居住まいを正し、正面を向いた夢バーが語り始めた。
「回りくどい感じになってしもうたが・・・いきなり予言だの世界の終焉だのの話しをしても、とてもではないが信じることなどできやしないじゃろ」
その言葉に、周平は納得する。もし、栗羊羹のことや前回の話しがなければ、夢バーが何を言ったところで聞き流していたに違いない。
「ワシのフルネームは、吉備 夢子じゃ」
「き、び? もしかして・・・」
想像の斜め上をいく告白に、周平は目を見開いたまま言葉を失う。
「うむ。少年よ、オマエさんの考えている通り、ワシは、吉備 真備の子孫じゃ。ご先祖の遺言により、この場所で1300年以上、天秤山を監視してきた。栗羊羹の件でも分かるように、吉備の一族には、僅かではあるが予知の能力があるのじゃ。天秤の均衡が崩れたとき、一縷の希望を繋ぐ方法を伝えるために、雨の日も風の日も、酷暑の夏も極寒の冬も、警察に注意されて、書店のバイトに暴言を吐かれても、出会いが無くて婚期が遅れても、トイレが近くなってきても、ずっとずっとここでワシは・・・」
「あの、えっと、それで?」
虚ろな表情になった夢バーをどうにか現実に引き戻し、周平は必死に先を促す。
「う、うむ。一般的には知られていないが、天秤神社の御神体である天秤には、各々の受け皿に小さな狛犬が乗っておる」
そういえば、と周平は天秤に乗っていた狛犬の姿を思い出す。
「狛犬は二匹一対。始まりを司る阿と終わりを司る吽。2匹がそれぞれの皿に乗り、始まりの力と終わりの力によって、竜脈の暴走を抑え込んできた。これこそが、吉備 真備が唐から持ち帰った秘法じゃ。そして、その天秤を制御しているものが重石じゃ。この重石を保護、維持するために養老律令を発令し、律により道徳心を、令によって国の根幹を築いた。それが、重石には必要だったからじゃ」
養老律令とは日本史の試験にも出題されないようなマニアックな法律である。757年に発令され形骸化されたとはいえ明治維新まで長く維持された法律だ。それが一体何だというのだろうか?
周平は新しい情報を整理しながら、次の言葉を待つ。無関係でないのであれば自分に何できるのか、それを早く知りたかったのだ。
「天秤神社の御神体である天秤に乗っていた狛犬たち。崩れた天秤の元から狛犬たちは姿を消しているはずじゃ。その狛犬たちは次の宿主を探すため、各々の力を蓄えるため、この街の何処かに移動した。阿の狛犬はオマエさんのところに在るのじゃろう。阿の狛犬は始まりの力を集めるため、持ち主は前を向く勇気を持つ者が多い。そして、吽の狛犬もまた誰かの元に在る。吽の狛犬は終わりの力を集めるため、下手をすれば持ち主は悲劇的な最期を迎えることになる。
1300年前、阿の狛犬は我が祖先の元に在った。それ故に、世界を救うなどという大望を抱いた。そして、吽の狛犬の所有者であった藤原 広嗣は破滅へと向かい処刑された。貯め込んだ力だけを残して」
「吽の狛犬は今どこにあるんですか?それを見付けて、天秤神社に行けば解決するってことですよね?」
周平の問いに、夢バーが首を振る。
「どこに在るかは知らぬ。そこまでの力はワシにはない。ただ、1度会ったことはあるぞ」
「どんな人でしたか?」
夢バー少し考えて、何のヒントにもならない特徴を答えた。
「若い女の子じゃったな」
項垂れる周平に、夢バーが説明を続ける。
「言っておくが、阿吽の狛犬を揃えて皿に乗せれば良いというものではないぞ。始まりと終わりの力を貯めた状態でなければならぬ。藤原 広嗣の最期を見ても分かるように、吽の力は強力で危険じゃ。人間は堕ちるときは簡単で、闇に底はない。気を付けることじゃな。あと、最後に言っておかねばならぬ事がある」
ゴクリと唾を飲み込み、身構える周平に夢バーが淡々とした口調で告げる。
「健康運はまあまあ。学業は普通。恋愛運はボチボチ。金運は下降気味じゃ。
もう3回目じゃし、通常料金の1500円じゃな」
「そりゃ、金運は下降気味だわ!!」
いつものツッコミを入れた周平は、貴重な情報を受け取ったこともあり言い値で支払いを済ませた。
夢バーの説明を整理しながら、周平は自転車を停めていた場所に戻ってきた。
自分が当事者であることが分かったことは、非常に大きな収穫であった。しかも、肝心要である天秤に関係する狛犬の所有者ということだ。これは、世界の未来を決定付ける重大な役割であり責任重大だ。所詮、邪馬台詩の予言などは他人事で、傍観者であったから冷静でいられた。しかし、当事者として自分の責任を自覚していくると、それに比例して動悸が速くなってくる。足も小刻みに震えてくる。それでも、できることから始めようと、自然と心が前を向く。これが狛犬の効果なのか、それとも周平の強さなのかは分からない。
周平にできることは少ない。吽の狛犬を見付け出すこと。インターネットが利用できれば、SNSが使用できれば簡単に見付けられたかも知れない。それができない現状では、広大な砂漠で砂金を見付けるようなものだ。それでも、周平は顔を上げた。
