美波はいつも通り、教室の中心で仲が良い5人のメンバーと花火大会について話し合っていた。
8月5日に開催される天秤花火大会。街の中心部を流れる大川の河川敷で打ち上げられる花火は、天秤市のイベントとしては最大級のものだ。市内はもちろん、近隣の市町村からも大勢の人々が訪れる。
美波自身はクラスの中心になりたいとか、そんな願望はまったく抱いていなかった。6人で話しをしているだけで、羨望の眼差しを向けられることがある。ただ普通に挨拶をしただけなのに、顔を染めて目を逸らされることもある。他の5人がどう考えているのか分からないが、美波には選民意識もなければ、自分が特別な存在だという認識もない。ただ、あのとき見た背番号4の選手と同じように、どんな苦しいときでも前を向いていたかっただけだ。そのために努力し、少しでも近付きたいと必死に頑張ってきただけなのだ。
中学入学と同時に、美波はバスケットボールを始めた。美波の学区にある市立久遠中学のバスケットボール部は、地区大会の優勝は当然のこととして、県大会でもベスト4常連という強豪校だった。大半の部員が小学校から地区のチームに所属していた経験者で、初心者の美波は練習についていくだけでやっとだった。
レギュラーになるなど夢物語で、ベンチ入りさえできなかった。そんな中学2年生の夏、美波は県大会で衝撃的な試合を目にした。県大会の男子準々決勝、順当に勝ち上がった久遠中学に対するのは、無名の弱小中学校である真備中学校だった。優勝が狙えると言われていたほど、この年の久遠中学は強かった。当然ながら試合は一方的で、第2クオーターが終了した時点で20点以上の差がついていた。観客席から久遠中学のベンチを見ると、監督も含め選手たちは翌週行われる準決勝のことを考えて戦術の確認を始めていた。得点差からも相手校の戦力からも、それは当然のことだと思えた。
しかし、真備中学の様子を窺った美波は、そこで予想外の光景を目にする。4の背番号を付けた選手が、項垂れる他のメンバーたちを必死で鼓舞していたのだ。「まだやれる!!」「まだ大丈夫だ!!」と根拠がない言葉が美波の耳に届く。美波の周りに座っている女子バスケットボール部の面々は、その様子を見て失笑していた。優勝候補筆頭の強豪校と戦意を喪失している弱小校、第2クオーター終了時点で得点差は20。誰がどう見ても、結果は分かり切っていた―――はずだった。
背番号4の選手は、口先だけではなかった。たった1人であろうとも強豪校に立ち向かった。他のメンバーの2倍以上動き、油断していた久遠中学のパスを何度もスチールした。孤軍奮闘。たった1人でコート内を駆け回り、準決勝に備えている久遠中学のガードを食い破っていく。第3クオーターが終了した時点で、20点あったリードは8点差にまで縮まっていた。
第3クオーター終了のブザーとともに、場内にどよめきが起きていた。誰もが、久遠中学が順当に勝ち上がると思っていた。しかし、先ほどまでとは雰囲気が違う。「もしかすると、大逆転劇があるかも知れない」「大番狂わせがあるかも知れない」確かに、そういった空気が漂っていた。その証拠に、美波の周囲に座っている女子バスケットボール部員たちから、余裕の笑みが消えていた。
次の瞬間、これまでとは違う種類のどよめきが起きた。美波がコートに視線を移すと、真備中学の背番号4がベンチに辿り着く途中で前のめりに倒れていた。他のメンバーの分まで動き、何度もスパープレイで得点を重ねた4番。観客の誰もが、力尽きたとしても仕方ないと思った。
しかし、それでも、背番号4は笑顔で立ち上がり、再びチームを鼓舞する。「まだやれる!!」「絶対に勝つ!!」。メンバーたちの表情が劇的に変化した。場内から地響きがするような歓声が上がった。この瞬間、久遠中学は完全にアウェイになった。選手たちは浮き足立ち、真備中学が得点する度に歓声が上がった徐々に得点差が縮まり、残り10秒で2点差に迫った。まるで、映画のラストシーンのように、最後のパスが背番号4に渡る。スローモーションの中、美しいフォームから放たれたボールはノータッチでリングに吸い込まれた。大逆転の3ポイントシュート。
あのときの光景が、今でも美波の心を捉えて放さない。
他人の目を気にして、自分の意思を圧し殺しても他人に迎合する。教室の隅で空気を読みながら、次の行動を決める。そんな自分と決別するため、周囲の人たちを引っ張っていけるようになるために、妥協せずに努力を重ねてきた。あの4番に近付けるように、前だけを向いてきた。次は、自分が誰かを奮い立たせるために。
美波は試合を見ることができなかったが、翌週、真備中学は準決勝で50点以上の得点差で敗退した。
再び4番のプレイを見たいと思っていたものの、その後、美波がバスケットボール部を引退するまで、真備中学が県大会に出場することはなかった。
しかし、美波は天ヶ崎高校に入学した後、憧れていた背番号4の選手に再会することになる
美波がバスケットボール部に入部すると、偶然にも同学年に真備中学の出身者がいたのだ。逸る気持ちを抑え、美波は「2年生のときに背番号4が誰だったのか」と訊ねた。
