「やあーっと、ご到着だね」

 周平が拝殿のすぐ前で屋根を見上げていると、社務所から千代が顔を出した。
「もう帰宅してから1時間以上経ってるんだけど、捜索隊を要請するところだったよ。まあ、とりあえず、こっちに来なよ」
 千代はニヤニヤと笑いながら悪態をつくと、手招きをして周平を呼ぶ。

 千代の父である天秤神社の神主は、どうやら社務所の方で待っているようだ。周平としてはもっと建物を見物もしたかったが、本来の目的は神主に話しを聞くことである。周平は首に巻いていたタオルで汗を拭い、千代が待つ社務所の玄関に向かった。

 周平は促されるまま社務所、つまり千代の自宅に上がると畳が敷かれた八畳の和室に通された。すると、既に座卓を挟んだ対面に、上下とも白の神官服を纏った中年の男性が座っていた。心なしか表情が険しい。
「そこに座りなさい」
 神主は周平を一瞥すると、厳しい口調で自分の対面に敷かれた座布団を指差す。
「し、失礼します」
 1300年の歴史を有する神社の神主だけあって、その眼力が凄まじい。周平はビクビクと怯えながら座布団の上に座った。
「あ、すいません、足が悪くて正座できなので」
「楽にしてくれればいい」
 その言葉を最後に、神主は一向に神社の説明をせず、腕を組んだまま全く口を開かなくなった。

 状況がまったく理解できない周平であったが、ここまで来たからには少しでも話しを聞きたい。必要に迫られ、周平から声を掛けた。
「ほ、本日は、天秤神社と吉備真備との関係についてお話しを聞かせて頂けるとのことで参りました。これは、皆様でお召し上がり頂ければと思い、持って来ました。ど、どうぞ」
 周平はカバンから用意してきた栗洋館が入った包みを取り出し、神主の前へと差し出した。
 神主は一瞬を目を見開き、栗羊羹と周平の顔を交互に見た。そして何度かそれを繰り返したあと、周平の顔を見て動きを止めた。
「天秤神社と吉備真備様の関係について?」
 周平が頷くと、神主は部屋の外に向かって叫んだ。
「千代、ちょと来なさい!!」

 数秒後、既に我関せずで中学のジャージに着替えていた千代が顔を出した。
「なに?」
「なに?じゃない。オマエが、『同級生の男子がお父さんに会いたい、って言ってるけど、いい?』って言うからてっきり」
「え?神社のことだって言わなかったっけ」
 そこまで話しを聞き、周平と神主が大きくタメ息を吐いた。
 次の瞬間、神主が勢い良く頭を下げた。周平は状況が理解できていたため、神主の頭頂部を眺めながら苦笑いするしかなかった。

「改めまして、千代さんのクラスメートで、オカルト研究部の仲間でもある可成と申します。オカルト研究部では飛鳥、平安時代の古文書の研究調査をしています。本日は、よろしくお願い致します」
 改めて周平が挨拶をし、頭を下げると、神主も自己紹介を始める。
「私が天秤神社の神主を勤めている神前です。話すことができる範囲で答えるので、何でも聞いてもらって構わないよ。それと、先ほどは勘違いとはいえ、申し訳なかったね」
 苦笑いする神主に、周平も苦笑いで返すしかなかった。年頃の娘を持つ親御心など周平に分かるはずもないが、無駄にハイスペックな千代を思い浮かべるとある程度理解もできた。

 「早速ですが」という周平の言葉で質問が始まった。
「この神社が吉備真備と関係がある、というのは本当なのでしょうか。先ほど拝殿の建築様式を拝見したので、飛鳥から奈良時代に建築された神社ということを疑うつもりはありません。ですが、吉備真備が建設に関わったとなると話しは別です。ここは、当時の都とは随分と離れた場所ですから」

 まるで歴史研究者のような口上で質問をする周平に、神主は少し驚いた表情を見せた。
「君、本当に高校生かい?建築様式云々とか、普通の高校生は知らないと思うんだけどね。まあ、それはそれとして、君の質問に答えよう。ここ、天秤神社は間違いなく、吉備真備様が我が国を守護するために建てられた神社だよ。後で見せてあげるけど、建築された当時の文献が遺されているんだ」
 神主の話しを聞きながら、早くなっていく鼓動が周平の高揚感を示している。
「僕が部活で研究しているのは、飛鳥時代から平安時代の古文書についてです。特に吉備真備が持ち帰ったとされる、『邪馬台詩』についての資料を色々と探しているんです。笑われるかも知れませんが、僕は邪馬台詩を予言の詩だと信じていますので」

 徐々に熱を帯びる口調を抑えながら、周平が古代の予言について話しをする。
 常識的に考えれば、吉備真備に関わる神社の神主に言ってしまうと、一笑に付されて終わる話だ。しかし、神主は周平の予想とは真逆の反応を見せる。

「そうだね。私も邪馬台詩は予言の書だと思っているよ。そもそも、ここ天秤神社は予言に備えて建てられた神社なんだ。その神主である私が信じないはずがない」