周平は駐輪場で自分の自転車に跨ると、繁華街を目指してペダルを踏み込んだ。

「手土産を買うなら繁華街近くの古い商店街がいいぞ。老舗の和菓子屋が多いしな」
 と、オカルト研究部に顔を出したときに、副部長である拓真が周平に助言をした。
「ああ、アーアーアー」
「時間がもったいないから、言いたい事があれば普通に喋れ」
 拓真に怒られ、渋々といった表情で凛音が扇風機の前を離れる。
「商店街に行くのなら、繁華街との中間に占い師がいるはずだから行ってみたまえ」
「占い師、ですか?」
 周平が怪訝な表情になると、凛音の言葉を補完するように拓真が説明をする。
「そこにいる占い師は、数十年前はよく当たる凄腕の占い師として有名だったそうだ。いつ頃からか、的中率がガックリと下がったらしいが。まあ、オカルト研究部に所属しているなら、一度は会ってみた方がいい。そういう(・・・・)占い師だ」
「ソーイウーコートーダー」

 いずれにしても商店街には行かなければならないし、周平は拓真の(・・・)助言に従い占い師にも会いに行くことにした。


 学校を出発して10分ほどで、周平は商店街に到着した。市営の駐輪場に自転車を停め、先に商店街と繁華街の境界線付近にいるという占い師の元に向かった。日が傾き始めると繁華街近辺には柄の悪い連中が集まるため、早い時間帯に行くことにしたのだ。

 中学生の頃は何かと忙しかったし、高校になってからは用事など無かったので、周平は商店街にも繁華街にもほとんど足を運んだことがない。そのため、教えられれた場所がよく分かっていなかった。そもそも、凛音の「商店街と繁華街との境界線」という曖昧な表現で、正確な場所が伝わるはずがない。
 それでも不思議なもので、それっぽい場所を歩いているうちに周平は「境界線」が何となく認識できた。商店街のアーケードが途切れると一方通行の道路が真横に走っており、その先に中央が階段によって少し高くなっている円形の公園が目に入る。おそらく、この道路の向こう側にある公園からが繁華街なのだろう。よく見ると、中央の階段付近には缶ビールを横に置いて寝転んでいる人がいる。

 いずれにしても、この辺りにその占い師はいるはずである。
 周平はアーケードが途切れた位置で周囲をキョロキョロと見渡す。すると、不意に背後からしゃがれた声が聞こえてきた。

「そこの少年」

 驚いて振り返ると、そこには黒い魔女帽子を被った、あからさまに怪しい小柄な老婆が座っていた。
 夏だというのに真っ黒な長袖の服を纏い、すっかり白髪になった頭には黒い三角帽子を被っている。持ち運びが簡単そうな小さい机に紫色の布を掛け、隅には「占い」と書かれた小型の灯篭が置がこれ見よがしに置いてある。年齢的には70歳を過ぎたくらいだろうか。どこからどう見ても、この人が、会った方がいい占い師のようだ。

「ちょっと、ここに座りなさい」

 最初から、周平は話しを聞くつもりで来たのである。1000円以内であれば料金を支払う覚悟を決めていた。もしそれ以上請求された場合は、全力で逃げるつもりだ。全力疾走はできないが、70歳過ぎの老婆に負けることはないだろう。
 自分の正面に周平を座らせると、予想に反し占い師はすぐに口を開いた。こういう場合、水晶玉を取り出したり、それっぽい巨大な虫眼鏡で手相を確認するなど、パフォーマンスがあるものと思っていた周平は肩透かしを食らう形になった。

「少年。オマエさんは近い将来、世界の未来を決める事件に巻き込まれるじゃろう。それに気付いたときは、己の心に従い、己が望むままに行動をするのじゃ。そうすれば、必ず道は開ける。
 ちなみに、健康運はまあまあ。学業は普通。恋愛運はボチボチ。金運は下降気味じゃ。
 見たところ高校生じゃな。初回じゃし、500円じゃな」
「は?」

 意味不明なことを一方的に話された挙句、金運は下降気味とか、この占いの料金が原因としか思えない。
 言葉には出さなかったものの、周平は内心で悪態をつきながら財布から500円玉を取り出して手渡した。占い師は周平から両手で500円玉を受け取りながら、笑顔を見せる。
「少年、素直で良い子じゃな。最近の若い子は言葉の重さを分かっておらん。せっかくアドバイスをしても、文句しか言わんからのう。ああ、あと、手土産は羊羹が良いぞ。ここから見える、あの和菓子屋の栗羊羹にしたらええ」
「どうも」

 周平は軽く会釈をすると、踵を返して教えられた和菓子屋に向かって歩き始めた。
 実際に占い師に会ったものの、周平には凛音や拓真が推奨した理由が全く理解できなかった。最初にもっともらしい言葉を羅列したものの、その後の占いなどテレビの占いコーナーの方がマシなレベルだった。確かに、オススメの手土産を教えてもらった事には感謝したいとは思うが―――と、そこまで考えて、周平はその場で足を止めた。
 先ほど、周平は手土産のことなど一言も口にしなかった。そもそも、急に呼び止められ、何の質問もされず、一方的に占いをされただけだ。

 振り返って占い師を見ると、周平のときと同じように、通行人に声を掛けているところだった。