揺れが小さくなっていき、何も感じなくなる。
 地響きが終息し、地鳴りが鎮まる。
 地の底から這い出そうとしていた厄災が、再び眠りにつく。
 地下室に静寂が戻り、微かに花火の音が聞こえる。
 もう、目の前の天秤が左右に揺れるているだけ。
 風も吹かない地下室で、大きく揺れている。


「そうだよね。釣り合うはずがない」

 天秤を見詰めていた周平が呟く。
 そして、美波に向き合うと穏やかな笑顔を見せた。

「誰にも頼れずに何日も泣いた春瀬と、ただ走っていた僕とでは注ぎ込んだ思いが違う」
「そんなことは―――」
 否定しようとする美波の言葉を片手を上げて制止し、周平が話しを続ける。

「ほら、天秤が吽の狛犬側に大きく振れているよね。
 もともと、阿吽の性質上どうしても吽の方に傾いてしまうんだよ。だって、始まりよりも、終わりの方が重いから。僕は阿の狛犬が手元に現れてから、一度だって泣いたりしいないよ。確かに、過去のことを思い出して気持ちが沈んだことはあったよ。だけど、いつも前を向いていたから。心が折れるようなことはなかったんだ。
 でも、春瀬は違ったよね。全部が吽のせいではないかも知れないけど、嘘の噂を広げられ、友達に裏切られ、居場所を奪われて。何日も一人で泣いて、誰も助けてくれなくて。一人の時間が続いていたら、どうなっていたか分からないほどに」
 
 そう言った周平の視線は、大きく吽に傾く天秤があった。

「始まりの僕と、終わりの君ではバランスがとれるはずがないんだよ。このままだと、また崩れてしまう。
 だから―――――」

 周平はいきなり、目の前にいる美波を抱き締めた。
 一瞬驚いた美波だったが、そっと周平の背中に手を回した。
 短い時間だったかも知れない。だけど、ずっと一緒にいて、一番弱い部分を見せ合った2人は、今、誰よりも強く結びついているに違いない。


「僕のこの思いを、阿に渡すよ。そうすれば、どんなに吽が重くても、必ずバランスがとれるはずだよ。
 だって僕は、こんなに春瀬が―――――美波が好きだから」

 美波にそう告げると、周平は美波から離れ天秤へと歩み寄って行った。
 そして、台座の前で振り返ると満面の笑みを浮かべた。

「大丈夫」


 周平の手が阿の狛犬へと伸びる。
 次の瞬間、目を開けていられないほどの光が地下室を埋め尽くした。
 その光はどこか温かくて、美波を抱き締めるように包み込んだあと狛犬に吸い込まれた。

 その場に崩れ落ちる周平。
 そこに美波が急いで駆け寄る。
 先ほどまで大きく傾いていた天秤は水平になっていた。


「春瀬さん、ほら、天秤が完璧に平行ですよ。これで、世界は救われましたね」

 その言葉を聞いた瞬間、美波の両目から大粒の涙が零れ落ちた。
 周平の隣で、俯いたまま肩を震わせて嗚咽を漏らす。
 一人ぼっちになったときでさえ声を圧し殺していた美波が、大声で泣いた。


「たとえ、世界が救われても・・・
 ここにあった思いが消えてしまったら、意味がないじゃない。
 こんなことなら、この世界と一緒に終わった方がよかったよ」