周平が扉を開けると、室内から髪を吹き上げるほどの勢いで熱風が吹き出してきた。扉の対角線上にある窓が全開にされており、一気に空気が移動したためだった。

「おお、いい風が吹いたね。そこ、そのまま開けておいてくれたまえ」
 部屋の中から少し高い女性の声が聞こえてきた。
 周平は部室に足を踏み入れると、窓の前に座る小柄な女子生徒に軽く頭を下げる。
「お疲れ様です」
 すると周平の挨拶に応えるように、右の壁際に座っていた巨漢の男子生徒が口を開いた。
「おお、お疲れさん。試験はどうだったんだ?」
「ボチボチです」
 周平は苦笑いを浮かべ、自身の定位置へと向かう。

 オカルト研究部の部室は、教職員が使用していた元準部室である。教室ほど広くはないものの、10畳以上の広さがある。部員は総勢4名と少人数であることから、各々の使用できるスペースは広い。

 扉の真正面に陣取る小柄な女性は、オカルト研究部の部長である3年生の大西(おおにし) 凛音(りんね)。身長が150センチ足らずと小柄であるが、ストレートの髪は腰辺りまで伸ばしているため特徴的でどこにいてもすぐに分かる。周平が人生で初めてリアルに出会った「たまえ女子」である。
「まあ、もう終わったことだし、後悔するくらいなら常日頃から勉強したまえ」
「別に、ダメだったとは一言も・・・いえ、次回からはそうします」
 チュパカブラにしか興味がない変人ではあるが、凛音が学年でトップ5に入る秀才であることを周平は知っている。入学以来ずっと中の下である周平は、モゴモゴと言葉にならない言語を発するしかない。

「ううむ。太陽フレアが観測史上最大の爆発をしたらしいぞ。猛烈な磁気嵐が吹き荒れ、地球にも多大な影響が出るようだ。この異常なレベルの電磁派が、我がツチノコに悪影響を与えなければいいが・・・」
 ツチノコを本気で追い掛けている大男が、パソコンの画面を睨みながら唸っている。この身長185センチ体重120キロの巨漢が、副部長の鳴井(なるい) 拓真(たくま)だ。体型だけを見れば何か格闘技でもしそうに見えるが、ツチノコを愛する穏やかな人物だ。趣味はスイパラ巡りとお菓子作りだったりする。

 部員には各々に、倉庫から無断で拝借てきた長机と僅かな部費で購入した中古のパソコン、そして資料を保管する本棚が用意されている。しかし活動自体は、個々の部員が興味のあることを自費で研究、追及するという超ブラックな内容だ。「自己責任」という言葉が、オカルト研究部の基本理念である。

 部屋の中央を挟んで拓真の反対側に座ると、周平はカバンの中からパンとペットボトルを取り出した。試験が午前中で終わったため、まだ昼食を済ませていなかったのである。凛音はそんな周平を気にする素振りも見せず、すでにチュパカブラワールドに没入している。

「これを食べてみてくれ」
 拓真は席から立ち上がると、部室の中央スペースに置かれている、どこから持ち込んだのか分からない「会議用」と称されている応接セットのテーブルに小袋を置いた。
「ハニーメイプルストロベリーミルクスペシャルクッキー・・・新作だ。感想が聞きたい」
 早く山にツチノコ捕まえに行けよ!!と突っ込みたくなる衝動を抑え、周平は大袈裟に頷いてみせた。
「いただきます」

 その時、穏やかな空気が漂っていた部室が一気に騒がしくなった。
「お疲れ様でーす!! ホントにもう、汗だくだよ!!ああ、もう、可成に手伝ってもらえば良かったあああっ」

 最後に顔を出したのは、周平のクラスメートである神前(かんざき) 千代(ちよ)。黒髪ショートボブで活発な口調で喋り倒す、誰に媚びることもなく、それでいて誰にも嫌われないクールビューティ。成績優秀、性格良好の委員長オブ委員長。本来、オカルト研究部という怪しげな部活とは無縁の人物である。だが、家業が自称「1300年以上続く神社の神主」という意味不明な理由でオカルト研究部に入部した。しかし、研究課題は、フライング・ヒューマノイドである。

「ああっ、これ、鳴井先輩の新作ですね? いただきまーす!!」
 千代はバタバタと入室すると、テーブルの上に置いてある小袋に気付いてソファーに座る。一連の言動に気圧されていた周平と拓真は、ボリボリと咀嚼を繰り返す千代を呆然と眺めることしかできなかった。

「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」
 一人で全てを食べ尽くした千代は、合掌のポーズで拓真に向かって頭を下げた。
「あ、ああ、おう」
 どうにか受け応えをする拓真を置き去りに、千代が再び立ち上がる。
「これですよ、これ。独自ルートで使われていない扇風機を拝借してきました。これからもっと暑くなりますし、扇風機はあった方がいいかと思いまして」
「独自ルートって何?」
 困惑する周平を他所に、千代は早速コンセントに挿し込んで試運転を始める。

 操作ボタンが飛び出ているタイプの扇風機。かなりの年代物であることは間違いない。それでも、最新式の羽なしタイプと遜色がない風が起きた。多少モーター音が煩くて首振りの動作がカクカクしてるが、この夏、オカルト研究部の部室で大活躍するに違いなかった。