ひとまず周平は、現状確認のために天秤神社に行ってみることにした。夢バーから説明は受けたものの、御神体がどういう状態なのか直接確認していなかったからだ。再度御神体を見せてもらえるとは限らないが、状態だけであれば口頭で教えてもらえると思っている。それに、もし阿吽の狛犬を揃えることができたとして、それをどうすれば良いのかも分かっていないのだ。

 いつものように体育館の横を通り過ぎようとしたとき、開け放たれた扉の内側で休憩してたバスケットボール部員の話し声が聞こえてきた。それは周平が教室の中でよく耳にしていた、昔馴染みの(ききなれた)声だった。

「春瀬のヤツ、強制的に女子バスケ退部になったらしいぞ」
「マジか、まあ、男遊びしてたのがバレちゃあなあ。さすがに、退部させられるわなあ。品性が無いからな、品性がよ」
「でも、春瀬なら、どんなに遊んでても、相手してもらいたいけどな」
「確かになあ。まあ、今からでも遅くないんじゃね?」
 北方の報告に、他の男子バスケットボール部員たちが言葉を重ねていく。
「まあ、オレが振った女で良けりゃ、ドンドンいけばいいんじゃね?尻軽だからな、誰にでもホイホイ付いて行くさ。よし、そろそろ練習再開するか!!」
 扉の近くからコートに向かって、男子のバスケットボール部員たちが向かって行く。バスケットボールを手にし、ダラダラと歩くその背中から鋭い声が掛けられた。

「おい、北方。まだオマエはクソみたいなことをしてんのか!!」

 怒気を孕んだ声が体育館に響き、男子部員ばかりか練習をしていた女子部員までが手を止めた。静まり返った体育館に、周平が足を踏み入れた。

「オマエらもだ。オマエらは、本当に春瀬がそんなことをするヤツだと思ってるのか?」

 女子部員の方を向き、周平は声を抑えて問う。
 女子部員たちは周平の登場に驚くとともに、その問い掛けに対しすぐに答えることができなかった。

「可成、負け犬が。この裏切り者が。中学校のとき、県大会の準決勝をサボって遊びに行ったから、オレらが惨めな思いをしたんだろうが。オマエの方がよっぽどゴミ野郎だろうが!!」
「そうなのか?」
「おう、中学の同級生は全員知ってるぜ」
 北方は中学校のときに自分が流した嘘を、ここにきても声高に訴える。
「可成、オマエとんでもないヤツだな」
「誰からも相手にされず、ボッチなのも分かるぜ」

 周平の目の前で大笑いした北方が、自分が優位に立ったことを理解し話しを進める。
「で、裏切り者のオマエは、今このオレに一体何を言いたんだ?
 実際にオレが体験したことを、ここにいる全員に教えてやっただけだろうが。その何がいけないってんだ?
 なあ、男遊びが激しいくせに、いい子ちゃんぶって、頑張ってぶりっ子してるヤツの本性を暴いたからって、何が悪いって言うんだ?
 ああ、もしかして、オマエ、美波のことが好きだったのか?
 そうか、だから、悔しくてオレに突っ掛かってきたのか?
 オマエも、どうしようもないバカだな」

 周平と北方の周りに、自然と男女のバスケットボール部員たちが集まって来る。その中で、北方が得意気な顔で周平を見下ろしている。そんな四面楚歌の状況にも関わらず、周平は落ち着いて淡々と話す。
「オマエが春瀬を見捨てたとき、ちょうど商店街の外れにある書店の前にいたんだよ」

「見捨てた?」
「言い寄られて振ったって話しじゃなかったか?」
「どういうこと?」
 部員たちがざわめき始めたことを察した北方は、堂々とした口調で逆に周平を問い詰める。
「はあ?何だそれは。オレがそんなことをするはずがないだろ。嘘を吐くなら、もっとマシな嘘を吐けよ。そんなんじゃ、誰も信じねえぞ。だから中学校のときも―――――」
 そこで北方の言葉が止まった。

『美波ぃ、テメエは何様のつもりなんだよ!!オレがこれほど愛してるっていうのに、何でオレを無視しやがるんだ!!これほど、いつも、いつも、いつも、いつも、いつだってオマエのことを考えてるのに、何でオマエはオレのものにならない。これ以上、待ってらんねえ。もう、我慢できねえよ。無理矢理にでも、オマエをオレのものにしてやるぜ!!』
『い、いや・・・やめて!!』

「だから言ったろ。書店の前にいたって。書店の前にいる占い師と話しをしていたんだよ。たまたま、オマエたちが行った公園の方に向けて、スマホで動画を撮っていたんだ。占い師の言葉を忘れないように、と思ってね。そうしたら、偶然、オマエが春瀬を襲っているシーンが撮れていたってことだ。ちなみに、この後、4人の悪そうな男たちに絡まれて、春瀬を置き去りにしたところまであるぞ。一緒に見るか?」

 そこに集まったバスケットボール部員に睨まれ、北方は何も言えずに震え始めた。反論を許さない決定的な証拠を前に、北方の嘘が露見した。
「おい」
 周平が声を掛けた瞬間、北方は猛然と体育館から走り去った。
 その後ろ姿を見送ったあと、周平はバスケットボール部員たちを見渡した。

「オマエらは、春瀬のどこを見ていたんだ?
 春瀬が男遊びをするように見えていたのか?
 春瀬が北方のようなヤツに告白すると思うのか?
 春瀬が笑っているのは周囲を明るくしようとしているからじゃないのか?
 春瀬が可愛いのは努力しているからじゃないのか?
 たかが北方が言ったくらいで信じるのか?
 オマエたちは一体どれだけの時間一緒にいたんだ?

 オマエらも北方と同罪だ」


 周平はそう告げると、静まり返った体育館を後にした。

 駐輪場とは逆方向に歩き始めた周平は、再び2年3組の教室に戻ってきた。
 そして、黒板に刻まれた文字の横に、少し大き目の文字を追加した。


 ――――― 大丈夫 ―――――