その後、待ち切れなくなった千代が呼びに来るまで、周平と神主のやりとりは延々と続いた。
周平にとって有意義な時間となったものの、根本的な解決にはならなかった。結局のところ、再び終焉の刻が訪れることは確実であり、今のところそれを止める手立てがないのだ。何がきっかけで、具体的に何が起きるのかも分かっていない。
1つだけ、周平によって朗報があった。それは、実は石段の反対側に、神社と市道を結ぶ車道があったことだ。
石段を見下ろして悲壮感を漂わせていた周平に、神主が石段下までの送車を申し出てくれたのだ。石段を下りる途中で遭難する可能性すらあった周平は、千代がいるにも関わらず狂喜乱舞して喜んだ。
石段の傍で自動車が止まり、後部座席から周平が降りる。
「今日は本当にありがとうございました。大変貴重なお話しを聞かせて頂き、しかも御神体まで拝見できるなんて」
千代が助手席が側の窓を開けていたため、周平のお礼が届いた神主が笑顔で頷く。
「普通なら詳しい話しをすることも、まして御神体を見せるなんてことはしないんだけど。でもね、可成君は無関係ではない気がしたんだよ。それに」
「それに?」
「好物の栗羊羹。買いに行くといつも売り切れでね、なかなか手に入らないんだよ」
運転席の神主に頭を下げ、助手席で「また明日」と言って手を振る千代に手を振り返し周平は2人と別れた。
自転車に跨りペダルを踏み込んだ周平は、もう一度あの占い師に会いに行こうと考えていた。
神主の話しが本当であれば、あの栗羊羹は人気商品で朝から並ばなければ手に入らないらしい。そもそも、何も言っていないのに、なぜ手土産を探していると分かったのだろうか。まあ、でも、今日は帰宅して聞いた話しをまとめなければならない。
すっかり暗くなった道を、周平はペダルをグッと踏み込んで家路を急いだ。
周平が天秤神社で驚愕する少し前、天ヶ崎高校の体育館では美波の声が響いていた。
「それ、どういうこと!?」
いつもの温和な笑顔とは違い、真剣な表情の美波に紗弥がたじろぐ。
強い意志を感じさせる美波の視線。引く様子を見せない美波に対し、しばらく逡巡した紗弥が諦めたように口を開いた。
「可成はさ、中学2年生の終わり頃まで真備中学にいたの。1年生のときからレギュラーで、2年生のときには背番号4を付けていたんだ。夏の県大会までは」
「夏の県大会まで―――」
このときになって、美波は自分の中にあった違和感の正体と、自分が目指していた人物が誰なのかを理解した。
ずっと、北方があのときの人物とは思えなかった。それはそうだ。まったくの別人だったのだから。しかし、そうなると、もう1つの疑問が浮かんでくる。なぜ彼は、あのときとは別人になってしまっているのだろうか?
「可成はリーダーシップがあって、実際に県選抜に選べれてもおかしくないくらいに上手かったんだ。実際、万年初戦敗退の真備中学を県大会のベスト4まで引き上げた。準々決勝の試合なんて、ホントに鳥肌ものだったんだよ」
うん、知ってる。と、無言で頷く美波。
美波はあの試合の衝撃を、今でも鮮明に覚えている。
「だけど、翌週の準決勝・・・可成は試合会場に来なかったんだ」
「・・・え?」
「可成を中心にしたチームだったから、準決勝は県大会でもワースト記録になるような12対70の大敗。チームメイトも応援に行っていた生徒たちも、恥ずかしい大敗の原因を試合に来なかった可成ひとりのせいにしたの。夏休みだったけど、SNSを利用してクラス内、同学年、学校全体に『可成が試合をサボって遊びに行ったから負けた』と広げた。どうして来なかったのか、本人に確認することもなく・・・」
美波はその話しの内容と、あの試合の光景を比べ、到底信じることができなかった。
あれだけ真剣に臨んでいた人が、私用を優先して大会に出場しないとか有り得ない。
「その日以来、可成が部活に来ることはなかった。チームメイトは可成に連絡することはぜず、SNSに拡散した偽情報は夏休みの間に広がって、ごく一部の人たちを除き全校生徒にとって本当にあった真実になってしまった。
夏休みが明けて9月になっても、可成は登校しなかった。その理由は、担任の先生から聞かされた。夏休み中に交通事故に遭い、入院しているとね。たぶん、この時点である程度の人たちは気付いていたと思う。試合に来れなかったのは、この交通事故のせいなんじゃないかって。でもね、誰かが言ったんだ。『もし、交通事故で試合に来れないなら、顧問の先生に連絡があったはずだろ。顧問も知らなかったってことは、やっぱり遊びに行ってたんだよ』って。みんな、それに同意した。ううん、同意するしかなかった。また可成を悪者にして、みんなで散々罵った」
