「吉備真備様は聖徳太子の意志を継ぎ、世界を守るための方法を探して唐に渡った。そして、古文書や最新の天文学等を学び、ついに世界の終焉を止める方法を発見した」
神主は周平の推測を補完しながら話しを続ける。
「可成君、君は中央構造線というもの知っているかい?」
「いえ、知りません」
唐突な神主の質問に、周平が素直に答える。
「中央構造線というのは、日本列島を南北に分断する形で九州地方から関東地方まで東西に伸びる世界最大級の断層のことだ。その巨大な断層には、同じく世界最大の竜脈が走っている。もし、この竜脈が乱れると世界の均衡が崩れる。その影響の一つが、古の巨大地震である白鳳地震だ。大地の揺れはきっかけに過ぎない。地脈のズレが大きくなると更に巨大な地震が発生し、大地が割れる。大地が割れると地の底から火柱が噴き上がり、数十メートルを超える津波が世界の海岸線を襲う。
しかし、逆に言えば、竜脈さえ抑え込んでしまえれば、滅びの刻は訪れない。その方法が、この神社の建設であり、本殿に祀られている御神体そのものなのだよ」
衝撃的な内容をすぐには理解できず、周平は口を開けたまま次の言葉が紡げないでいた。そんな状態の周平を目の前にし、神主が破顔して口を開く。
「断層の地図を見れば分かるけど、ここ天秤神社は中央構造線の真上に建っているんだよ。そして―――そうだな、御神体を特別に見せてあげよう」
そう言って立ち上がる神主を、周平は慌てて追い掛けた。
神主は周平が入ってきた玄関から外に出ると、拝殿に向かって歩き始める。そして、拝殿の正面に取り付けられている木製の階段を上がり、建物を囲むように設置されている廊下を進んで奥に見えている本殿へと進む。神社の御神体は通常拝殿ではなく本殿に祀られている。それは天秤神社においても同じである。
天秤神社の拝殿と本殿は廊下で繋がっていた。本殿は小さな社ほどの大きさで、学校の教室2部屋分ほどある拝殿に比べるとかなり小さな建物だった。周平は本殿を目にした瞬間、本当に御神体が祀られているのか訝しんだほどだ。
本殿に辿り着くと、神主が厳重に閉じられていた木戸を開き、本殿の中へと足を踏み入れた。周平もその後に続いて中に入る。
本殿の中を見渡し、周平は更に混乱する。本殿の中には何も無く、ただの狭い空間だったからだ。
「こちらだ」
神主が照明のスイッチを入れると、本殿の内部が明るく照らされる。周平が神主のいる方向を見ると。その足元に地下へと続く階段があった。
「御神体はこの下にある。万一のことがあってはいけないから、地下に安置されているんだよ。もし、何か異常が起きれば世界が終わってしまうからね」
周平はゴクリと唾を飲み込むと、神主に続いて階段を下りていく。
「今は私が電灯を付けたから楽になったけど、少し前まではロウソクを手にして階段を下りていたんだよ」
階段はそれほど長くはなく、普通の住宅の1階分ほどしかなかった。
階段の先、地下には、高さ3メートル程度、八畳ほどの空間が広がっていた。
周平はその部屋の中心に鎮座する何かに、強烈な存在感を感じ自然に歩み寄っていた。
「これが御神体だよ」
神主が指し示したのは、周平の視線が釘付けになっているものだった。
一枚岩を削って作ったであろう台座は一辺が1メートルほどの正方形で、その上の中心に長さ50センチほどの天秤が置かれていた。天秤は金属製で、その質感から金で作られているようだ。秤の中心を支える支柱も同じく金製で丁度バランスが取れているのか、天秤は微動だにしていない。
「この天秤が、文字通り天秤神社の御神体であり、吉備真備様が安置された世界を救うカギだ」
天秤の前に膝を立て、一心不乱に観察している周平に向かい、神主は説明を続ける。
「吉備真備様は唐で解決策を発見した。それが、この天秤なんだ。この天秤は正に中央構造線の真上にあり、双方のバランスを取っている。だから、未来書の予言は成就していない。
