決意を新たにした壮馬だったが、それから特段、雫と会って特別なことをするとうわけでもなかった。淡々と病院に通い続け、学校の出来事を多種多様なヒレで味付けしたストーリーを話してみたり、時折新しい一発ギャグを披露したり、一緒に動画を見て笑ったりした。
 しかしそうしていながらも、壮馬の心には「当たり前じゃない」という言葉が強く刻み込まれていた。雫と会えるだけで幸せな気持ちになった。自分と話してくれることが、笑ってくれることが、本当に嬉しかった。
「この笑顔は当たり前じゃない」
 壮馬は思い続けた。

 そうして出会って二か月が経ち、9月28日を前に、壮馬は頭を悩ませていた。
 その日は雫の誕生日だった。
 プレゼントを用意しようと考えていたのだが、アイディアが浮かばない。彼女に何をあげたら良いのだろう。何を贈ったら喜ぶだろう。

 第一に考えたのは、絵を描く道具だった。雫は毎日絵を描いている。しかし彼女が絵を描いているのはタブレットで、筆や絵の具で絵を描いているところは一度も見たことが無かった。
 では最新のタブレットを買ってあげようかとネットで調べてみたところ、どれもこれも、目が飛び出るほど高かった。とても壮馬の僅かな小遣いで買えるような金額ではなかった。そもそも彼の小遣いは右から左へゲームへの課金に変換され、殆ど残っていなかった。

 友達に話してみると色々と案を出してくれたのだが、「これだ」と思えるものが無い。壮馬が雫のプレゼント選びに悩んでいるという話が元カノに伝わった時は「私と付き合ってた時はそんな真剣にプレゼント決めてなかったじゃない!」と本気で詰められたりした。詰められて気付いた。確かに自分は、こんなに真剣になったことなどない。壮馬は雫のことが人生で一番好きな相手なのだと、改めて自覚した。

 そして壮馬がプレゼント選びに頭を悩ませている理由はもう一つあった。
 壮馬は事前に「絶対プレゼントで雫を喜ばせて見せる。約束する」と大見得を切っていた。雫は「貰えるのは嬉しいけど、あんまり高い物とか買わないで良いからね」と壮馬を気遣っていた。
 しかし壮馬は約束した以上、絶対雫が喜ぶものを選びたいと考えていた。適当な壮馬だが、まだ雫との約束は一度も破っていない。
 今回も必ず、雫を喜ばせて約束を果たしたいと考えていた。


「じゃあさ、服とか靴とか買ってあげたら良いんじゃね?」
 ダメ元で相談したところ、そう回答してきたのは同じクラスの青山という生徒だった。最も仲の良いクラスメイトで、壮馬と同じくお笑いが好きだった。彼に最後まで意見を聞かなかったのは、青山が恋愛経験もないのに「恋愛マスター」を自称していたからだった。
「相手の仕草や表情を自然に真似することで親近感や好感を得られやすくなる。これがミラーリングってやつ? あ、でも不自然にならないよう注意するんだぜ?」などと、普段からしたり顔で語る青山の言葉は骨粗しょう症の骨のようにスカスカだった。
 しかし、今回の青山のアドバイスは何だか説得力があって、納得のいくものだった。

「雫は喜んでくれるかな」
 壮馬が不安げに聞くと
「まあ、実際のところは渡してみないと分からねえよ。でもそのその雫ちゃんっていつもおしゃれした女の子の絵を描いてんだろ? それならファッションにも絶対興味あるし、そういう服を着られたら喜ぶんじゃね?」
 と青山は真剣な眼差しで返した。

 思いがけない良い回答を得た壮馬は、早速大学から帰省している姉の澄香(すみか)を頼った。話をすると目を輝かせた。壮馬の話を聞いた10秒後には外出の準備を始め、5分後には壮馬を連れて、駅前の衣料品店が多数入っているビルへと向かっていた。

 壮馬は行きのバスの中で、澄香から雫の身長や体型などのデータを教えてくれと言われた。雫の身長や靴のサイズはこれまで話の流れで聞いた事があったし、おおよその体型も把握していたので、それを伝えた。
「んー、フェミニン系が好きっぽいな」
 
 澄香は雫が描いた絵を見ながら呟いていた。壮馬のスマホに入っていたデータだ。
 どうやら澄香は雫の絵から、彼女が好きなファッションの傾向を見出したらしい。

 駅前に到着すると澄香は速足でビルに入って行った。全く足取りに迷いが無い。彼女は壮馬の金銭面を考慮しながらも、センスの良い物を選び出してくれた。
 買ったら即次。買ったら即次。という風に十店舗ほど周り、全て買い終わる頃には既に日が暮れかけていた。
 姉が選んだのは、青い小花柄のワンピースに白いカーディガン、そしてバレエシューズだった。まだ雫が実際に着ているところを見たわけではないが、それらは柔らかい雰囲気の彼女に、とても似合っていると思った。9月の下旬には少し寒いかとも思ったが、現在でも気温は30度に迫る日が続いている。むしろちょうど良いのでは、とそれを選んだ。

 壮馬は帰りのバスの中で、雫がプレゼントを受け取る場面を想像した。
 喜んでくれるとしたら、雫はいつもの控えめな笑顔で受け取ってくれるだろうか。いや、華やいだ笑顔になるかもしれない。
 雫の笑顔を想像する度に壮馬も笑顔になった。授業中も休み時間も壮馬がにやついているものだから、生徒からも教師からも不審の目で見られた。「何か親を悲しませる薬をやっているのでは」と担任の教師から探りを入れられたりした。