「なんかさー道間違えてる感じしない?」

 荷台を引っ張りながら、後方で荷台を押す皆に尋ねる。ローグさんが来て五日。歩けども見渡す景色は木、岩、木、岩の繰り返し、全くもって次の街が見えてこない。

「何も間違えてないですよ、地図の通りちゃんと進んでます」
「あとどれくらいでつきそう?」
「三日くらいじゃないですか……? 楽しいですねっ! 人気のない道はっ! えへへへへ」

 カーネスの答えに気が遠くなる。朝起きて荷台引いて寝る生活は嫌だ。街で料理作りたい。というか「試用期間として~」なんて話をしたにもかかわらず、ローグさんが来てまだ一度も店を開いていない。新人研修じゃなく新人野営研修になってしまっている。

「何か近道とか裏道無いかなあ……何かさあ、建物とかでもいいよ、生命が存在する場所に行きたい」

「クロエ、あそこに城がある」

 ギルダが至って冷静に指を差す方向を見ると、至って冷静になれない建造物がそびえ立っていた。

「城だぁ……」

 城。どう見ても、城。黒い鉄材か何かで建築されたその建物は全てが黒く、何だか禍々しいオーラを放っているように見える。これ、あれだ。いわくつきの城だ。絶対痴情の縺れとかで一族死んだ感じで、夜な夜な幽霊が出てくるタイプの城だ。

「……、うん、あれ絶対関わっちゃいけないやつ。お化けとか出るって、逃げよ逃げよ、あれ絶対何人か死んでるタイプの城だから、中にある肖像画の目とか、深夜動くタイプの城だよ。あそこに生きてる人はいない。私には分かる」

 そう言って一歩下がろうとすると、皆はさして興味も危機感も抱かず、ぼーっと城を見ている。何? このいわくつき感が目に入らないの?

「ほら、行くよ、夜中鏡から何かお化けとか出て来ても嫌でしょ、ほら、下がって下がって」

 とりあえず全員撤退と手を大きく広げ、全員まとめて下がらせようとすると、城の窓からびゅんっと黒い玉が放たれた。

 咄嗟に皆を庇おうとすると、ギルダが何かを振り払うような動作をした。黒い球は、ふわっと紙吹雪が舞うように霧散する。

「は? え、ギルダ? 何した?」
「あれくらいのもの、剣を使わなくても斬ることは出来る」
「ほあ……」

 返事をすると、ギルダは神妙な面持ちで私を見ていた。

 ん? っていうか何であんなこと出来るって申告しない? あんなの出来るなら果物のジュースとか、刻む皮むき以外にも、削るとかすり潰す調理法が可能では。何で言わない? 給料の賃上げ交渉の時の為に隠しておいたとか?

「ギルダ、何で今まで黙ってたの」
「これ以上引かれたくはなかった」
「何引くって、賃金? なんで出来ることが多くなって賃金引くの? 意味が分からない」
「え」
「いくらでも何でも出来る、果物の飾り切りだってなんだって!」

 そう言って、ギルダの手を握り興奮のままにぶんぶん振ってふと気づく。新しい料理を考案しても、こんな場所にいては意味がない。

 早く街へ辿りつかないと客に売れない。ギルダを見ると、なんだか安心した表情で私を見ていた。

「なに」
「なんでもない」
「はぁ……なにかあったら言いなよ。女神がどうこう以外なら引かないから」
「それは不可能だ。より一層、出来なくなった」

 ギルダは満足そうに言う。いい加減にしてほしい。

「はぁ……何だか獣臭くって目障りだわ。凍らせてしまいましょうね」
「え?」
 シェリーシャさんが前に出たと思えば、そびえ建っていた城は完全に凍り付いていた。何これ。完全に氷城と化している。絵本でしか許されないやつ。氷の城じゃん。

「ふふふ、これで獣臭くないわ。もう安心ね」
「いや凍りつかせてどうするんですか? 人の屋敷ですよ? 林檎じゃないんですよ!?」

 いわくつきだろとか思ったけど、最悪魔法とかで魔王城風にしてるだけで、国の所有物とか、人が住んでいたらどうしよう。完全に殺人だ。

「中に人いたらどうするんですか?」
「人間はいないから安心して」
「ならいいですけど……」
「本当にいいの?」

 え、なにこの質問。私の人間の定義とシェリーシャさんの人間の定義が違ってたりする?

「命を奪って捕まる生命は中にいますか……?」
「いないわ」

 即答に安堵した。本当に良かった。一瞬、意味が通じると怖い話になるかと思った。

「なら、大丈夫」
「そうなの? 可哀そうに」
「え」

 シェリーシャさんはちょっと嬉しそうだ。駄目だ。やっぱり人間がいるのかもしれない。


「俺が何とかしますよ、ほら」

 そう言って、カーネスが私の前に出た。ゴォ! と城の全てを炎で包み込み、一瞬にして黒こげにして霧散させるカーネス。唖然とする私に、穏やかに笑みを浮かべた。

「溶けました」
「いや溶けましたじゃなくない? 溶かしましただし燃やしましたでしょ? むしろ火葬してない? 証拠隠滅じゃん! どうすんの? バカなの? ふざけてるの?」
「人間はいません。安心してください」
「じゃっじゃっじゃあ、歴史的に何かある城かもしれないってこと? それ危なくない? 文化財凍らせて燃やしたってことでしょ? 最悪じゃん。捕まるよ間違いなく。はやく逃げなきゃ」

 誰か殺してなかったにせよ、法的に国に殺される。

 ただでさえ住居を定めない暮らしをしているのだ。移動式犯罪集団扱いでも受けて、お尋ね者にされたらたまったものじゃ無い。

「何から逃げたいんですか」

 カーネスが問う。

「ここからじゃバカ!」
「俺からじゃなくていいんですか」
「なんでカーネスから逃げるの? 何?」
「ふふ」

 カーネスが意味深な笑みを浮かべた、何この集団。狂ってる。

「ほら逃げるよ、見つかったら捕まるから、はよ」

 そう言って皆を急かすと、ローグさんが周りを見ながら「大丈夫です」と首を横に振った。

「この辺り一帯に、店長以外の人間はいません。私の魔力の探知に引っかかってないから平気ですよ」
「ほあ、べ、便利……」

 そんな便利なものがあったのかと感心していると、ふとあることに気付く。

「え、じゃあローグさんの魔法で、効率良い場所に店出せるんじゃないですか?」
「ええ、そうですね。そうなりますね」

 ローグさんを見ると、彼は目に見えて困惑した顔を浮かべた。またこの顔だ。接客業特有の疲弊顔。

 そして他の皆は、生ぬるい目でこちらを見たあと、ローグさんを警戒するように見た。

「何この空気」

 店長を阻害するな。そして新人いびりをするな。

「……はいはい、分かった、もう行くよほら、城燃やしてんだから、さっさと行こ」

 あんまりこの雰囲気長く続けると、ローグさんが出て行ってしまいそうだ。
 私は、他の三人が変なことをしないよう注意深く見ておきながら、また荷台を引き始めた。