紗弥は思い出したくなかったことなのか、目に涙を浮かべていた。それでも、その先を話し続ける。もしかすると、それが贖罪だと思っているのかも知れない。
「9月の中旬になって、松葉杖を抱えた可成が登校してきた。可成はこれまで通りに振舞っていたけど、誰も相手にせず徹底的に無視をした。『大事な試合に行かず、遊びに行って骨折して入院した』ことになっていたから。そして、自分が無視されている理由を知った可成は、知らないうちに退部させられていたバスケットボール部に文句を言うこともなく、自分が行けなかった理由も、連絡できなかった理由も、何ひとつ弁解することなく教室の隅で置物になったんだ・・・」
「ひどい・・・」
無意識に美波の口から非難の言葉がこぼれる。
「ホントに、ひどい、よね。
本当のことは、可成が帰ったあとに集められて担任の先生から聞かされた。大会当日に交通事故に遭い、意識不明の状態で病院に搬送されたって。連絡ができない状況だったことも聞いた。可成はスマホを持っていなかったし、入院中誰にも連絡できなくって。
で、でも・・・退院したら、また、またみんなでバスケがしたいからって・・・もう以前のように走ったり、跳んだりできないから、バスケはムリだって言われたのに、必死でリハビリも頑張って・・・それなのに、それなのに、ひどいよね。ホントのことを知った後でも、今さらどう言えばいいのか分からなくて、何もかもに絶望した目を見ると、何も言えなくて。謝ることさえできないまま、可成は真備中学からいなくなってしまった・・・」
周平にとって有意義な時間となったものの、根本的な解決にはならなかった。結局のところ、再び終焉の刻が訪れることは確実であり、今のところそれを止める手立てがないのだ。何がきっかけで、具体的に何が起きるのかも分かっていない。
1つだけ、周平によって朗報があった。それは、実は石段の反対側に、神社と市道を結ぶ車道があったことだ。
石段を見下ろして悲壮感を漂わせていた周平に、神主が石段下までの送車を申し出てくれたのだ。石段を下りる途中で遭難する可能性すらあった周平は、千代がいるにも関わらず狂喜乱舞して喜んだ。
石段の傍で自動車が止まり、後部座席から周平が降りる。
「今日は本当にありがとうございました。大変貴重なお話しを聞かせて頂き、しかも御神体まで拝見できるなんて」
千代が助手席が側の窓を開けていたため、周平のお礼が届いた神主が笑顔で頷く。
「普通なら詳しい話しをすることも、まして御神体を見せるなんてことはしないんだけど。でもね、可成君は無関係ではない気がしたんだよ。それに」
「それに?」
「好物の栗羊羹。買いに行くといつも売り切れでね、なかなか手に入らないんだよ」
運転席の神主に頭を下げ、助手席で「また明日」と言って手を振る千代に手を振り返し周平は2人と別れた。
自転車に跨りペダルを踏み込んだ周平は、もう一度あの占い師に会いに行こうと考えていた。
神主の話しが本当であれば、あの栗羊羹は人気商品で朝から並ばなければ手に入らないらしい。そもそも、何も言っていないのに、なぜ手土産を探していると分かったのだろうか。まあ、でも、今日は帰宅して聞いた話しをまとめなければならない。
すっかり暗くなった道を、周平はペダルをグッと踏み込んで家路を急いだ。
周平が天秤神社で驚愕する少し前、天ヶ崎高校の体育館では美波の声が響いていた。
「それ、どういうこと!?」
いつもの温和な笑顔とは違い、真剣な表情の美波に紗弥がたじろぐ。
強い意志を感じさせる美波の視線。引く様子を見せない美波に対し、しばらく逡巡した紗弥が諦めたように口を開いた。
「可成はさ、中学2年生の終わり頃まで真備中学にいたの。1年生のときからレギュラーで、2年生のときには背番号4を付けていたんだ。夏の県大会までは」
「夏の県大会まで―――」
このときになって、美波は自分の中にあった違和感の正体と、自分が目指していた人物が誰なのかを理解した。
ずっと、北方があのときの人物とは思えなかった。それはそうだ。まったくの別人だったのだから。しかし、そうなると、もう1つの疑問が浮かんでくる。なぜ彼は、あのときとは別人になってしまっているのだろうか?
