吸い込まれるような星空だった。雲一つ無い黒のキャバスに、宝石のように散りばめられた星星が輝いている。
 「綺麗」
 雫は呟いた後、首筋が痛くなって目線を地上に向けた。
 視界が弾けた。
 たちこめる甘い香り。
 舞っていく蝶。
 どこまでも、どこまでも広がる、一面の淡桃色。
 果てしなく、果てしなく視界の先まで覆い尽くす。
 なだらかな丘に満開のコスモスが咲いている。
 見渡す限りずっと、ずっと。


 雫は自然に感嘆の声を漏らしていた。
 そんな胸踊る光景を、雫は今まで一度も見たことが無かった。そして、夜であるのに視界がはっきりしていることにも、雫は疑問を抱かなかった。

 コスモスがそよ風に揺れ、花びらが舞っている。
 雫はただただ、その光景に圧倒されていた。ふと、自分の衣服が視界に入った。青い小花柄のワンピースを着ていた。壮馬が買ってくれたものだった。雫の心が更に踊る。
 拒絶したけれど、本当はずっとずっと着たかった、壮馬に着ているところを見せたかった服だったからだ。


 雫は、自分の胸に手を当ててみた。正常に鼓動している。
 「痛くない」
 歩いてみる。
 「痛くない」
 走ってみる。
 「痛くない!」
 息切れもしなかった。あれだけ悪かった心臓が、今は雫のために、走るための血を循環してくれているのを、全身で感じた。
 このままどこままでも走っていけそうな気さえした。
 雫は、花と花の間を駆け回った。

 「おーい」
 丘の上で声が聞こえた。聞き覚えのある声だった。忘れようのない声。雫は弾かれたように振り返り、暫く、その声の主をじっと見つめていた。その人物は笑顔で手を振っている。
 「壮馬くん」
 雫は両目いっぱいに涙を溜めていた。
 雫は壮馬の元へ駆け出した。光の雫が、きらきらと流れ落ちていく。

 病気からも、しがらみからも、親子の確執からも、全てから開放された、夢にまで見た、夢の道を、壮馬の元へ、雫は走っていく。
 そして、両手を広げる壮馬の元へ、雫は抱きついた。
 一陣の風が起きた。花々を風が渡り、花畑一面に花びらが雪のように舞い上がった。

 花びらの舞う中を、二人は丘の上で抱き合った。
 「約束、守ってくれるって信じてた。ずっと、ずっと」
 「言っただろ。俺は約束を守る男だって」
 雫は壮馬の胸の中でしばらく涙を流し続けた。
 壮馬は何も言わず、その頭を優しく撫でていた。やがて雫が落ち着き、顔を上げる。
 「じゃあ、行こうか」
 「うん」
 雫は笑顔で頷いた。

 二人は花の咲き乱れた丘を歩いていく。
 これから旅を続けていくのだ。
 しっかりと互いの手を握り締めて、果てしない道を。
 どこまでも。
 どこまでも。




 おわり