから調べたんだよ――」
そこまで口にして、俺は口を噤む。また元カノの話題を口にしたと言われてしまう。
そっとヨルの様子を窺うと、ヨルは一瞬視線を逸らしたがすぐに笑顔に戻って「そうなんだ」と頷いた。分かっていてスルーしてくれた懐の深さに感謝しかない。
「……で、調べてるうちに俺も気になってたって感じかな」
「そういうのあるよね。私は朝日ほどカフェに詳しくないから、こうやって教えてくれたのは嬉しいなって思うよ」
そう言ってくれてほっとした。俺よりもよっぽど大人な対応ができているヨルに、感謝の気持ちと気を遣わせてしまったという申し訳なさが溢れていた。
「あとは雰囲気もいいもんね。冬だからオープンカフェなのはちょっと寒いけどね」
オープンテラスを横目に笑うヨルはコートを肩に羽織ったままだった。かくいう俺もコートを羽織ったままだが。
窓ガラスが一切ない内装は夏なら涼しくていいかもしれないが、冬だとヨルの言う通り少し寒い。店選びをミスしたかもしれないと、俺はまたしても申し訳なさに襲われた。もしまた別のカフェに行く機会があれば、内装もチェックしておくべきだと学びを得た。
「朝日ってこういうカフェはよく来るの?」
「あんまり来ないな。男子同士だとカフェよりファーストフードとかラーメンに行くことが多いな」
「やっぱりそうなんだ。男の子ってよくラーメン食べてるよね」
「女子がカフェに行くのと同じくらいラーメン屋に通ってるな」
なにそれ、とヨルは小さく笑う。間違っていない。多いときには週三でラーメン屋に足しげく通っていた。あの頃のせいで肌の調子が悪くなった気がしなくもない。
さらに話を広げようとして、俺は気がついた。これはヨルのことを知るチャンスなのでは。初対面のときは全ての質問を内緒とはぐらかされてしまったが、今なら多少なりとも関係は築けている。きっと俺の質問も少しは答えてくれるだろう。
「ヨル、色々聞いてもいいか?」
「私が答えられることで良ければ」
また内緒と言われないように質問を選んでいかなければならない。俺は頭の中で質問を組み立て、気持ちを落ち着かせるためにお冷やを一口飲む。
俺はヨルとの待ち合わせのために、駅のシンボルの前に立っていた。ここが大体この駅の待ち合わせ場所になることが多い。俺以外にも人はたくさん立っていて、スマホを見たり寒さに震えたりなど、一刻も早く待ち合わせをしている人が来て欲しいと願うような光景を作り出していた。
俺は家を出る前に温かい緑茶を飲んできたからぬかりはない。おかげで体はあったまっていて、多少の寒さならなんてことはない。
さて、俺はヨルと待ち合わせている。今日は先日約束したカフェに行き、ゆったりとした時間を過ごすことになっている。
ただ、待ち合わせの時間と場所を決めてはいるものの、この人混みで会える自信があまりない。しかもヨルは見慣れ始めた制服ではない。どんな私服で来るか聞いてくれば良かったか。それは俺にも言える話ではあるが。
こういうときなら『こんな服着てきたよ』とか連絡が取れるが、ヨルとは連絡先を交換していない。改めて、アナログな付き合い方にも程がある。
待ち合わせは十三時。待ち合わせにはまだ十分くらいある。来ないなんてことはないだろうから、気長に待とう。
特に焦らずに待てるようになったから、ヨルを少しずつ信頼できるようになってきたのかもしれない、なんて考えていた。
「朝日」
十三時ちょうどにヨルはやってきた。いつものように笑顔を携えて俺の前に立つ。
「よく見つけられたな」
「彼氏のことはすぐに見つけられるに決まってるでしょ」
ふふん、と鼻を鳴らすヨル。
本当は探し回っていて時間ぴったりに着いたのではと冗談を言いたくなったが、公衆の面前でイチャイチャするなと周囲からの視線がある可能性があったのでやめておいた。
ヨルは白いボアジャケットにセーター、スカートにブーツといった着こなし。予想通り――ではない。どんな私服を着てくるか一切想像できていなかったので、非常に新鮮に感じられた。
「朝日に初めて私服を見せるから、頑張ってコーディネートを考えてきたんだよ」
私服は派手すぎなくてヨルの雰囲気にとても合っている。
俺の視線に気がついていたようで、ヨルはその場でくるりと回って見せる。スカートがひらりと揺れ、思わず視線がスカートに移る。
「どう、似合ってる?」
「あぁ、似合ってるよ」
