東海姫氏國 (東海姫氏の国)
  百世代天工 (百世天工に代る)
  右司爲輔翼 (右司輔翼と為り)
  衡主建元功 (衡主元功を建つ)
  初興治法事 (初めに治法の事を興し)
  終成祭祖宗 (終に祖宗の祭りを成す)
  本枝周天壤 (本枝天壌に周く)
  君臣定始終 (君臣始終を定む)
  谷塡田孫走 (谷填りて田孫走り)
  魚膾生羽翔 (魚膾羽を生じて翔ぶ)
  葛後干戈動 (葛後干戈動き)
  中微子孫昌 (中微にして子孫昌なり)
  白龍游失水 (白龍遊びて水を失い)
  窘急寄故城 (窘急故城に寄る)
  黄鷄代人食 (黄鶏人に代わりて食み)
  黑鼠喰牛腸 (黒鼠牛腸を喰らう)
  丹水流盡後 (丹水流れ尽きて後)
  天命在三公 (天命三公に在り)
  百王流畢竭 (百王の流れ畢り竭き)
  猿犬稱英雄 (猿犬英雄を称す)
  星流飛野外 (星流れて野外に飛び)
  鐘鼓喧國中 (鐘鼓国中に喧し)
  靑丘與赤土 (青丘と赤土と)
  茫茫遂爲空 (茫茫として遂に空と為らん)


 これが「邪馬台詩」である。様々な解釈があり、どれが正解かなど誰にも分からない。詩文の内容的には、―――百代に渡り国が栄えるが、その後世の中は乱れ始め、猿や犬が英雄と称して世界を終わらせる―――となる。この、「百代の王」「猿や犬」によって「世界が滅ぶ」という部分が予言と呼ばれる所以だ。「東海姫氏の国」が日本であるならば、王は天皇ということになる。現在の天皇は126代であるが25代までは神代であり、実在が確認されているのは26代目からだ。もし、25代までを神話と割り切るのであれば、現在は101代目ということ。つまり、「百代の王」が終わった状態なのである。

 これが、邪馬台詩を予言と考える者たちの世界に対する危惧なのだ。猿や犬が何を示すのかなど、長年研究してきた者たちに分からないことが周平に分かるはずがない。しかし、少しでも邪馬台詩の真相に近付き、本当に世界が終焉を迎えるのであれば、それを止めたいと周平は考えている。

 世の中はクソったれで、ただ一生懸命やっただけなのに悪意の闇に沈められた。誰も信じられないし、誰とも関わりたくない。それでも、「世界など消えて無くなればいい」とは思えなかったからだ。


「やはり、『百代の王』という部分に関係があるんですか?それより、何のために天秤神社を建てたんですか?いえ、いつ世界の終焉が訪れるのでしょうか?」
 我慢できないといった様子で、神主に対し早口で質問を畳み掛ける。神主は周平の様子に苦笑いを浮かべ、落ち着くようにと両手で制する。
「まあ、落ち着きなさい。順を追って説明するから。それと、後で特別に天秤神社の御神体も見せてあげるよ」
 神主はそう言って、周平の前に置かれている麦茶をすすめる。座り直した周平がコップに手を伸ばす様子を目にし、自らも目の前の麦茶を口にした。

「ところで、可成君と言ったかな。君は『聖徳太子の未来記』というものを知っているかな?」
 周平は飛鳥時代から平安時代までの予言書を研究しているため、未来記についてもある程度の知識を有していた。
「はい。実在したかどうか、未だに確定はしていませんが、聖徳太子が書いたとされる予言書です。後世の様々な人が追記や変更をしたため、例え実在したとしてもどこまでが予言なのか分からなくなっている、とか」
「よく知ってるね。認識としては間違っていない。でもね、断言するけれど、聖徳太子の未来記は実在するんだ。その原本の一部が、吉備真備様の手によって遺されているからね」
 周平は再び驚愕に目を見開いて固まった。それはそうだ。邪馬台詩に続き、未来記に繋がる情報が出てきたからだ。しかも、吉備真備が建てた神社に伝わっているとなれば、その信憑性はネットに溢れる情報とは比較にならない。

「聖徳太子は未来記の冒頭で、100年後に世界が終焉に向かって動き始めることを書き記している。未来記が書かれて100年後。100年後に何が起きたのか分かるかい?」
 神主の問いに周平は横に首を振る。
「白鳳地震が発生したんだよ。現在は南海トラフ地震と言われているけれど、聖徳太子はこれを世界の終焉が始まるきっかけだと記している。この地震は他の南海トラフ地震とは違い、大陸プレート云々が原因ではないんだ。この地震は震源地が南海トラフの震源域とは微妙にズレている。これはね、地脈のバランスが崩れたことによって発生した可能性が高い」

 意味が分からず周平が首を傾げる。
「地脈のバランスが崩れると全ての調和が乱れる。調和が乱れると片方に偏り世界は転覆に向かう。自然も人心も終焉に向かう。聖徳太子は100年後にそれが始まり世界が終わる、と予言している。だから、それを防ごうとして、終焉を防ぐ方法を探すために、当時最も世界の情報が集まっていた隋に調査団を派遣したんだよ。それでも、方法は見付からず、白鳳地震が発生した。今から1300年ほど前、世界は終わりを迎えようとしていたんだ」

 「もしかして」と前置きをし、周平が仮説を立てる。
「遣唐使も聖徳太子の意志を引き継ぎ、大国である唐に情報収集のために派遣されていた、という訳ですか?そして、吉備真備が唐から地脈の乱れを止める方法とともに、邪馬台詩をも持ち帰った」

「ほぼ正解だ」
 そう言って、神主は周平に向かって親指を立てた。