「ああ、あの人。男子バスケ部のアイツ。北方が2年のときから背番号4を付けてたよ」
8月5日に開催される天秤花火大会。街の中心部を流れる大川の河川敷で打ち上げられる花火は、天秤市のイベントとしては最大級のものだ。市内はもちろん、近隣の市町村からも大勢の人々が訪れる。
美波自身はクラスの中心になりたいとか、そんな願望はまったく抱いていなかった。6人で話しをしているだけで、羨望の眼差しを向けられることがある。ただ普通に挨拶をしただけなのに、顔を染めて目を逸らされることもある。他の5人がどう考えているのか分からないが、美波には選民意識もなければ、自分が特別な存在だという認識もない。ただ、あのとき見た背番号4の選手と同じように、どんな苦しいときでも前を向いていたかっただけだ。そのために努力し、少しでも近付きたいと必死に頑張ってきただけなのだ。
中学入学と同時に、美波はバスケットボールを始めた。美波の学区にある市立久遠中学のバスケットボール部は、地区大会の優勝は当然のこととして、県大会でもベスト4常連という強豪校だった。大半の部員が小学校から地区のチームに所属していた経験者で、初心者の美波は練習についていくだけでやっとだった。
レギュラーになるなど夢物語で、ベンチ入りさえできなかった。そんな中学2年生の夏、美波は県大会で衝撃的な試合を目にした。県大会の男子準々決勝、順当に勝ち上がった久遠中学に対するのは、無名の弱小中学校である真備中学校だった。優勝が狙えると言われていたほど、この年の久遠中学は強かった。当然ながら試合は一方的で、第2クオーターが終了した時点で20点以上の差がついていた。観客席から久遠中学のベンチを見ると、監督も含め選手たちは翌週行われる準決勝のことを考えて戦術の確認を始めていた。得点差からも相手校の戦力からも、それは当然のことだと思えた。
しかし、真備中学の様子を窺った美波は、そこで予想外の光景を目にする。4の背番号を付けた選手が、項垂れる他のメンバーたちを必死で鼓舞していたのだ。「まだやれる!!」「まだ大丈夫だ!!」と根拠がない言葉が美波の耳に届く。美波の周りに座っている女子バスケットボール部の面々は、その様子を見て失笑していた。優勝候補筆頭の強豪校と戦意を喪失している弱小校、第2クオーター終了時点で得点差は20。誰がどう見ても、結果は分かり切っていた―――はずだった。
背番号4の選手は、口先だけではなかった。たった1人であろうとも強豪校に立ち向かった。他のメンバーの2倍以上動き、油断していた久遠中学のパスを何度もスチールした。孤軍奮闘。たった1人でコート内を駆け回り、準決勝に備えている久遠中学のガードを食い破っていく。第3クオーターが終了した時点で、20点あったリードは8点差にまで縮まっていた。
第3クオーター終了のブザーとともに、場内にどよめきが起きていた。誰もが、久遠中学が順当に勝ち上がると思っていた。しかし、先ほどまでとは雰囲気が違う。「もしかすると、大逆転劇があるかも知れない」「大番狂わせがあるかも知れない」確かに、そういった空気が漂っていた。その証拠に、美波の周囲に座っている女子バスケットボール部員たちから、余裕の笑みが消えていた。
次の瞬間、これまでとは違う種類のどよめきが起きた。美波がコートに視線を移すと、真備中学の背番号4がベンチに辿り着く途中で前のめりに倒れていた。他のメンバーの分まで動き、何度もスパープレイで得点を重ねた4番。観客の誰もが、力尽きたとしても仕方ないと思った。
しかし、それでも、背番号4は笑顔で立ち上がり、再びチームを鼓舞する。「まだやれる!!」「絶対に勝つ!!」。メンバーたちの表情が劇的に変化した。場内から地響きがするような歓声が上がった。この瞬間、久遠中学は完全にアウェイになった。選手たちは浮き足立ち、真備中学が得点する度に歓声が上がった徐々に得点差が縮まり、残り10秒で2点差に迫った。まるで、映画のラストシーンのように、最後のパスが背番号4に渡る。スローモーションの中、美しいフォームから放たれたボールはノータッチでリングに吸い込まれた。大逆転の3ポイントシュート。
あのときの光景が、今でも美波の心を捉えて放さない。
他人の目を気にして、自分の意思を圧し殺しても他人に迎合する。教室の隅で空気を読みながら、次の行動を決める。そんな自分と決別するため、周囲の人たちを引っ張っていけるようになるために、妥協せずに努力を重ねてきた。あの4番に近付けるように、前だけを向いてきた。次は、自分が誰かを奮い立たせるために。
美波は試合を見ることができなかったが、翌週、真備中学は準決勝で50点以上の得点差で敗退した。
再び4番のプレイを見たいと思っていたものの、その後、美波がバスケットボール部を引退するまで、真備中学が県大会に出場することはなかった。
しかし、美波は天ヶ崎高校に入学した後、憧れていた背番号4の選手に再会することになる
美波がバスケットボール部に入部すると、偶然にも同学年に真備中学の出身者がいたのだ。逸る気持ちを抑え、美波は「2年生のときに背番号4が誰だったのか」と訊ねた。
「ああ、あの人。男子バスケ部のアイツ。北方が2年のときから背番号4を付けてたよ」


