翌日、周平はいつも通り学校に向かっていた。
 地方の中規模な街とはいえ、天秤市の人口は30万人である。その中から、吽の狛犬を持っている人物を探す方法など、いくら考えたところで思い付くことができなかった。自分に分からないのであれば、自分よりももっと知恵のある人に相談するしかない。

 自転車で駅前通りを走行していた周平の目に、青い幟を設置している人の姿が写った。それは、3日後に迫った天秤花火まつりのもので、周辺には日時等を記したポスターまでもが貼ってある。例年であれば経費削減とか理由を付けてWEB告知しかしていないが、今年はそんな言い訳ができないのだろう。この街の一大イベントではあるが、今の周平にそれを気にする余裕はない。内容を確認することもなく、そのまま素通りした。

 最近の体力作りの効果が出ているのか、自宅から学校までの所要時間が5分前後短くなった。
 校舎まで最短距離の駐輪場に自転車を停め、いつも通りのルートで周平は部室に向かう。その途中、周平は2年組の教室の前で立ち止まり、昨日と同じように扉を開けて中を覗き込んだ。昨日と違うのは、周平が教室の中に入ったことだ。扉を通り抜けると閉め切った教室の中は、廊下よりも更に気温が高かった。それは、南向きでありながら、締め切られた空間だからなのだろう。

 周平は黒板に書かれた「助けて」の文字に歩み寄ると、その震える筆跡に過去の自分を重ねた。


「おはようございます」
 周平が部室に着くと、やはり既に凛音と拓真はいつもの場所に座っていた。
「やあ、お疲れ。今日は一段と暗い表情だね。恋愛とお金以外の相談があるなら乗ろうじゃないか。ヒマだし。さあさあ、言ってみたまえよ」
 扇風機を独占している凛音が、机の向こう側から身を乗り出してくる。インターネットが使用できないため、本格的にヒマなのだろう。受験生な訳だし、普通に勉強すればいいのに、とは思っていても口にできない周平だった。
「そんなに急かすな。いつも以上に引いているではないか。まずは、だ。自分の席に座って、このチョコサンドクッキーを試食してみてくれないか」
 夏なんだから、いい加減にチョコレートから離れて下さい、とは思っていても口に出せない周平だった。

 ひとまず自分の席に座り、ドロドロに溶けたチョコサンドクッキーを口に運んだ周平は、食べ終えてから口を開いた。
「昨日からずっと考えていることがあるんですが、全く方法が分かりません。何か方法があれば教えて頂ければ、と」
「ふむ。ヒマ潰しにはちょう・・・後輩が困っているのだ。聞かせたまえよ」
 凛音が目を輝かせて周平に告げる。理由はともかく、本気で考えてくれそうな雰囲気ではある。
「それが、ですね。この天秤市で人を、というかある物を持っている人を探しているんです。ヒントは若い女性というだけで、他に情報はありません。しかも、時間的な猶予も無く、今すぐにでも探さないといけません。ネットが使えれば簡単に見付かるかも知れませんが、現在の状況では、僕には方法が全く分からないんです。何か方法はありますか?」

 周平の話しを聞いた凛音が、腕を組んで椅子に背中を預けた。拓真も同じように腕を組んで目を閉じている。
「なかなかに、難しい問題だね」
「うむ」
 二人ともそのままの姿勢で動かなくなってしまう。一応、周平も一晩考えたのだ。簡単に方法が見付からないとは思っていた。
「確実な方法としては、住宅地図を購入して一軒ずつ訪問していくことだろう。当然、留守や会ってくれない人もいるだろう。そもそも膨大な時間を要するから、とてもではないが現実的とはいえない。仮にネットが利用できたとしても、確実に探し出す方法があるとは思えないね」
「そうだな、オレも同意見だ」
 二人の回答を聞き、周平は肩を落とす。自分が思い付かなかっただけで、凛音と拓真であれば何か方法を知っているのではないかと期待していたのだ。この二人に分からないのであれば、本当に1件ずつ歩いて調べるしかない。

「ただ、方法があるとすれば」
 凛音の口にした言葉に、周平が顔を上げる。
「探すのではなく、名乗り出てもらう、しかないだろうね。申し訳ないが、現状その方法は分からない。しかしだね、方向性は合っていると思うよ」
「なるほど」
 周平は凛音の言葉に首肯する。
 確かにその方が確実であるし、そちらからのアプローチは考えてさえいなかった。

「それで、それは何のために必要なのだね?」
 凛音の問いに、周平は再び光を宿した瞳を向ける。
「もちろん、世界の滅亡を止めるためですよ」
「は?」
 周平は驚く凛音に対し、邪馬台詩についてまとめたファイルを手渡す。
「ありがとうございました。少し考えてみます」
 そう告げると周平は昨日と同じように、頭を下げて早々に部室を後にした。

 ファイルを渡された凛音は、片手を扉の方に伸ばしたままの状態で固まっていた。
「マジで?」