これで終焉は回避できた、そう思っていた吉備真備様の元に、ある日、宝誌と名乗る人物が訪ねて来た。宝誌はたった一言、『準備を怠らないように』と言って、とある漢詩を手渡して消えた。それが、邪馬台詩だ。邪馬台詩の写しを朝廷に献上し、原本は天秤とともにここ、天秤神社に保管されている。おそらく、吉備真備様は、将来、天秤の封印が解けることを理解した。ただ、最封印する方法が分からなかったため、その準備と対応を後世の者たちに託した」
周平は絶句した。
これまでの全てが徒労だったと理解した。
状況、物的証拠、信憑性のどれを取っても、今聞かされたことが真実としか思えなかった。
吉備真備が調べた解決法が永遠ではないこと。それに対して準備をするようにと、宝誌和尚が予言書である邪馬台詩を授けた。そうなると、百代の王から次の世代になった現在は、封印が解ける時期に入っているということになる。
「何が起きるかなど、何か分かっていることはあるんですか?」
周平の問いに、神主は左右に首を振る。
「正直なところ、全く分かっていない。ただ、邪馬台詩に書かれているように、『その刻』は近いのだろう」
至近距離で天秤を観察していた周平は奇妙なことに気付く。いくらバランスが取れているとはいえ、微動だにしないというのは、いくらなんでもおかしい。
「この天秤、全く動きませんけど、固定されているんですか?」
神主は周平の質問に対し、予想していたかのように淀みなく答えた。
「ここ、支柱と天秤の部分に重りが乗っていて、左右どちらにも動かないようになっているんだ。この重りは碁石程度の大きさしかないが、1ミリも動かすことができない。一体何の素材で作られているのかは分からないが、間違いなくこの重りによって固定されている」
「そうなんですか」
周平は天秤を凝視したまま、相槌とともに頷く。そして、その視線の先、天秤からぶら下がる皿の上に、元来使用したであろう分銅を見付ける。
「これだけ固定されていれば、分銅など必要ではないだろうに」と思いながら顔を近付けた。そこでようやく、左右の皿に乗せられている物が分銅ではないことに気付いた。周平が分銅と勘違いしたそれは、親指ほどの大きさしかない狛犬だった。
神主は周平の推測を補完しながら話しを続ける。
「可成君、君は中央構造線というもの知っているかい?」
「いえ、知りません」
唐突な神主の質問に、周平が素直に答える。
「中央構造線というのは、日本列島を南北に分断する形で九州地方から関東地方まで東西に伸びる世界最大級の断層のことだ。その巨大な断層には、同じく世界最大の竜脈が走っている。もし、この竜脈が乱れると世界の均衡が崩れる。その影響の一つが、古の巨大地震である白鳳地震だ。大地の揺れはきっかけに過ぎない。地脈のズレが大きくなると更に巨大な地震が発生し、大地が割れる。大地が割れると地の底から火柱が噴き上がり、数十メートルを超える津波が世界の海岸線を襲う。
しかし、逆に言えば、竜脈さえ抑え込んでしまえれば、滅びの刻は訪れない。その方法が、この神社の建設であり、本殿に祀られている御神体そのものなのだよ」
衝撃的な内容をすぐには理解できず、周平は口を開けたまま次の言葉が紡げないでいた。そんな状態の周平を目の前にし、神主が破顔して口を開く。
「断層の地図を見れば分かるけど、ここ天秤神社は中央構造線の真上に建っているんだよ。そして―――そうだな、御神体を特別に見せてあげよう」
そう言って立ち上がる神主を、周平は慌てて追い掛けた。
神主は周平が入ってきた玄関から外に出ると、拝殿に向かって歩き始める。そして、拝殿の正面に取り付けられている木製の階段を上がり、建物を囲むように設置されている廊下を進んで奥に見えている本殿へと進む。神社の御神体は通常拝殿ではなく本殿に祀られている。それは天秤神社においても同じである。
天秤神社の拝殿と本殿は廊下で繋がっていた。本殿は小さな社ほどの大きさで、学校の教室2部屋分ほどある拝殿に比べるとかなり小さな建物だった。周平は本殿を目にした瞬間、本当に御神体が祀られているのか訝しんだほどだ。
