「どうだったんだい?」
部室に戻ると、凛音が周平に声を掛ける。その様子から、千代のことが気にはなっていたようだ。
「家業が忙しいらしいので、手が放せないとか。こんな不安定な状況が続けば、神頼みしたくなる気持ちも分かります。まあ、稼ぎ時ってことなんでしょうね」
適当な返事をする周平に怪訝な顔をしながらも、それ以上凛音が追求することはなかった。
自分の席に座った周平は、必死で頭の中を整理しようとしていた。
1300年も竜脈を抑えていた天秤が倒れたということは、封印が解けたということを意味している。それが原因で中央構造線に沿って地震が頻発しているのであれば、危機的状況に陥っているということになる。確かに、何か力になりたいという気持ちはある。しかし、当事者である神主はこの状況を打破するために行動を起こしているはずだ。それでも・・・
周平はポケットからスマホを取り出すと、データファイルを開く。
周平は基本的に記憶力が良い方だ。凛音に言われて立ち寄った占いであったが、最初に訪問したときの衝撃は今でも鮮明に覚えている。「近い将来、世界の未来を決める事件に巻き込まれるじゃろう。それに気付いたときは、己の心に従い、己が望むままに行動をするのじゃ」という意味不明なことを告げられた。栗羊羹が衝撃的過ぎて印象が薄くなっていたが、これは、どういう意味なのだろうか。今となっては、夢バーが無意味なことを口にするとは周平には思えなかった。
そして、先日2回目の訪問をした。あのときの一部始終は周平のデータファイルの中にある。周平は一言一句聞き逃さないように、あとで確認するためにスマホで録画していたのだ。
『少年。もう、オマエさんに伝えることは無いんじゃがなあ。ただ、『近い将来』は、本当に目の前じゃ。いつきても不思議ではない。3時間後か、30分後か、3分後か。それくらい、すぐに訪れる。まあ、そのときが来れば分かるじゃろう』
『猿や犬が英雄を気取る。世界が終焉に向かって動き始める。
少年よ、オマエさんは、心のままに選択すれば良い』
動画の中の夢バーの言葉が、そのまま再生される。どう考えても、「近い将来」とは電磁嵐によってインターネットが失われる瞬間。「猿や犬」のくだりは邪馬台詩の一文。単に妄想で勘違いかも知れない。それでも、もしそうなのであれば―――
「あの、今日はもう帰ります」
リュックを背負って立ち上がった周平は、先輩2人に頭を下げると部室を後にする。
「まあ、頑張りたまえよ」
凛音の言葉が周平の背中を押した。
周平は駐輪場に向かうため、いつものように体育館の横を通る。体育館の中からは、複数の掛け声とともにバスケットボールが床を叩く音が聞こえてきた。これまでは足早に通り過ぎていた周平であったが、開け放たれた扉の前で立ち止まる。カーテンが閉められた体育館の中は外に比べて薄暗く、風通しが悪いためか空気には少し圧迫感がある。周平は中学生時代の苦い記憶があるためバスケットボールから離れていたが、最近は部活でなくともどこかのサークルでまた始めたいと思い始めていた。
練習をしている男子バスケットボール部員の中に、北方の姿を見つけて周平が顔を顰める。過去のことなど今さらどうでも良い。周平の頭にあるのは別のことだ。周平は左右に首を振って思考とともに視線を逸らした。
男子が使用している反対側のコートでは、女子のバスケットボール部が練習をしている。同じ競技の練習時間が一緒になることが多い。その方が効率が良いからだ。しばらく男子の練習を見学し、そのあとで女子の方に視線を移す。その中に少しだけ距離が近くなった人物の姿を探してみるが、どうしても周平には見付けることができなかった。
立ち止まって眺めていた周平であったが、目的があったことを思い出し駐輪場に向かって歩き始めた。
せっかく登校したにも関わらず、早々に引き上げて向かう場所。それは、当然ながら夢バーのところだ。今日も同じ場所で、怪しげな魔女もどきの服装で座っているに違いない。酷暑の炎天下を、周平は自転車をこいで商店街へと向かった。
「こんにちは」
汗だくの周平が声を掛けると、夢バーは穏やかな笑顔を見せて正面のパイプ椅子をすすめる。
「さて、と。今日は何が聞きたいのじゃ?」
内容はどうであれ、周平は誰かの明確な意見が欲しかった。違うのであれば余計なことはぜず傍観者を貫くなければならないし、仮に関係者であるなら全力で世界の終焉を阻止しなければならない。周平は唾を飲み込んで、夢バーに問い掛けた。
「単刀直入に聞きますが、僕は邪馬台詩の予言に関わっていますよね?」
真剣な表情でジリジリと近付いてくる周平に、夢バーは少しも動じる様子を見せずに軽い調子で頷いた。
「そうじゃな」
「そうじゃな、って!!」
反射的に立ち上がる周平に対し、夢バーは両手で座るように指示する。再び腰を下ろしたところで、夢バーが周平の背後に視線を向けた。
「今日も、天秤山がよう見えるわい」
天秤山という単語を耳にし、周平が素早く振り向いた。周平の視線の先には、街の中心に鎮座する天秤山がハッキリと見えた。
「この場所からが、一番良く天秤山が見えるんじゃよ」