まるでカップルのようなやり取りだ。実際カップルなんだが。
「朝日の私服も初めて見たけど、似合ってるよ」
「ありがとな」
ヨルの言うことだからお世辞ではないだろう。褒められて悪い気はしない。
俺も特段ファッションが好きというわけではないが、そこそこ見た目には気を遣っている。それこそヨルに並ぶくらいのファッションセンスや身なりにはなっているはずだ。
「じゃあ行こっか」
俺たちは未だ待ち合わせをしている人混みを抜けて歩き出す。
目的のカフェまでは五分ほどで到着する。横断歩道も大きなものをいくつか通ってしまえば、あとは道なりに進めばいい。ちょっと小道に入れば、オープンテラスがあるカフェに到着した。
休日の昼どきだが、割とすんなり案内されて奥の二人掛けに座る。お冷やとメニューを渡され、ヨルと顔を突き合わせてメニューを見つめる。
このカフェはスフレパンケーキが有名で、なんとかのスフレパンケーキというメニューがいくつも並んでいる。細かな違いだが確かに違いはあり、俺もヨルもメニューの隅から隅まで眺めてどれにしようかと悩んでいた。
「朝日、決まった?」
「一応決まった」
「え、どれ?」
「チョコレートのやつ」
「そうだった、朝日は甘いものが好きだもんね」
ヨルはメニューに視線を戻し、眉間に皺を寄せていた。どうぞゆっくり悩んでくれ。
俺は朝食をバナナしか食べていないので、スフレパンケーキだけで腹が満たされるかは分からない。もし腹が減ったらファーストフードについてきてもらおう。
メニューを行き来して、数分の格闘ののちにヨルの表情が明るくなる。
「決めた。いちごのパンケーキにする」
いちごは定番だが間違いなく美味い。困ったらいちごのものを頼めば美味さは保証される。
「セットメニューもあるけどどうする?」
「俺はカフェモカ。ヨルは?」
「チャイティーにしようかな。たまには気分を変えるのもいいよね」
チャイティーか。名前はよく聞くが飲んだことはない。スパイシーな味らしいが美味いのだろうか。この前の肉まんじゃないが、一口もらえたらもらってみようか。
注文を終えると、ヨルは両肘をついて俺にニコリと微笑みかける。
「朝日がこんなお店が気になってるなんて思わなかったよ」
「元カノが映えるカフェに行きたいって言うから調べたんだよ――」
そこまで口にして、俺は口を噤む。また元カノの話題を口にしたと言われてしまう。
そっとヨルの様子を窺うと、ヨルは一瞬視線を逸らしたがすぐに笑顔に戻って「そうなんだ」と頷いた。分かっていてスルーしてくれた懐の深さに感謝しかない。
「……で、調べてるうちに俺も気になってたって感じかな」
「そういうのあるよね。私は朝日ほどカフェに詳しくないから、こうやって教えてくれたのは嬉しいなって思うよ」
そう言ってくれてほっとした。俺よりもよっぽど大人な対応ができているヨルに、感謝の気持ちと気を遣わせてしまったという申し訳なさが溢れていた。
「あとは雰囲気もいいもんね。冬だからオープンカフェなのはちょっと寒いけどね」
オープンテラスを横目に笑うヨルはコートを肩に羽織ったままだった。かくいう俺もコートを羽織ったままだが。
窓ガラスが一切ない内装は夏なら涼しくていいかもしれないが、冬だとヨルの言う通り少し寒い。店選びをミスしたかもしれないと、俺はまたしても申し訳なさに襲われた。もしまた別のカフェに行く機会があれば、内装もチェックしておくべきだと学びを得た。
「朝日ってこういうカフェはよく来るの?」
「あんまり来ないな。男子同士だとカフェよりファーストフードとかラーメンに行くことが多いな」
「やっぱりそうなんだ。男の子ってよくラーメン食べてるよね」
「女子がカフェに行くのと同じくらいラーメン屋に通ってるな」
なにそれ、とヨルは小さく笑う。間違っていない。多いときには週三でラーメン屋に足しげく通っていた。あの頃のせいで肌の調子が悪くなった気がしなくもない。
さらに話を広げようとして、俺は気がついた。これはヨルのことを知るチャンスなのでは。初対面のときは全ての質問を内緒とはぐらかされてしまったが、今なら多少なりとも関係は築けている。きっと俺の質問も少しは答えてくれるだろう。
「ヨル、色々聞いてもいいか?」
「私が答えられることで良ければ」
また内緒と言われないように質問を選んでいかなければならない。俺は頭の中で質問を組み立て、気持ちを落ち着かせるためにお冷やを一口飲む。
