きみの色になる

 色、いろ、イロ?

 わたしのいろって、いったい何色?

 きみがいなくちゃ、わからないんだよ。



 ───なーにが夏の眩しさだ。くそくらえってんだ。
風夏はひとけのないプラットホームで思いきり歯ぎしりする。もう何分もここで待っている。一張羅の麻のシャツは、汗でぐっしょり濡れていた。
 お待たせしました───電車はホームにすべり込んでくる。風夏は鞄を抱えなおした。
 扉が開く。靴底が擦れる。風夏はクーラーの風の中へ駆け入った。

 今この時が、運命の分岐点とも知らずに。



 おや、聞いていた話とはちょっと違うな、と彼女は思った。
少なくとも、改札から出てきた彼は、実の叔母に言わしめるほどの反抗期では、なさそうだ。ぼさぼさの前髪の奥に、思慮深そうな面差しがある。彼女には普通の男子高校生に見える。

「君が、ふうかくんであってるかな」

「うす。世話になります、えっと……」

「高園日毬です。よろしくね」

「あっ、はい」

ふうかはぎこちなく会釈して、日毱の車に乗り込んだ。



 見慣れた景色が車窓を流れてゆく。後部座席でそわそわしている気配を感じると、日毬もどこか落ち着かない気分になった。

「まじまじと見るものでも、ないよ。一週間も経てば飽きてくるんだから」

「そ、そういうもんすか」

「そうよ。どうせ田舎だし……ふうかくんが住んでいた所は、ずいぶん都会だったでしょ
 う?」

「そうっすね。都心まで、電車で直ぐっす」

風夏は家の周りを思い浮かべる。思い出しても灰色の町だ。

「そういえば、ふうかってどういう字で書くの?」

「夏に、風……。おれは夏、好きじゃないんですけど」

「もったいないねー。まぁ、夏は色々と思い出してしまうよね」

 風夏は、運転手席でハンドルを握る日毬を盗み見た。

(この人は、夏に何を思い出すんだろ)

 ねばつくような夕日と蒸し暑さに。
 ヒグラシの鳴き声に。

「もうすぐ着くよ」

日毬の家は、もと市営住宅の小さな一軒家だ。
風夏の荷物がすでに送ってある。彼が家に上がったのを確かめると。日毬はキッチンへ向かった。冷蔵庫からポットを取り出して、グラスに麦茶を注ぐ。

「あれ、風夏くん?」

彼はキッチンの隣の六畳間で、ぼうっと壁を眺めて立っている。

「すっげぇー。壁が見えねーぐらいあるじゃんか」

率直に言葉が溢れる。壁一面に掛けられているのは、ギターだ。

「あぁ……趣味なの。両親も好きだったから、こんなに、ね」

「弾けるんすか」

「それなりには……」

期待と憧れを含んだひかりに、日毬は苦笑いを返す。

「マジやべぇ」

風夏は慌てて己の口を塞いだ。

「すんません」

「どしたの?」

「よく、叔母さんに叱られるんすよ、おれ。言葉づかいが汚いって」

「風夏くんの叔母さんのほうが正しいのかもしれないけど、私はあんまり気にしないよ」

日毬が風夏のほうを向くと、彼もまた彼女を見ていた。ほんのひとときだけ、バチッと目が合った。
風夏が目を逸らす。「あざす」

「麦茶をどうぞ。暑かったでしょ。私は、車の向き変えてくるから」

日毬も急に気まずくなって、逃げるように家を出た。