その後―――――
 本殿の異変に気が付いた神主が駆け付け、周平と美波、そして元通りになっている天秤を目にして男泣きした。社務所まで丁重に案内して高級玉露でもてなしたあと、なぜか2人に栗羊羹をお土産として持たせて石段の下まで自動車で送り届けてくれた。周平は自転車で来ていたためその場で別れたが、美波は強引に乗り込んできた千代と一緒に自宅に向かった。

 周平は遠ざかって行くテールランプに手を振ったあと、もう静まり返った夜空を見上げた。




 太陽フレアの大爆発による磁気嵐は、8月24日に終息した。この地域の夏休みは8月24日までであるため、夏休み期間だけインターネットが使えなかったということになる。アナログの伝達手段に慣れ始めていた人々であったが、電波障害が解消した途端に元の生活に戻った。ただ、この1ヶ月の不便なコミュニケーション状態のためか、SNSでも言葉を選ぶ人が増えたらしい。また、駅の伝言板は縮小されたものの残されている。とはいえ、意味不明な「xyz」の書き込み以外の書き込みは無いようである。


 周平の生活は、あの時のまま変わっていない。阿の影響はあったのかも知れないが、一度始めたことを意味もなくやめることはしなかった。せっかく止まっていた時間が動き始めたのに、また止めるようなことはしたくなかったのだ。またバスケットボールもしたいと思っていたものの、今さら部活動に参加する訳にもいかないため方法を考え中である。
 そんなことよりも、周平には大問題が発生していた。未来記や邪馬台詩の予言が完了してしまったため、調べることが無くなってしまったのである。

 美波の生活は、周平とは違い激変していた。早々に母親と和解した。お互いに胸に秘めていた思いをぶつけ合い、これまで以上に分かり合える関係になった。その中で、美波は自転車通学がしたいことを伝え、それを母親が了承した。もともと1駅だけの電車通学である。駅から徒歩ということを考えれば、自転車の方が早いくらいなのだ。
 そして、バスケットボール部はそのまま退部した。部員から謝罪され、散々引き止められもしたが、もう一緒にやろうとは思えなかったのだ。バスケットボールをするのであれば、部活に拘る必要もないのだ。

 新学期になると、教室に北方の姿は見当たらなかった。夏休みの間に転校したらしい。当然、美波の嘘話も拡散されることはなく、北方の悪事だけが事実として広がっていた。こんな状況で学校生活を送るくらいなら転校する、という選択肢も理解はできる。

 教室内での周平は、これまでと変わらず隅っこ生活。ただ、身だしなみを整え、顔を上げている姿は中学時代の周平を彷彿とさせた。そんな周平の元に、バタバタと駆け寄って来る人物が一人。そして、勢いのまま背中に手の平を叩き付けた。
「おはよう、可成!! どう、次の研究対象は決まった?」
 背後からの強襲に咳き込みながらも答える。
「ゲホゲホッ マジやめて。心臓が止まるから!!」
 わざとキョトンとした表情で小首を傾げる千代。その姿を見て周平が深いタメ息を吐く。
「まあ、だいたい決まったかな。今日の部活で発表するつもり」
「そう。部長も副部長も楽しみにしてるって言ってたけど、もちろん、私も楽しみにしているからな」
「はいはい」
 千代は散々周平の目を覚ましたあと、友だちのところに去って行った。

「おはよう」
 千代以外の声に挨拶をされて周平が驚く。でもその声は周平が聞き慣れた声であったため、誰のものかはすぐに分かった。
「おはよう」
 周平が声の方に向くと、美波が少しはにかんだ笑顔で立っていた。美波が周平に話し掛けたためクラスメートたちが驚いているが、特に気にする素振りも見せず言葉を続ける。
「今日、オカルト研究部に一緒に行ってもいいかな?」
「いいけど、何で?」
「ちょっと用事があって」
 笑顔で答える美波よりも周囲の視線にたじろいだ周平は、この場を乗り切るために承諾した。
「うん、分かったよ」


 始業式が終わり放課後になると、さっそく美波がカバンを持って駆け寄って来た。その姿を目にした周平もカバンを持って立ち上がる。すぐに周平と美波は、並んでオカルト研究部の部室へと向かった。

「お疲れ様です」
 やはり部室のドアは開けっ放しで、いつも通り凛音と拓真は既に部室にいた。
「いつもお疲れだね可成君は。おや、その背後霊はどちら様だい?」
 凛音に声を掛けられた美波は、周平の背中から横に飛び出して大袈裟に頭を下げる。
「2年3組の春瀬 美波と申します。入部希望です」
「は!?」
 凛音よりも早く周平がリアクションをする。
「ふむ。オカルト研究部はオカルトに関わる何かを自己負担、自己責任で追求する活動をしているのだが。春瀬君、自己負担でもやっていく自信はあるのかね?」
「もちろんです!!」
 凛音は大仰に何度も頷き、美波の方を向いて告げた。
「ゴーカークーダーカーラーガーンーバーリーターマーエー」
 相変わらず、扇風機は凛音の前に設置されていた。

「とりあえず、席は可成の隣でいいかな?
 で、これは、チョコチップドロップクッキーだ。食べたら感想を聞かせてもらいたい」

「お疲れ様でーす!!
 あれ、美波ちゃん?入部するの?歓迎するよ。うんうん、今日から仲間だね」
 千代が部室に飛び込んでくると、一気に賑やかになる。周平の隣に美波が座り、その隣に千代が陣取った。

「ところで、可成君は次のテーマが決まったのかい?何かの研究をしないと、退部になってしまうかも知れないよ」
 ニヤニヤしながら凛音が周平に問い掛ける。すると、周平は即座に立ち上がり、堂々と答えた。
「決まりました。ちょっと難しいかも知れませんけど、1000年後の人たちのために、過去の文献等を元にして予言詩を作ろうと思います」
「ほう、それはいいな」
 拓真が口の周りをチョコレートで汚したまま、ウンウンと何度も頷く。
「でも、可成にそんなセンスあるの?」
 千代がニヤニヤ笑いながら言うと、周平が少しムッとした表情で反論する。
「国語の期末試験92点のこの国語マスターに不可能はない」
「え、私、95点だったけど」
 学年トップクラスの千代は、周平自慢の点数を軽々と超えていく。
 そんな周平の肩に手を置き、美波が満面の笑みを浮かべて宣言した。
「任せて下さい。98点の私が助手として一緒に研究しますから!!」


 満面の笑みで美波は思う。

 バスケットボールは、学校の外でチームを作ればいい。
 本当に信頼できる人たちと一緒にいればいい。
 好きな気持ちが消えたなら、また最初から始めればいい。

 背番号4は、今も昔も私に道を示す。
 諦めない限り、何度だって始められるんだよ、と。



 ―――――ああ、そうそう。
 夏休み明けの黒板には、「ありがとう」の文字だけが残っていたらしい。
 









   ――― fin ―――