戸惑いの表情を見せる人々の間を、周平は自転車を置いている場所へと移動する。
 スマホの画面を必死にスクロールしている人。再起動をしようとしている人。周囲を見渡し、近くにいる他人に話し掛けている人までいる。「これ、電磁波のせいじゃない?」と、ニュースを思い出して正解を言い当てる人もいる。

 そんな中、連絡をする相手もいない周平は全く気にする理由もなく、商店街が途切れた所に停めていた自転車の元に辿り着く。ロックを解除しようとキーを取り出したとき、公園の方向から走ってくる同じ制服の高校生に気付いた。立ち止まっている人にぶつかっても謝罪することもなく、駆け抜けて行った。
「北方・・・」
 見知った顔に周平は首を傾げ、走って来た方向に視線を向ける。すると、視線の先にある境界線の公園に、4人の男に囲まれた女子高生がいた。少し遠目ではあったものの、女子高生の制服は周平と同じもので間違いなかった。しかも、それは見知ったクラスメートだった。

 先ほどの北方を思い出し、周平は状況を的確に理解する。そして、左膝をグッと掴んで顔を上げる。
 嘘だと分かったとしても、ほんの数秒あればどうにかなるかも知れない。使い古された方法だとしても、絶対に効果はあるはずだ。そう自分に言い聞かせながら、周平は公園に向かって走り出した。

「お巡りさん、こっちです、こっち!!」
 自分の背後を振り向きながら、周平は叫ぶ。
 その声に男たちが反応し、弾けるように顔を向ける。いくらスマホが使用できないとしても、物理的に連れて来られてはどうすることもできない。男たちは周平の背後に視線を向け、キョロキョロと警察官の姿を探す。そんな男たちを他所に公園に辿り着いた周平は、驚く美波を無視して腕を掴んだ。
「逃げるよ」
 囁くように声を掛け、頷く美波と一緒に全力で走り出した。

 男たちの間をすり抜けた2人に、騙されたと気付いた4人が激高する。
「おい、こら、待てや!!」
 1人が叫び、同時に全員が追い掛けてくる。
 周平は美波の腕から手を放し、全速力の美波と並走する。そして、既にロックを外していた自転車に周平が跨ると、美波は自転車を押して助走をつけたあとで荷台に飛び乗った。打ち合わせもしていないのに、見事なコンビネーションで一気に自転車を加速させる。普通に走るよりも明らかにスピードが速くなり、美波の視線の先で男たちが諦めて歩き始めていた。

 周平はいつも通学で使用する道路を駅方面に向かって進む。繁華街から1キロほど離れた場所まで移動したところで、周平が自転車を停める。
「大丈夫?」
 少し躊躇(ためら)った後で、荷台に座る美波に声を掛ける。
「ありがと」
 無理矢理に笑顔を作る美波に、周平が軽く頷いた。
「そっか・・・えっと、ここで降りる?」
「大丈夫なら、もう少し先までいい?」
 予想していなかった美波の返事に驚いたが、周平は快諾してペダルを踏み込んだ。
「了解です、姫」
「姫?」

 クラスメートとはいえ、数回の挨拶と出身中学を訊ねられたことしかない関係ではあるが、周平は意外なほど自然に受け答えができていた。現在の美波が、過去の自分と重なっていたからなのかも知れない。

 それから5分足らず、ゆっくりと歩道を進んだ所で美波が声を上げた。声音と表情から判断する限りでは、すでに落ち着きを取り戻しているようだ。
「ここ、ここで良いよ。私ね、このマンションに住んでるんだ」
 美波は北方には絶対に教えたくなかった自宅を、あっさりと周平に指し示す。
「へえ」
 周平は通学路の途中に美波の自宅があったことに驚く。
 自転車が停止すると、美波が道に飛び降りた。すでにセンサー付きの街灯が、円形に歩道を照らしている。
「ホントに、今日はありがとう。ちょっと泣きそうだったんだ」
「まあ、たまたま、近くにいたから」
 俯きながら苦笑いする周平の顔を覗き込み、美波は怒ったように人差し指を向ける。
「ううん、近くにいたからといって、誰もが助けてくれる訳じゃないから」
 おそらく、2人とも同じ人物を思い浮かべているに違いない。

「あのさ、連絡先、交換してくれない?」
 美波の申し出に、周平は固まる。周平のスマホには、家族とオカルト研究部の部員以外の連絡先は保存されていない。
 周平がスマホを取り出すと、美波はそれを奪い取り、アドレス帳に自分で自身の連絡先を入力した。
「よし!!って言っても、電磁波でスマホは使えないんだけどね。この磁気嵐が終わったら、連絡するから。あ、スルーはやめてね、スルーは泣くかも」
 手を振ってマンションのエントランスに入る美波を見送り、周平は今度は自分の家に向かって自転車をこぎ始めた。

 思わぬ巡り合わせによって、周平は美波と言葉を交わすことになった。ほぼ初めての会話であったにも関わらず、まるで昔から友人であったかのように自然に話すことができた。「もう少し話しがしたかったな」と、2人とも思っていた。しかし、明日からは夏休みで授業は無くなり、追い討ちをかけるように磁気嵐が2人の接点を奪った。