すっかり眠りに落ちてしまったクロエをじっと見つめる。
クロエが一緒に行こうと言ってくれた時、嬉しかった。
でも、俺の力を見たら離れていくと思っていた。
だって、両親も村人も、皆俺を化け物だと言って、避け、忌み嫌っていたのだから。
でもクロエは、俺が炎を操るところを見ても気味悪がらない。俺の魔法を見て、「命を削っているのでは」と心配してくれた。
俺なんか死んだほうがいい化け物なのに。
最近では俺の炎を頼りにして、積極的に使おうとしてくれる。俺の隣に立ち、俺に働き方を教えて、一緒に働かせてくれる。
俺の傍に、いてくれる。
そんな人間は、初めてだった。俺の事を、化け物扱いしない。それどころか、一緒に食事をしようとしてくれたのも、初めてだった。
触れられるのは、嬉しいこと。
傍に人がいるのは、温かいこと。
食事をともにすることで、心が満たされること。
一緒に歩くだけで、幸せだということ。
全部、クロエが教えてくれた。
だから俺も何かクロエに返したくて、彼女と一緒に街へ行ったとき、図書館に行った。そこで読んだ本によると、女は放っておくと「寝取られる」らしい。
治療と称して薬を飲ませて襲い掛かる医者。物を盗んだと言いがかりをつけ好き勝手する店員。酒場で酔わせ持ち帰り集団で襲う破落戸。
「なにお腹痛いの? 死にそうな顔してるけど、冷えた?」
振り返ると、半分目が閉じかかっているクロエが立っていた。
「店長……」
「お腹痛いの? 薬いる?」
「違います」
「じゃあ寝てる間に徘徊する癖?」
「いいえ」
「なら寝るよ、明日も早いんだから。こんなに身体冷えちゃってんじゃん。びっくりしたわ隣見たらいないし、寝相で蹴り飛ばしたのかと思ったわ」
べた、と俺の腕に触れ、そのまま掴むと、ぐいぐいと引っ張っていく。そんなクロエが、おかしくて、温かくて、俺はされるがまま、腕を引かれていた。
世の中は、危険でいっぱいだ。村が世界のすべてだった俺には、知らないことが沢山ある。
たくさん世界のことを知って、クロエに恩返しがしたい。
あわよくば、本にあったこともしたい。
クロエの寝顔を瞼に焼き付けるべく眺めていると、空気の揺れる感覚がした。誰かがテントに近付いてきている。
そっと寝袋から抜け、テントから出て少し歩く。
「何か御用ですか」
声をかけると、クロエに魔法を見せるきっかけになった集団を統率しているらしい男が、物陰から姿を現した。
「……夜分遅くに、奇襲同然のように参じたこと、お詫び申し上げる。私はユグランティス王家直属騎士団241代団長セフィム・ドラゴニール。此度の救援の感謝を伝えたく……」
「あなただけで?」
この男は魔獣遣いの化け物にやられている集団の中で最も魔力を持っていた。だから、長だと思っていた。予想通りだ。そして周囲に人間の魔力を感じない。
「……俺が何をするか分からないから、一人で来たんですよね」
騎士団長はずっと俺を警戒している。少しでも変な動きを見せれば、攻撃しようとしている。すぐわかる。皆そうだから。俺が少しでも手を動かそうとしたりしただけで攻撃し殺そうとしてきた。
「……君が倒したのは、魔王軍幹部の魔獣遣いだ。騎士団全員……そして私ですら、傷一つつけられなかった」
「はい」
クロエは「賊」と言っていたが、騎士団だったらしい。ぼろぼろで賊のような見目だったから、誤解するのも無理はない。王家直属なのにあそこまでやられていたのか。騎士団なんかあてにならない。
「君は何者なんだ」
「分かりませんよ。そんなこと」
ずっと、どうして自分がこんな状態なのか、疑問だった。誰か教えてほしかった。理由が分かったら、どうして自分がこんな目に遭わなきゃいけないのか分かって、まだ、我慢できただろうから。
でも、もう理由なんていらない。それより大切なものを見つけた。
「答えたくない……ということか?」
黙っていると騎士団長が勝手な結論を出す。
「いえ、俺も……ずっと……知りたいと思ってるので」
「なら……一度、一緒に来てくれないか。君の魔力は……桁違いだ。人間の保有できる魔力の限度を大きく超え……」
「嫌です」
俺は即答した。
「研究するような扱いは絶対にしない‼ 力を貸してほしいんだ‼ 今代の魔王軍は手ごわく、魔王は最も力を持つとされている。このままだと国が……世界が危ない‼」
「だから?」
「えっ……」
「国や世界が、俺に何をしてくれた?」
騎士団長が目を丸くした。すべて面倒で、俺はその足元に火を放つ。
「早くここから立ち去れ。そうすれば命は助けてやる」
「ど、どうしてこんなことを」
「不愉快だから」
このままだと、クロエが起きてしまう。
男に手をかざして、その腕輪とやらを燃やしてやる。それと同時に逃げられないよう、周りに火柱を起こす。男は驚き、恐れ、叫びだした。水魔法だのなんだのを必死にかけ、炎に抗おうとするが、そんなもの、一切効かない。
「ばっ、化け物! 化け物!」
「知ってるよ」
男に再度手をかざして、今度は燃やし尽くす。すると以前の獣のように、一瞬にして黒い塵となり消え去った。
化け物。
自分が化け物だなんて、痛いくらいに知ってる。無限に出せる炎がおかしいことだって、閉じた村にいても分かる。俺が、魔力が欠片も無いクロエの傍にいることが、クロエを危なくすることも。
