夏休みまでは、試験の答案が返却され、試験問題の解説が行われるという授業が続く。教室内には授業の度に、歓喜の声と落胆のタメ息が入り乱れる。天ヶ崎高校には追試が実施されないため、規定の点数に満たない生徒は補習授業を受けなければならない。夏休みに受けるのか、それとも放課後に居残りをするのか選択できるが、ほぼ全員が居残り授業を選ぶ。誰でも、わざわざ夏休みに登校したいとは思わないからだ。
周平は中の下辺りの成績であるが、得意科目も不得意な科目もないため補習に引っ掛かることはない。教室内を見渡すと、当然のように千代も美波も余裕の表情を見せている。答案用紙を見て何度か固まった北方は、何科目かの補習を受けなければならない様子だ。
授業の合間にある休憩時間に、千代が周平の席に歩み寄った。
「お父さんに確認したら、ぜひ来てくれってさ。由緒正しい神社だということを、じっくりと話して聞かせたいらしいよ」
身を乗り出して唾を飛ばす勢いだった父親を思い出し、千代は申し訳なさそうに苦笑いする。
昨夜の様子だと、古文書などを持ち出して延々と話し続けそうだったからだ。間違いなく、ものすごく長くなる。
しかし、千代の心配を他所に、周平はその言葉を聞いてキラキラと目を輝かせた。
「よし、行こう。今から行こう。手土産があった方がいいかな?饅頭かな?煎餅、いや羊羹かな?」
周平の様子を見て千代が嘆息する。
そうだった。邪馬台詩にどっぷり浸かっている周平であれば、泊まり込んででも説明を聞き続けるに違いない。
「あー、今日は忙しいらしいから、明日の放課後でいい?」
「え・・・・・・・」
「その、全てに絶望したような表情止めて!!1年後じゃなく、明日だから、明日。もう、1日くらい待ちなよ」
「・・・・・・はい」
飼い主の留守中に室内で暴れまわったあと、帰宅した飼い主に叱られるイヌのような周平を見て、千代は深いタメ息を吐いた。
その日の放課後。いつも通り周平はオカルト研究部に直行したものの、この日は部活に参加しないことにしていた。当然、明日持参する手土産を購入するためだ。千代の話しが本当だとすれば、ネットに氾濫する情報や本に掲載されている解説などよりも重要な話しを聞くことができる。そのためであれば、5、いや3千円程度なら周平に身銭を切る覚悟はある。
明日も部活に参加できないため、部室に顔を出した周平は部長である凛音にそのことを告げた。
「イーイーヨー、シーッカリー、ハーナーシーヲ、キイテーキーターマーエー」
凛音の扇風機ブームはいつ終わるのだろうか。
部室に立ち寄った周平は、凛音と話しをすると駐輪場に向かった。2号館の階段をゆっくりと降り、本館を通り過ぎた場所にある体育館の方向に進む。駐輪場はどこの学校も同じように、体育館の横にあったりするものだ。天ヶ崎高校の体育館は、高校の施設とすれば標準的な大きさだと思われる。バスケットボールのコートが2面取れるほどの広さだ。
周平が体育館の横を通り過ぎようとしたとき、いつもは閉まっている金属製の扉が開いていることに気付いた。この時期になると体育館内は蒸し風呂状態で、慣れなければ呼吸するだけでも気持ち悪くなるのだ。おそらく暑さ対策だろう。
周平は扉の前を通り過ぎようとしたとき、すぐ近くにバスケットボールが転がっていることに気付いた。扉に近付いて体育館の中を見渡し、まだバスケットボール部員の姿がないことを確認する。数秒逡巡したのち、周平は靴を脱いで体育館に足を踏み入れた。バスケットボールに歩み寄り、手に取ってドリブルを始める。ダンダンと床を突く音は、とても素人のものとは思えなかった。周平はドリブルをしながらスリーポイントラインまで移動し、その場でシュートを放つ。ボールはキレイな放物線を描き―――リングに直撃してガーンと大きな音を立てた。
ボールの行方を確認した周平は、苦笑いを浮かべて首を左右に振る。そして、転がっていくボールを拾いに行くことはせず、そのまま体育館をあとにした。
周平のシュートは誰に見られるでもなく自己満足で終わるはずだった。しかし、ちょうど部活のために体育館に移動してきた女子バスケットボール部の部員たちが、周平がシュートをする様子を見ていた。
「誰、今の?」
「片付けて行けっての」
「だよね」
ブチブチと文句を口にする部員たちの中、美波だけは呆然として動きを止めていた。
「い、今のフオームは・・・」
次の瞬間、美波は開け放たれている扉に向かって走り出した。
美波には、ずっと違和感があった。あのときに見た背番号4の選手が、練習で手を抜いたり、簡単に部活をサボったり、教室で注目を集めるような言動をしたりするとは思えなかっからだ。そもそも、北方のシュートフォームが美波の記憶とは全く違っていたのだ。
扉から飛び出し、体育館の角を曲がって行く後ろ姿に向かって叫ぶ。
「ちょっと待って!!」
周平は背後から大声で叫ばれ、驚いて振り返った。そこには、焦ったような表情の美波が立っていた。声の主が美波だと確認した周平は自分には関係ないと判断し、再び駐輪場に向かって歩き始めた。美波と周平の間には何の接点もないため、この結果も必然であった。