「可成はリーダーシップがあって、実際に県選抜に選べれてもおかしくないくらいに上手かったんだ。実際、万年初戦敗退の真備中学を県大会のベスト4まで引き上げた。準々決勝の試合なんて、ホントに鳥肌ものだったんだよ」
うん、知ってる。と、無言で頷く美波。
美波はあの試合の衝撃を、今でも鮮明に覚えている。
「だけど、翌週の準決勝・・・可成は試合会場に来なかったんだ」
「・・・え?」
「可成を中心にしたチームだったから、準決勝は県大会でもワースト記録になるような12対70の大敗。チームメイトも応援に行っていた生徒たちも、恥ずかしい大敗の原因を試合に来なかった可成ひとりのせいにしたの。夏休みだったけど、SNSを利用してクラス内、同学年、学校全体に『可成が試合をサボって遊びに行ったから負けた』と広げた。どうして来なかったのか、本人に確認することもなく・・・」
美波はその話しの内容と、あの試合の光景を比べ、到底信じることができなかった。
あれだけ真剣に臨んでいた人が、私用を優先して大会に出場しないとか有り得ない。
「その日以来、可成が部活に来ることはなかった。チームメイトは可成に連絡することはぜず、SNSに拡散した偽情報は夏休みの間に広がって、ごく一部の人たちを除き全校生徒にとって本当にあった真実になってしまった。
夏休みが明けて9月になっても、可成は登校しなかった。その理由は、担任の先生から聞かされた。夏休み中に交通事故に遭い、入院しているとね。たぶん、この時点である程度の人たちは気付いていたと思う。試合に来れなかったのは、この交通事故のせいなんじゃないかって。でもね、誰かが言ったんだ。『もし、交通事故で試合に来れないなら、顧問の先生に連絡があったはずだろ。顧問も知らなかったってことは、やっぱり遊びに行ってたんだよ』って。みんな、それに同意した。ううん、同意するしかなかった。また可成を悪者にして、みんなで散々罵った」
紗弥は思い出したくなかったことなのか、目に涙を浮かべていた。それでも、その先を話し続ける。もしかすると、それが贖罪だと思っているのかも知れない。
「9月の中旬になって、松葉杖を抱えた可成が登校してきた。可成はこれまで通りに振舞っていたけど、誰も相手にせず徹底的に無視をした。『大事な試合に行かず、遊びに行って骨折して入院した』ことになっていたから。そして、自分が無視されている理由を知った可成は、知らないうちに退部させられていたバスケットボール部に文句を言うこともなく、自分が行けなかった理由も、連絡できなかった理由も、何ひとつ弁解することなく教室の隅で置物になったんだ・・・」
「ひどい・・・」
無意識に美波の口から非難の言葉がこぼれる。
「ホントに、ひどい、よね。
本当のことは、可成が帰ったあとに集められて担任の先生から聞かされた。大会当日に交通事故に遭い、意識不明の状態で病院に搬送されたって。連絡ができない状況だったことも聞いた。可成はスマホを持っていなかったし、入院中誰にも連絡できなくって。
で、でも・・・退院したら、また、またみんなでバスケがしたいからって・・・もう以前のように走ったり、跳んだりできないから、バスケはムリだって言われたのに、必死でリハビリも頑張って・・・それなのに、それなのに、ひどいよね。ホントのことを知った後でも、今さらどう言えばいいのか分からなくて、何もかもに絶望した目を見ると、何も言えなくて。謝ることさえできないまま、可成は真備中学からいなくなってしまった・・・」


