周平は食べ損ねた新作クッキーの包みを眺めたあと、再び机の上に取り出していたパンを手にし、専用のノートパソコンを起動した。数年落ちの機種ではあるが、部活で使用するだけであれば特に問題はない。Wi-fiは部費で契約をしてあるため、一応のネット環境は整備されている。

「お疲れー」
 そう言いながら、千代が周平の隣に腰を下ろす。2年生コンビは長机を並べているため、当然のように横並びになる。教室内でほとんどクラスメートと会話をしない周平であるが、千代とだけは普通に言葉を交わす。それは千代が委員長気質で、誰とでも気さくにコミュニケーションを取ることも理由ではあるが、中学2年生の途中まで同じ中学校に通っていたことの方が大きい。

 周平は千代を一瞥もすることなく、パソコンを操作しながら応える。
「神前は打ち上げ行かないのか?いろんな人から誘われてたじゃん」
「うーん、打ち上げとか、あまり好きじゃないんだよね。何を打ち上げるのか意味が分からないし。それに、私の興味はコレにしか向いてないしさ」
 そう言って千代は自分の背後に貼ってある、縦2メートル、横1.5メートルに引き伸ばしたフライング・ヒューマノイドの自作ポスターを指差す。写真屋に頼み込んで、引き伸ばした上にポスターにまでした費用は3万円。製作費用を最初に聞いたとき、周平は椅子ごと後ろに引っ繰り返った。

「可成は・・・誘われてなかったよね」
「うん、普通に誘われてないけど?」
「まあ、存在だけは認知されているとは思うけど、誘わないよね、普通に」
 周平は教室内では隅っこで、座敷童状態で学校生活を送っている。話しをしたからといって幸運は訪れないため、積極的に声を掛けるクラスメートはいない。

「というか、中学のとき、そんな感じじゃなかったよね。どっちかというと、クラスメートを引っ張って―――」
「まあ、大人の階段を上がったってことだよ」
「・・・ふーん」
 千代はそれ以上追及することはなく、カバンから弁当箱を取り出して包みを広げる。純和風の弁当は色彩豊かで、作った人の労力と深い愛情を感じる。
「あげないわよ」
「いらんし」

 2年生コンビが話しをしていると、凛音の震える声が聞こえ始めた。
「ワレ、ワレワー、チキューヲシンリャクシニキターウチュ―――ジン・・・君たち、揃って蔑んだような目で見るのは止めたまえ」
「いえ、さすがに高校3年生にもなって、扇風機の前で宇宙人をやる人がいるとは思わなかったので」
 周平が真顔で応えると、凛音は目に見えて落ち込む。
「さすが凛音先輩!!いつもながらキュートで、知性があふれる行いです!!」
「そ、そうか。お、お世辞を言うのは止めたまえよ」
「分かりました」
 喜色に満ちていた千代の目が、一瞬にして蔑みの色に変わった。
「オマエたち、大西で遊ぶのは止めろ。話しが進まないだろ」
「「はい」」
 拓真が注意したため、周平と千代は部室の中央に立っている凛音に注目する。

「キミタチハアー、ナツヤスミハー、ドウスルツモリ、ナー、ノー、カネー」
「くっ、これが学年5位以内とか」
「くっ、これにファンクラブがあるとか、この学校は大丈夫なのか」
 後輩2人が項垂れる様子に、見かねた拓真が凛音を無視して話しを引き継いだ。

「あと1週間で夏休みに入るが、夏休み中の部活についてだ。基本的にオカルト研究部は、個々の調査を好き勝手するために存在している。だから、自由に、自費で、自己責任で活動をしてもらって構わない。基本的に大西は毎日部室にいると思うから、用事があっても無くても、来てもらって大丈夫だ。そもそも、全員カギを持っているしな」

 未だに扇風機の前で「アーアー」言っている凛音を完全にスルーし、周平と千代が頷いた。

「それと、ニュースでやっている太陽フレアの大爆発についてだ。もし、本当にニュースでやっている規模の爆発が起きたのであれば、かなりの確率で電磁波に大規模な異常が発生する。ケーブルテレビなどは影響を受けないかも知れないが、高い確率で通常のテレビやインターネット、特にスマホなどの電子機器は使えなくなるだろう。夏休みに入る時期とほぼ同じ頃に、地球に到着する計算になっている。そのつもりで準備をしておいた方がいいかも知れない。ツチノコが心配で仕方がないが、見付けていないため保護することもできない」

「具体的には、どうすればいいんですか?」
 拓真は後輩2人を交互に見ると、長机に両肘を突いてアゴを乗せる。
「それを、教えてもらいたい」
 そもそも、拓真の予想が当たる確率は過去「0パーセント」である。

「アー、アー、アー、ワレワレハ―――」