クロエが一緒に行こうと言ってくれた時、嬉しかった。
でも、俺の力を見たら離れていくと思っていた。
だって、両親も村人も、皆俺を化け物だと言って、避け、忌み嫌っていたのだから。
でもクロエは、俺が炎を操るところを見ても気味悪がらない。俺の魔法を見て、「命を削っているのでは」と心配してくれた。
俺なんか死んだほうがいい化け物なのに。
最近では俺の炎を頼りにして、積極的に使おうとしてくれる。俺の隣に立ち、俺に働き方を教えて、一緒に働かせてくれる。
俺の傍に、いてくれる。
そんな人間は、初めてだった。俺の事を、化け物扱いしない。それどころか、一緒に食事をしようとしてくれたのも、初めてだった。
触れられるのは、嬉しいこと。
傍に人がいるのは、温かいこと。
食事をともにすることで、心が満たされること。
一緒に歩くだけで、幸せだということ。
全部、クロエが教えてくれた。
だから俺も何かクロエに返したくて、彼女と一緒に街へ行ったとき、図書館に行った。そこで読んだ本によると、女は放っておくと「寝取られる」らしい。
治療と称して薬を飲ませて襲い掛かる医者。物を盗んだと言いがかりをつけ好き勝手する店員。酒場で酔わせ持ち帰り集団で襲う破落戸。
「なにお腹痛いの? 死にそうな顔してるけど、冷えた?」
振り返ると、半分目が閉じかかっているクロエが立っていた。
「店長……」
「お腹痛いの? 薬いる?」
「違います」
「じゃあ寝てる間に徘徊する癖?」
「いいえ」
「なら寝るよ、明日も早いんだから。こんなに身体冷えちゃってんじゃん。びっくりしたわ隣見たらいないし、寝相で蹴り飛ばしたのかと思ったわ」
べた、と俺の腕に触れ、そのまま掴むと、ぐいぐいと引っ張っていく。そんなクロエが、おかしくて、温かくて、俺はされるがまま、腕を引かれていた。
世の中は、危険でいっぱいだ。村が世界のすべてだった俺には、知らないことが沢山ある。
たくさん世界のことを知って、クロエに恩返しがしたい。
あわよくば、本にあったこともしたい。
クロエの寝顔を瞼に焼き付けるべく眺めていると、空気の揺れる感覚がした。誰かがテントに近付いてきている。
そっと寝袋から抜け、テントから出て少し歩く。
「何か御用ですか」
声をかけると、クロエに魔法を見せるきっかけになった集団を統率しているらしい男が、物陰から姿を現した。
「……夜分遅くに、奇襲同然のように参じたこと、お詫び申し上げる。私はユグランティス王家直属騎士団241代団長セフィム・ドラゴニール。此度の救援の感謝を伝えたく……」
「あなただけで?」
この男は魔獣遣いの化け物にやられている集団の中で最も魔力を持っていた。だから、長だと思っていた。予想通りだ。そして周囲に人間の魔力を感じない。
「……俺が何をするか分からないから、一人で来たんですよね」
騎士団長はずっと俺を警戒している。少しでも変な動きを見せれば、攻撃しようとしている。すぐわかる。皆そうだから。俺が少しでも手を動かそうとしたりしただけで攻撃し殺そうとしてきた。
「……君が倒したのは、魔王軍幹部の魔獣遣いだ。騎士団全員……そして私ですら、傷一つつけられなかった」
「はい」
クロエは「賊」と言っていたが、騎士団だったらしい。ぼろぼろで賊のような見目だったから、誤解するのも無理はない。王家直属なのにあそこまでやられていたのか。騎士団なんかあてにならない。
「君は何者なんだ」
「分かりませんよ。そんなこと」
ずっと、どうして自分がこんな状態なのか、疑問だった。誰か教えてほしかった。理由が分かったら、どうして自分がこんな目に遭わなきゃいけないのか分かって、まだ、我慢できただろうから。
でも、もう理由なんていらない。それより大切なものを見つけた。
「答えたくない……ということか?」
黙っていると騎士団長が勝手な結論を出す。
「いえ、俺も……ずっと……知りたいと思ってるので」
「なら……一度、一緒に来てくれないか。君の魔力は……桁違いだ。人間の保有できる魔力の限度を大きく超え……」
「嫌です」
俺は即答した。
「研究するような扱いは絶対にしない‼ 力を貸してほしいんだ‼ 今代の魔王軍は手ごわく、魔王は最も力を持つとされている。このままだと国が……世界が危ない‼」
「だから?」
「えっ……」
「国や世界が、俺に何をしてくれた?」
騎士団長が目を丸くした。すべて面倒で、俺はその足元に火を放つ。
「早くここから立ち去れ。そうすれば命は助けてやる」
「ど、どうしてこんなことを」
「不愉快だから」
このままだと、クロエが起きてしまう。
男に手をかざして、その腕輪とやらを燃やしてやる。それと同時に逃げられないよう、周りに火柱を起こす。男は驚き、恐れ、叫びだした。水魔法だのなんだのを必死にかけ、炎に抗おうとするが、そんなもの、一切効かない。
「ばっ、化け物! 化け物!」
「知ってるよ」
男に再度手をかざして、今度は燃やし尽くす。すると以前の獣のように、一瞬にして黒い塵となり消え去った。
化け物。
自分が化け物だなんて、痛いくらいに知ってる。無限に出せる炎がおかしいことだって、閉じた村にいても分かる。俺が、魔力が欠片も無いクロエの傍にいることが、クロエを危なくすることも。