「回りくどい感じになってしもうたが・・・いきなり予言だの世界の終焉だのの話しをしても、とてもではないが信じることなどできやしないじゃろ」
その言葉に、周平は納得する。もし、栗羊羹のことや前回の話しがなければ、夢バーが何を言ったところで聞き流していたに違いない。
「ワシのフルネームは、吉備 夢子じゃ」
「き、び? もしかして・・・」
想像の斜め上をいく告白に、周平は目を見開いたまま言葉を失う。
「うむ。少年よ、オマエさんの考えている通り、ワシは、吉備 真備の子孫じゃ。ご先祖の遺言により、この場所で1300年以上、天秤山を監視してきた。栗羊羹の件でも分かるように、吉備の一族には、僅かではあるが予知の能力があるのじゃ。天秤の均衡が崩れたとき、一縷の希望を繋ぐ方法を伝えるために、雨の日も風の日も、酷暑の夏も極寒の冬も、警察に注意されて、書店のバイトに暴言を吐かれても、出会いが無くて婚期が遅れても、トイレが近くなってきても、ずっとずっとここでワシは・・・」
「あの、えっと、それで?」
虚ろな表情になった夢バーをどうにか現実に引き戻し、周平は必死に先を促す。
「う、うむ。一般的には知られていないが、天秤神社の御神体である天秤には、各々の受け皿に小さな狛犬が乗っておる」
そういえば、と周平は天秤に乗っていた狛犬の姿を思い出す。
「狛犬は二匹一対。始まりを司る阿と終わりを司る吽。2匹がそれぞれの皿に乗り、始まりの力と終わりの力によって、竜脈の暴走を抑え込んできた。これこそが、吉備 真備が唐から持ち帰った秘法じゃ。そして、その天秤を制御しているものが重石じゃ。この重石を保護、維持するために養老律令を発令し、律により道徳心を、令によって国の根幹を築いた。それが、重石には必要だったからじゃ」
養老律令とは日本史の試験にも出題されないようなマニアックな法律である。757年に発令され形骸化されたとはいえ明治維新まで長く維持された法律だ。それが一体何だというのだろうか?
周平は新しい情報を整理しながら、次の言葉を待つ。無関係でないのであれば自分に何できるのか、それを早く知りたかったのだ。
「天秤神社の御神体である天秤に乗っていた狛犬たち。崩れた天秤の元から狛犬たちは姿を消しているはずじゃ。その狛犬たちは次の宿主を探すため、各々の力を蓄えるため、この街の何処かに移動した。阿の狛犬はオマエさんのところに在るのじゃろう。阿の狛犬は始まりの力を集めるため、持ち主は前を向く勇気を持つ者が多い。そして、吽の狛犬もまた誰かの元に在る。吽の狛犬は終わりの力を集めるため、下手をすれば持ち主は悲劇的な最期を迎えることになる。
1300年前、阿の狛犬は我が祖先の元に在った。それ故に、世界を救うなどという大望を抱いた。そして、吽の狛犬の所有者であった藤原 広嗣は破滅へと向かい処刑された。貯め込んだ力だけを残して」
「吽の狛犬は今どこにあるんですか?それを見付けて、天秤神社に行けば解決するってことですよね?」
周平の問いに、夢バーが首を振る。
「どこに在るかは知らぬ。そこまでの力はワシにはない。ただ、1度会ったことはあるぞ」
「どんな人でしたか?」
夢バー少し考えて、何のヒントにもならない特徴を答えた。
「若い女の子じゃったな」
項垂れる周平に、夢バーが説明を続ける。
「言っておくが、阿吽の狛犬を揃えて皿に乗せれば良いというものではないぞ。始まりと終わりの力を貯めた状態でなければならぬ。藤原 広嗣の最期を見ても分かるように、吽の力は強力で危険じゃ。人間は堕ちるときは簡単で、闇に底はない。気を付けることじゃな。あと、最後に言っておかねばならぬ事がある」
ゴクリと唾を飲み込み、身構える周平に夢バーが淡々とした口調で告げる。
「健康運はまあまあ。学業は普通。恋愛運はボチボチ。金運は下降気味じゃ。
もう3回目じゃし、通常料金の1500円じゃな」
「そりゃ、金運は下降気味だわ!!」
いつものツッコミを入れた周平は、貴重な情報を受け取ったこともあり言い値で支払いを済ませた。
夢バーの説明を整理しながら、周平は自転車を停めていた場所に戻ってきた。
自分が当事者であることが分かったことは、非常に大きな収穫であった。しかも、肝心要である天秤に関係する狛犬の所有者ということだ。これは、世界の未来を決定付ける重大な役割であり責任重大だ。所詮、邪馬台詩の予言などは他人事で、傍観者であったから冷静でいられた。しかし、当事者として自分の責任を自覚していくると、それに比例して動悸が速くなってくる。足も小刻みに震えてくる。それでも、できることから始めようと、自然と心が前を向く。これが狛犬の効果なのか、それとも周平の強さなのかは分からない。
周平にできることは少ない。吽の狛犬を見付け出すこと。インターネットが利用できれば、SNSが使用できれば簡単に見付けられたかも知れない。それができない現状では、広大な砂漠で砂金を見付けるようなものだ。それでも、周平は顔を上げた。


