試験期間の鬱憤を晴らすように、美波たちが使用している部屋は盛り上がっていた。
 美波は川名、水川の3人とで、流行りのかわいい系の曲をあざとい振り付きで歌った。カラオケに行った時のために、美波は流行の曲やダンスは全て覚えている。帰宅した後、時間的に余裕があることも理由ではある。しかし、それよりも、「今を全力で楽しむために必要なことには労力を惜しまない」と、決めているため練習しているからだ。
 あの日から、何に対しても一生懸命に取り組んでいる。
 どんな時でも、頑張ると決めたから。
 あの背中に、諦めないと誓ったから。

 女子3人のあざとい曲が終わると、北方がアップテンポなラップを小慣れた様子でシャウトする。どれだけ練習したのか、一音も外すことなくプロ顔負けのパフォーマンスを見せる。美波以外の4人は全員が立ち上がって歓声を上げる。美波は全身でリズムを捉え、北方と一緒になって踊る。美波もいつ練習したのか、北方に負けず劣らず本物と同じレベルのダンスを披露した。

「ああ、踊った踊ったあああ。ちょっと、ドリンクバーに行ってこようかな」
「美波、ハシャギ過ぎだよー」
 手のひらでパタパタと自分の顔を扇ぎながら、美波は息を切らしている川名に話し掛ける。
「沙希も人のこと言えないじゃん」
「もう、限界、ちょっと休憩」
 大きく息を吐きながらソファーに腰を下ろす川名に、美波は苦笑いを浮かべて手を振った。
「ちょっと、行ってくるね」
 そんな2人のやりとりを見ていた北方が、美波の後を追うようにして立ち上がった。

 部屋の外に設置されているドリンクバーに移動し、飲み物のボタンを眺めて美波は腕を組んだ。普段飲むことがない種類のドリンクが並んでいるため、どれにするか本気で悩んでいたのだ。そんな美波の背後から、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「そんなに悩んでたら、時間が終わってしまうぞ」
「ええっ!! でも、そんなにたくさんは飲めないし、普通に悩むよ」
 美波は振り向くこともなく、声の主である北方に答える。

 北方はドリンクバーの前で仁王立ちしている美波の後ろから、しばらくその様子を眺めていた。しかし、なかなか決らない美波を待ち切れなくなり、ここまで追い掛けて来た要件を口にした。
「春瀬さ、オマエ、夏休みはどうするんだ?」
「普通に部活だけど?」
「いや、そうなんだけど、そうじゃない。部活がない日のことを聞いてるんだよ」
 北方が何を言おうとしているのか、当然のように美波には分かっている。何度も同じようなことを聞かれたことがあったし、十分に理解した上で毎回受け流してきた。

 美波と北方は同じバスケットボール部ということもあり、男女の違いはあれどもそれなり交流があった。しかし、挨拶を交わす程度で特に仲が良い訳ではなかった。現在のように親しく会話をし、学校の内外で一緒にいるようになったのは、2年生に進級した際のクラス替えでクラスメートになってからだ。

 本人は知らないが、美波は以前から北方のことを知っていた。同じ高校に入学していることを知り、当初は本当に嬉しかった。しかし、崇拝に近い感情を抱いていただけに、それなりに落胆もした。
 決して、北方は悪い人物ではない。性格が破綻している訳ではないし、少し自意識過剰な点を除けばそれなりに優良物件と言える。実際、下級生や同級生からはそれなりに人気もある。ただ、美波が記憶している光景に北方が重ならないのだ。全力で取り組むという行為を、北方は恥ずかしいと思っている。平気で部活をサボる。何に対しても手を抜く。その態度に違和感が拭えない。だから、いつものように返事をする。

「うーん、家の手伝いが忙しくて、予定が全く分からないんだよね」
「じゃあ、花火大会は?8月5日の花火大会、今日の6人で行かないか?」
 みんなで、と言われてしまうと美波としても断り難い。そもそも、北方が嫌いという訳ではないのだ。それに、自分が難色を示すことによって、みんなの楽しいはずの時間が失われてしまうことの方が何倍も嫌だった。
「分かった。その日はどうにかするよ。待ち合わせ場所とか決まったら、ルームに書いておいて」
「お、おう、任せとけ!!」
 美波の返事を聞き、北方の表情がパッと明るくなる。
「じゃあ、オレは先に戻ってみんなに言っとくわ」
 北方は溢れるほどのコーラをコップに注ぎ、急いで自分たちの部屋に戻って行った。

 美波はようやく飲み物を選ぶと、そのボタンを押した。
 楽しいことが好きだ。
 考えることができる時間はいらない。
 アップテンポが好きだ。
 スローバラードはいらない。
 前を向くことが好きだ。
 立ち止まりたくない。


 5時間後、カラオケ店の前で解散すると、美波は目の前のロータリーを渡って改札を抜けた。自転車があれば通えない距離ではないが、過保護な母親に懇願され電車通学をしている。
 中心部方向に一駅。そこが、美波の利用する駅である。街の中心部に近くそんなに治安が良いエリアではないが、母親の勤務先の都合で中心部に近いエリアに住んでいる。朝が早く、夜が遅い母親の生活リズムに合わせ、極力通勤時間を低減するためだ。

 それなりに家賃が高そうなマンションのエントランスを通り、カギを挿し込んで自動ドアを開ける。すれ違う住民に対し軽く会釈し、美波はエレベーターに乗り込んだ。7階でエレベーターを降り、美波が両頬を両手が覆い気合を入れる。ここから、再度スイッチを入れなければならない。

「ただいま!!」

 誰もいない玄関で、美波は暗闇に向かって明るく声を掛けた。