取り残された美波は後を追うことができず、その場で周平の後姿を見送るしかなかった。
周平は中の下辺りの成績であるが、得意科目も不得意な科目もないため補習に引っ掛かることはない。教室内を見渡すと、当然のように千代も美波も余裕の表情を見せている。答案用紙を見て何度か固まった北方は、何科目かの補習を受けなければならない様子だ。
授業の合間にある休憩時間に、千代が周平の席に歩み寄った。
「お父さんに確認したら、ぜひ来てくれってさ。由緒正しい神社だということを、じっくりと話して聞かせたいらしいよ」
身を乗り出して唾を飛ばす勢いだった父親を思い出し、千代は申し訳なさそうに苦笑いする。
昨夜の様子だと、古文書などを持ち出して延々と話し続けそうだったからだ。間違いなく、ものすごく長くなる。
しかし、千代の心配を他所に、周平はその言葉を聞いてキラキラと目を輝かせた。
「よし、行こう。今から行こう。手土産があった方がいいかな?饅頭かな?煎餅、いや羊羹かな?」
周平の様子を見て千代が嘆息する。
そうだった。邪馬台詩にどっぷり浸かっている周平であれば、泊まり込んででも説明を聞き続けるに違いない。
「あー、今日は忙しいらしいから、明日の放課後でいい?」
「え・・・・・・・」
「その、全てに絶望したような表情止めて!!1年後じゃなく、明日だから、明日。もう、1日くらい待ちなよ」
「・・・・・・はい」
飼い主の留守中に室内で暴れまわったあと、帰宅した飼い主に叱られるイヌのような周平を見て、千代は深いタメ息を吐いた。
その日の放課後。いつも通り周平はオカルト研究部に直行したものの、この日は部活に参加しないことにしていた。当然、明日持参する手土産を購入するためだ。千代の話しが本当だとすれば、ネットに氾濫する情報や本に掲載されている解説などよりも重要な話しを聞くことができる。そのためであれば、5、いや3千円程度なら周平に身銭を切る覚悟はある。
明日も部活に参加できないため、部室に顔を出した周平は部長である凛音にそのことを告げた。
「イーイーヨー、シーッカリー、ハーナーシーヲ、キイテーキーターマーエー」
凛音の扇風機ブームはいつ終わるのだろうか。
部室に立ち寄った周平は、凛音と話しをすると駐輪場に向かった。2号館の階段をゆっくりと降り、本館を通り過ぎた場所にある体育館の方向に進む。駐輪場はどこの学校も同じように、体育館の横にあったりするものだ。天ヶ崎高校の体育館は、高校の施設とすれば標準的な大きさだと思われる。バスケットボールのコートが2面取れるほどの広さだ。
周平が体育館の横を通り過ぎようとしたとき、いつもは閉まっている金属製の扉が開いていることに気付いた。この時期になると体育館内は蒸し風呂状態で、慣れなければ呼吸するだけでも気持ち悪くなるのだ。おそらく暑さ対策だろう。
周平は扉の前を通り過ぎようとしたとき、すぐ近くにバスケットボールが転がっていることに気付いた。扉に近付いて体育館の中を見渡し、まだバスケットボール部員の姿がないことを確認する。数秒逡巡したのち、周平は靴を脱いで体育館に足を踏み入れた。バスケットボールに歩み寄り、手に取ってドリブルを始める。ダンダンと床を突く音は、とても素人のものとは思えなかった。周平はドリブルをしながらスリーポイントラインまで移動し、その場でシュートを放つ。ボールはキレイな放物線を描き―――リングに直撃してガーンと大きな音を立てた。
ボールの行方を確認した周平は、苦笑いを浮かべて首を左右に振る。そして、転がっていくボールを拾いに行くことはせず、そのまま体育館をあとにした。
周平のシュートは誰に見られるでもなく自己満足で終わるはずだった。しかし、ちょうど部活のために体育館に移動してきた女子バスケットボール部の部員たちが、周平がシュートをする様子を見ていた。
「誰、今の?」
「片付けて行けっての」
「だよね」
ブチブチと文句を口にする部員たちの中、美波だけは呆然として動きを止めていた。
「い、今のフオームは・・・」
次の瞬間、美波は開け放たれている扉に向かって走り出した。
美波には、ずっと違和感があった。あのときに見た背番号4の選手が、練習で手を抜いたり、簡単に部活をサボったり、教室で注目を集めるような言動をしたりするとは思えなかっからだ。そもそも、北方のシュートフォームが美波の記憶とは全く違っていたのだ。
扉から飛び出し、体育館の角を曲がって行く後ろ姿に向かって叫ぶ。
「ちょっと待って!!」
周平は背後から大声で叫ばれ、驚いて振り返った。そこには、焦ったような表情の美波が立っていた。声の主が美波だと確認した周平は自分には関係ないと判断し、再び駐輪場に向かって歩き始めた。美波と周平の間には何の接点もないため、この結果も必然であった。
取り残された美波は後を追うことができず、その場で周平の後姿を見送るしかなかった。


