「でもさ、本当にネットが使えなくなると困るよね。友達に連絡できなくなったりするし、コミュニケーションツールがほとんど無くなるからさ」
 千代が弁当を食べながら、隣に座る周平に話し掛ける。
「別に、何も困ることないけど」
 パンを食べ終えた周平が、ペットボトルを呷る。
「まあ、そりゃ、アンタの場合はそうかも知れないけどさ。というか、真備(まきび)中学からどこ中に転校したんだっけ?」
「高天台中学」
「そこからも来てる子もいるよね。同中(おなちゅう)の友達とかいないの?」
 周平は千代の質問に応えず、パソコン画面に表示されている画像から視線を動かさない。どうやら、この質問に答える気はないようだ。それを察した千代は、会話の内容を切り替える。

「私はさ、ネット環境が無くなると困るんだよ。ウチは1300年以上続く由緒正しい神社だから」
「自称だろ」
 周平のツッコミに、不機嫌になった千代が身を乗り出して反論する。
「う・る・さ・い。いつも言ってるけど、ホントのホントだから。ウチの神社に来たら証拠を見せてあげるって言ってるじゃん」
「石段1000段以上とか、何の罰ゲームだよ。絶対に行かない」
「私は、毎日それを往復しているんだけど」
「はいはい、成績優秀、スポーツも無駄に万能」
「ふんっ」

 周平はいつものように千代の話しを聞き流し、画面上に表示されている古文書の解説を読み始める。
 周平が研究しているのは飛鳥時代から平安時代にかけての予言書だ。飛鳥、平安時代には、多数の怪しげな予言が存在している。大半は後の時代に改編、創作されたものだと判明している。しかし、周平は「邪馬台詩」だけは本物だと信じて疑わない。

 ちなみに、神社の境内に建つ千代の自宅には、「竜脈に歪が生じる」との理由により光ケーブルもWi-fi機器の設置も許されていない。そのため千代は、毎月どうにか確保した10ギガを食い潰す生活を送っている。そんな千代にとって、自由にネットが使用できるオカルト研究部は、インターネットの荒海に旅立つために欠かせない唯一の港なのだ。

 その後、部室でダラダラと過ごしたオカルト研究部の面々は、日差しが傾き始めた頃に解散した。毎日必死何かを追求している訳ではなく、基本的にはネット記事や本を読んでいるだけの活動である。いつもいつも大発見があるのであれば、4人とも世界的に有名になっている。


 既にガラガラになっている自転車置き場に向かい、周平は自分の自転車に跨る。自転車に乗ることができるようになってから、ようやく3ヶ月余り。どうにか端から見ても、ペダルを踏む姿に違和感がなくなってきた。
「じゃあね、また明日」
 周平の背後を自転車に乗った千代が通り過ぎる。
「お疲れさん」

 千代の自宅である神社は、学校からもよく見える天秤山の頂上に建っている。山といっても標高150メートルほどであるため、市街地に飛び出た丘というイメージだ。周平は自転車に乗って校門を出ると、千代が走り去った逆方向へと進路をとる。元々は天秤山方面に住んでいたが、中学2年生の冬に7キロほど離れた場所に引っ越しをした。別に複雑な事情がある訳ではなく、親が住宅を購入したために転居しただけだ。

 天秤山を中心に形成されたこの街は、象徴である山の名前そのままに天秤市となった。人口は約30万人。中途半端に発展した印象ではあるが、一応何でも揃っている。そこそこの規模のショッピングモールもあれば、アンダーグランド的な繁華街も存在する。中規模都市であるがために、互いの境界線が曖昧なことが問題だろう。

 学校を基準に考えると、周平の自宅は歓楽街モドキを通り過ぎた先の新興住宅地にある。
 周平は繁華街の境界線を跨がないように、少し遠回りをし家路を急ぐ。日が暮れると、どこからともなく繁華街には面倒事が湧いて出る。そんなことに巻き込まれても、何も良いこよなどない。いつものように、学校をから40分ほどで周平は帰宅した。

 車庫の隅に自転車を停めた周平は、潰れたバスケットボールに視線を向けることなく玄関に向かった。