登場人物が、どんなストーリーを紡いでいくのか。
   どんな世界観で、どんな不思議な事が起きるのか。
   どんな出会いがあって、どんな恋が始まるのか。
   そんな期待と予想が螺旋を描いて、少しだけ鼓動が強くなる。
   時間は十分にあるし、選ぶ自由もある。
   願わくば―――――





 夏休みまで1週間となった市立天ヶ崎(てんがさき)高校には、試験の全日程が終了したこともあり弛緩した空気が漂っていた。今年で創立100周年という伝統校ではあるが、学力もスポーツも特筆するところがない普通科高校である。

 上位の進学校であれば学校の試験が終わったからといって浮かれることもないだろうが、教室内では一部の目立つ生徒達が打ち上げの打ち合わせを始めている。スポーツ強豪校であればすぐにでもクラブ活動に向かうところであろうが、当然のように運動部の面々もその輪に加わっていた。ただ、どこの学校でも同じように、打ち上げに行こうとしているのは一部の中心となる生徒のみであり、その他大勢は試験期間という非日常から、静かび日々の生活に戻っていくだけだ。

 その他大勢の一員である可成(かなり) 周平(しゅうへい)は、その中心で笑顔を見せている春瀬(はるせ) 美波(みなみ)に一瞬視線を向け、カバンを持って2年3組の教室を後にした。

 周平が向かう場所は、彼が所属しているオカルト研究部だ。偏見満載ではあるが、オカルト研究部に所属していることからも分かるように、周平は教室では全く目立たない生徒である。身長が170センチ程度、体重が60キロ前後という平均的な体型に加え、特にセットもしない黒髪に黒縁メガネ。休憩時間も含め口を開く事はほとんどなく、教室の片隅で時間が過ぎるのを待っているだけ、という学校生活を送っている。だからといって成績優秀ということもなく、「実は足が速い」などというサプライズもない。学校での力配分が放課後の部活動に全振りという、クラスメートでさえ認識しているかどうか怪しい存在である。
 しかし、周平は決して現状を憂いてる訳ではない。もちろん、孟子のように達観している事もない。もう随分と前に諦めただけなのだ。自分自身に、周囲に広がる世間に対し。だから、周囲に影響を受けることもなく、心静かに学校生活を送っている。そんな周平の本心を知っている者は誰もいない。

 文化部が使用してる小規模な部屋が並ぶ旧館と、2年3組がある本館は、2階部分が渡り廊下で繋がっている。
 周平がその渡り廊下を通っているとき、その目に校舎から出て行く生徒達が写り込んだ。それは春瀬を含めたクラスメートたちだった。いわゆる、陽キャと呼ばれる6人のグループだ。そのグループの中心人物は先頭を歩く春瀬と、男子バスケットボール部でありながら部活動を無視して打ち上げに向かう北方(きたかた) 和輝(かずき)である。確か、春瀬も女子のバスケットボール部に所属していたと記憶している。
 とはいえ、クラスメートの動向に全く興味が無いため、2人が部活をサボろうがどこに行こうが、周平にとってはどうでもいい情報である。よくクラスメートの会話に「春瀬と北方がお似合い」だという話題が上がっているが、色恋沙汰に疎い周平には2人がどういう関係なのかは分からない。そもそも、もし周平が春瀬のことが気になっていたとしても、「住む世界が違う」と出会った瞬間に諦めているはずなので、これもまた全く関係ない。

 周平は6人の後ろ姿から視線を切り旧館に移動すると、3階にあるオカルト研究部の部室に向かう。
 旧館の3階は元々各教科の準備室のために作られたが、その後建設された新館に職員室や準備室が移転したため空き部屋となった場所である。一応、鉄筋コンクリート造りではあるが、それなりに古い建物だ。それでも、文化部の部室として使用するのであれば十分である。

 旧館3階の一番奥、非常口のすぐ手前がオカルト研究部の部室だ。
 ようやく部室の前に辿り着くと、周平はガラガラと引き戸を開けた。