部室に戻ると、凛音が周平に声を掛ける。その様子から、千代のことが気にはなっていたようだ。
「家業が忙しいらしいので、手が放せないとか。こんな不安定な状況が続けば、神頼みしたくなる気持ちも分かります。まあ、稼ぎ時ってことなんでしょうね」
適当な返事をする周平に怪訝な顔をしながらも、それ以上凛音が追求することはなかった。
自分の席に座った周平は、必死で頭の中を整理しようとしていた。
1300年も竜脈を抑えていた天秤が倒れたということは、封印が解けたということを意味している。それが原因で中央構造線に沿って地震が頻発しているのであれば、危機的状況に陥っているということになる。確かに、何か力になりたいという気持ちはある。しかし、当事者である神主はこの状況を打破するために行動を起こしているはずだ。それでも・・・
周平はポケットからスマホを取り出すと、データファイルを開く。
周平は基本的に記憶力が良い方だ。凛音に言われて立ち寄った占いであったが、最初に訪問したときの衝撃は今でも鮮明に覚えている。「近い将来、世界の未来を決める事件に巻き込まれるじゃろう。それに気付いたときは、己の心に従い、己が望むままに行動をするのじゃ」という意味不明なことを告げられた。栗羊羹が衝撃的過ぎて印象が薄くなっていたが、これは、どういう意味なのだろうか。今となっては、夢バーが無意味なことを口にするとは周平には思えなかった。
そして、先日2回目の訪問をした。あのときの一部始終は周平のデータファイルの中にある。周平は一言一句聞き逃さないように、あとで確認するためにスマホで録画していたのだ。
『少年。もう、オマエさんに伝えることは無いんじゃがなあ。ただ、『近い将来』は、本当に目の前じゃ。いつきても不思議ではない。3時間後か、30分後か、3分後か。それくらい、すぐに訪れる。まあ、そのときが来れば分かるじゃろう』
『猿や犬が英雄を気取る。世界が終焉に向かって動き始める。
少年よ、オマエさんは、心のままに選択すれば良い』
動画の中の夢バーの言葉が、そのまま再生される。どう考えても、「近い将来」とは電磁嵐によってインターネットが失われる瞬間。「猿や犬」のくだりは邪馬台詩の一文。単に妄想で勘違いかも知れない。それでも、もしそうなのであれば―――
「あの、今日はもう帰ります」
リュックを背負って立ち上がった周平は、先輩2人に頭を下げると部室を後にする。
「まあ、頑張りたまえよ」
凛音の言葉が周平の背中を押した。
周平は駐輪場に向かうため、いつものように体育館の横を通る。体育館の中からは、複数の掛け声とともにバスケットボールが床を叩く音が聞こえてきた。これまでは足早に通り過ぎていた周平であったが、開け放たれた扉の前で立ち止まる。カーテンが閉められた体育館の中は外に比べて薄暗く、風通しが悪いためか空気には少し圧迫感がある。周平は中学生時代の苦い記憶があるためバスケットボールから離れていたが、最近は部活でなくともどこかのサークルでまた始めたいと思い始めていた。
練習をしている男子バスケットボール部員の中に、北方の姿を見つけて周平が顔を顰める。過去のことなど今さらどうでも良い。周平の頭にあるのは別のことだ。周平は左右に首を振って思考とともに視線を逸らした。
男子が使用している反対側のコートでは、女子のバスケットボール部が練習をしている。同じ競技の練習時間が一緒になることが多い。その方が効率が良いからだ。しばらく男子の練習を見学し、そのあとで女子の方に視線を移す。その中に少しだけ距離が近くなった人物の姿を探してみるが、どうしても周平には見付けることができなかった。
立ち止まって眺めていた周平であったが、目的があったことを思い出し駐輪場に向かって歩き始めた。
せっかく登校したにも関わらず、早々に引き上げて向かう場所。それは、当然ながら夢バーのところだ。今日も同じ場所で、怪しげな魔女もどきの服装で座っているに違いない。酷暑の炎天下を、周平は自転車をこいで商店街へと向かった。
「こんにちは」
汗だくの周平が声を掛けると、夢バーは穏やかな笑顔を見せて正面のパイプ椅子をすすめる。
「さて、と。今日は何が聞きたいのじゃ?」
内容はどうであれ、周平は誰かの明確な意見が欲しかった。違うのであれば余計なことはぜず傍観者を貫くなければならないし、仮に関係者であるなら全力で世界の終焉を阻止しなければならない。周平は唾を飲み込んで、夢バーに問い掛けた。
「単刀直入に聞きますが、僕は邪馬台詩の予言に関わっていますよね?」
真剣な表情でジリジリと近付いてくる周平に、夢バーは少しも動じる様子を見せずに軽い調子で頷いた。
「そうじゃな」
「そうじゃな、って!!」
反射的に立ち上がる周平に対し、夢バーは両手で座るように指示する。再び腰を下ろしたところで、夢バーが周平の背後に視線を向けた。
「今日も、天秤山がよう見えるわい」
天秤山という単語を耳にし、周平が素早く振り向いた。周平の視線の先には、街の中心に鎮座する天秤山がハッキリと見えた。
「この場所からが、一番良く天秤山が見えるんじゃよ」