本殿に辿り着くと、神主が厳重に閉じられていた木戸を開き、本殿の中へと足を踏み入れた。周平もその後に続いて中に入る。
本殿の中を見渡し、周平は更に混乱する。本殿の中には何も無く、ただの狭い空間だったからだ。
「こちらだ」
神主が照明のスイッチを入れると、本殿の内部が明るく照らされる。周平が神主のいる方向を見ると。その足元に地下へと続く階段があった。
「御神体はこの下にある。万一のことがあってはいけないから、地下に安置されているんだよ。もし、何か異常が起きれば世界が終わってしまうからね」
周平はゴクリと唾を飲み込むと、神主に続いて階段を下りていく。
「今は私が電灯を付けたから楽になったけど、少し前まではロウソクを手にして階段を下りていたんだよ」
階段はそれほど長くはなく、普通の住宅の1階分ほどしかなかった。
階段の先、地下には、高さ3メートル程度、八畳ほどの空間が広がっていた。
周平はその部屋の中心に鎮座する何かに、強烈な存在感を感じ自然に歩み寄っていた。
「これが御神体だよ」
神主が指し示したのは、周平の視線が釘付けになっているものだった。
一枚岩を削って作ったであろう台座は一辺が1メートルほどの正方形で、その上の中心に長さ50センチほどの天秤が置かれていた。天秤は金属製で、その質感から金で作られているようだ。秤の中心を支える支柱も同じく金製で丁度バランスが取れているのか、天秤は微動だにしていない。
「この天秤が、文字通り天秤神社の御神体であり、吉備真備様が安置された世界を救うカギだ」
天秤の前に膝を立て、一心不乱に観察している周平に向かい、神主は説明を続ける。
「吉備真備様は唐で解決策を発見した。それが、この天秤なんだ。この天秤は正に中央構造線の真上にあり、双方のバランスを取っている。だから、未来書の予言は成就していない。
これで終焉は回避できた、そう思っていた吉備真備様の元に、ある日、宝誌と名乗る人物が訪ねて来た。宝誌はたった一言、『準備を怠らないように』と言って、とある漢詩を手渡して消えた。それが、邪馬台詩だ。邪馬台詩の写しを朝廷に献上し、原本は天秤とともにここ、天秤神社に保管されている。おそらく、吉備真備様は、将来、天秤の封印が解けることを理解した。ただ、最封印する方法が分からなかったため、その準備と対応を後世の者たちに託した」
周平は絶句した。
これまでの全てが徒労だったと理解した。
状況、物的証拠、信憑性のどれを取っても、今聞かされたことが真実としか思えなかった。
吉備真備が調べた解決法が永遠ではないこと。それに対して準備をするようにと、宝誌和尚が予言書である邪馬台詩を授けた。そうなると、百代の王から次の世代になった現在は、封印が解ける時期に入っているということになる。
「何が起きるかなど、何か分かっていることはあるんですか?」
周平の問いに、神主は左右に首を振る。
「正直なところ、全く分かっていない。ただ、邪馬台詩に書かれているように、『その刻』は近いのだろう」
至近距離で天秤を観察していた周平は奇妙なことに気付く。いくらバランスが取れているとはいえ、微動だにしないというのは、いくらなんでもおかしい。
「この天秤、全く動きませんけど、固定されているんですか?」
神主は周平の質問に対し、予想していたかのように淀みなく答えた。
「ここ、支柱と天秤の部分に重りが乗っていて、左右どちらにも動かないようになっているんだ。この重りは碁石程度の大きさしかないが、1ミリも動かすことができない。一体何の素材で作られているのかは分からないが、間違いなくこの重りによって固定されている」
「そうなんですか」
周平は天秤を凝視したまま、相槌とともに頷く。そして、その視線の先、天秤からぶら下がる皿の上に、元来使用したであろう分銅を見付ける。
「これだけ固定されていれば、分銅など必要ではないだろうに」と思いながら顔を近付けた。そこでようやく、左右の皿に乗せられている物が分銅ではないことに気付いた。周平が分銅と勘違いしたそれは、親指ほどの大きさしかない狛犬だった。


