結論からいうと、LANケーブルで接続されているパソコンからも、インターネットにはアクセスできなかった。
 詳しい理由は調べようがないため、周平には何がどうなっているのかは分からない。現状、「インターネットという機能が使用できない」、という事実があるだけだ。インターネットはコミュニケーションツールとして利用しているのであれば大問題であろうが、周平にはそれほど影響がなかった。検索機能、つまり何かを調べるために使用する便利なツールでしかなかったからだ。もしかすると現在、この街の、日本の、世界の人々が友人たちとの連絡手段を失って困っているかも知れないが、周平には全くといっていいほど関係がなかった。


 ―――――指先が生み出していた言葉たち

>おはよう
>こんにちわ
>おやすみ
>いつ会える?
>土曜日ヒマなんだ
>いつもの場所11時ね
>今どこ?
>最寄り駅に着いたとこ
>すぐに行く
>好きだったんだ
>好きだよ
>愛してる
>ずっと一緒にいたいな
>ずっと一緒にいるよ
>ずっとそばにいるよ

 現在、どこの空にも飛んでいない言葉たち―――――


 机の上にある狛犬がカタカタと小刻みに震え、直後、周平の足下が大きく揺れた。
 震度2であるはずがない揺れが、ミシミシと壁を軋ませる。それはほんの10秒ほどで終わり、再び何もなかったかのように静けさを取り戻した。
 いつものクセで周平はスマホを手に取るが、瞬時に思い出して階段を駆け下りた。

「結構、揺れたわねえ」
 先ほどまでいたダイニングに向かうと、周平の母がブツブツと文句を言いながら倒れた置き物や本などを片付けていた。戻ってきた周平に気付くと、母親が声を掛ける。
「2階はどうだった?物が倒れたりしてない?」
 しかし、周平はテレビの画面を見詰め、全く反応を示さない。周平の視線と意識が、画面の上部に表示された速報に捉われていたからだ。

 「21時25分、震度4、マグニチュード5.8、震源地 天秤市」
 画面の上部に白い文字で、こう表示されていた。



 大きく揺れたマンションの一室で、美波は頭を抱えたまま床に蹲っていた。
 2人暮らしであるにも関わらず、3LDKと贅沢な間取りだ。広いダイニングキッチンは4人掛けのテーブルと椅子、大きめの食器棚と無駄に大きい冷蔵庫。調理用の家電はほぼ揃っていて、料理をするの環境は十分過ぎるほど整っている。ほとんど美波専用になっているリビングには余裕で3人座れるソファーとローテーブル、そして離れないと端が視界に入らないほどのテレビ。当然のようにテレビはDVDとBlu-rayが内蔵されたバージョンで、いくつかの有料サイトの契約もされている。3室の個室は母親、美波、物置になっており、プライベートの空間も確保されていた。

 室内の様子を確認しながら美波が顔を上げると、どうにか放送されていたケーブルテレビの画面に蹲った原因が表示されていた。
「震度4・・・かなり揺れたもんね」
 マンションの7階ともなれば、地上に近い階層よりは余分に揺れる。周囲を見渡して確認するが、美波が気付く範囲に倒れた物などはなかった。
「嫌なことは続くんだよね」
 美波はローテーブルの上に置いていた狛犬に話し掛ける。いつもであれば、友だちにメールを送ったりして騒ぐところではあるが、今の話し相手は狛犬しかいない。
「キミは、何で歯を食い縛ってるのかな?閉じてるだけ?それとも、何か食べてるとか?」
 口を閉じた狛犬は、当然のように何も答えない。

 美波は立ち上がると窓際まで移動して外を眺める。視界に写る範囲はいつも通り家々の電灯が明るく、少し離れた場所にある繁華街にも煌々と輝くネオンが見えた。その瞬間、今日の出来事を思い出してしまい気分が落ち込んだ。
 学校では爽やかな雰囲気イケメンの北方が、豹変して暴力的に迫ってきた。その後、今度はガラの悪い男たちに絡まれ、危険なことに巻き込まれそうになった。偶然、現場近くにいた可成君に助けられ―――と、そのときのことを思い出し、沈んでいた美波の気持ちが少しずつ浮上する。

 美波はキッチリと線引きをしてきた。目立つポジションにいることは理解していたし、頑張ってきただけに容姿にもそれなりに自信がある。それだけに、誘われることも多く、高校に入学してからも何度か告白をされた。だからこそ、勘違いされないように、ある一定の距離を置いて接するようにしている。異性と名前で呼び合わないことも、美波自身が決めているルールである。

 「ふう」とタメ息を吐き、美波はキッチンに向かう。
 そろそろ晩御飯の用意をしなければ、母親の帰宅時間に間に合わない。朝早くから夜遅くまで働く母親の負担を軽減するため、家事全般は美波が担当している。そのために早目に帰宅しなければならいことや、遊びに行けないこともあるが、美波はそれを当然のことだと受け止めている。だから今日も、22時過ぎに帰宅する母親のために、美波は温かい夕食を準備する。