自称、殺生することでしか生きていけない狂った道化



 こんな言葉、憑りつかれてなきゃ言えない。正気だったら言えるはずがない。何だ狂った道化って。

 何食べて生きていけば自分が狂った道化なんて言えるんだ。思えるんだ。

 懐から砕けた虫眼鏡の破片を取り出し、さりげなくかざす。破片は緑一色に変わった。

 風魔法適正、確定。

 もしかしたら道中の魔物は、この人がみじん切りにしてたり……?

「あの、もしかして魔物を斬ったのは貴方で……?」

「ああ、だから早くここから立ち去れ。近づけば、貴女のこともあの魔物のように斬ってしまうだろう」

 騎士はもっともらしいように言う。なにもかも聞かなければ、めちゃくちゃ欲しい人材だ、でも痛い。切断面も綺麗だった。でも痛い。でもみじん切りも均一だった。

「あの、貴方はどうしてここに……」

「追放された」

「追放?」

「ああ……この力は、この世界で生きていくには強すぎる。私は……化け物なんだ」

 狂ってら。

 徹頭徹尾狂ってら。

 なんだ強すぎるあまり追放って。

 聞いたことない。これあれだ。あまりにも、「アレ」だから、下手に解雇すると恨まれる可能性を考慮して、「うちでは扱いきれない」「優秀すぎる」みたいな感じで解雇されてるんだ。

 でもどうしよう。無職ならうちで働いてもらえるかもしれない。

 でもどうしよう。カーネスとか、シェリーシャさんみたいに治らない痛さかもしれない。

 カーネスはまだ子供だし、シェリーシャさんは……幼児になったり大きくなったりする反動が精神面にきている可能性がある。

 こちらの騎士の御方は……私と同い年くらいだ。いわば……手遅れの可能性がある。いやでも能力はとても優れてる。駄目元で誘ってみるか……?

 そもそも、誘って働いてくれるとは限らないし……。

 というか他の皆はどう思っているんだろう。

 昔の痛かった自分を思い出して、心を抉られているのでは。

 そう思って振り返ると、二人は特に表情もなく私を見つめていた。

「なんでしょうか」

 私は思わず敬語になる。

「いや、店長はどう思うんのかと思って、あちらの化け物」

 変な村で自分のこと化け物って言ってた年下に化け物呼ばわりされる騎士、きつすぎやしないか。

「化け物じゃ……ない可能性もあるよ」

 私は思わず否定するけど、もしかしたら本当に化け物の可能性もある。というかそのほうがいい。狂った道化よりずっといい。化け物なら「ああ人間の感性じゃないからな」で納得できる。狂った道化怖いもん。ナイフとかべろべろしてそう。べろべろナイフで切りつけてきそう。

「ばけものだよ」

 シェリーシャさんが言う。というかこの二人、なんでこんな平然としているんだろう。 特にカーネスはどうかしている。目の前の騎士とカーネスの過去の発言、「燃やす」か「斬る」かぐらいの違いしかない。

 でも、この際どうでもいい。相手は魔物ではなく意思疎通が出来る人間だ。さりげなく会話をして、どんな感じの人かみてみるか。私は騎士に声をかけた。

「あの……、狂った道化さんが化け物かそうじゃないかは置いておいてですね、ちょっとお尋ねしたいんですけども、今お仕事って何をされて……」

「!? 近付くな! 死んでしまったらどうするんだ!」

 駄目だな全然意思疎通出来ないな。

 一歩踏み出すと、大げさに飛び退き、怒鳴るように発してくる騎士。声が大きい。頭がぐわんぐわんする。

「私に近付けば、貴女の死を招く」

 騎士はそう言うけど、とてもそうは思えない。

 何なんだろうな。自分のこと、ここまで特別に思えるってすごい。でもこんな風に自分を特別扱いしていたら、いずれ「こ、この私が……新人に……負けるだと……‼」とか言いながら全裸にされたり、すごくいい道具を奪われたりする。そういう治安だから。

 新人に絡んだり一方的に戦いを求める先輩に、人権なんてない。むしろ魔力がなくてもなんとか生きていけるなか、誰かをわざわざ攻撃して自分から生きづらくしているのは、少し違うと思う。

 一方的な婚約破棄を行う令嬢令息も同じだ。お金がなく、パーティーの食事づくりの短期仕事を担っていたころ、何度も見た。

「ああ、魔力ちょっときれかけてて、へへへ」を無限にしながら、魔力があるわけだし自分を偽る必要もなさそうなのに、破棄、破棄、破棄の嵐、不思議だった。



 まぁ、事情があるのだろうけど。

 しかしながら、目の前の騎士の事情は理解できなかった。近付いたら死ぬ人が実在したら、国で隔離、管理されてる。私は魔力がないだけでめちゃくちゃ調べられたのだ。いわば受動的な状態で検査を受けた。一方、近づいたら死ぬ、というのはある種能動的な状態なわけで。

 こんな洞窟で引きこもりみたいなこと絶対出来ない。隔離されてる。しかし、目の前の騎士はずっと『そういう設定』で話し、こちらを巻き込んでくる。

「……私はこうして人の身体をしている、が、本質は紛れも無い化け物なのだ。不用意に……」

「恐れ入りますが化け物とか、そういうのもう三人目なんですよ」

 何だかもう、とても面倒になってきた。三度目だし。これが初めてとかだったらもう少し聞く持てるけど、三度目なんだよな。飽きたよ。大体の流れも分かるし。想像つく。

「自称化け物、挙手」

 丁度いいから以前痛かった二名……カーネス、シェリーシャちゃんに声をかけると、二人は素直に手を挙げた。自覚はあるんだ。自覚あったうえで騎士に化け物って言ってるんだ。怖いな。

「それでですね、そろそろこちらの質問にお答えいただきたく……現在のご職業というのは……」

「わ、私は! 全てを斬りつけ……」

「だからなんだ」

「えっ……」

「化け物とか強いとかどうでもいい。あんまり決めつけたくないけどさ、どうせ自分のこと化け物だと思って人と関わっちゃいけないとか、人に嫌われるとか思ってるんでしょ。全世界の人間に拒絶されるなんて無理だからね? 場所が悪いだけだから。変なやつが好きな奴だっているし、そもそも自覚あって切りつけてるならまだしも、人間と関わってる以上、傷つけて当然だから。自覚なく傷つけて私は人に優しい! って思ってるやつのが問題だからな?」

 もういいや。敬語いいや。絶対、人材を求めてる態度じゃないけど、騎士はあまりに切迫していて、嫌になってきた。疲れた。この流れ。一人目のカーネスはいい。少年だし。シェリーシャさんは幼児だった。

 でも騎士、私と同い年か下手すれば年上だ。

「し、しかし、私は傷つけ……騎士団の皆を苦しめ」

「なにで? 魔力酔いかなにか?」

 騎士は高い魔力が要求される。そして騎士団は結束力が命だ。

 酒で錯乱同士討ちしまくりバーサーカーか、下半身で生きすぎるあまり団員の妻や夫に手を出しまくりの色狂いでもないかぎり、退団にはならない。

 騎士の酒癖はわからないまでも、色狂いには思えない。というかできなそう。痛すぎて。

「なぜわかった…?」

 そしてどうやら当たったらしい。騎士は驚いている。魔力酔い、多分するほうだろう。させるほど強いのであれば、精鋭部隊とかに連れて行かれているはずだ。私の妹は剣の才能が有り余っており、魔法学園にいる状態で精鋭部隊入りが決定していた。

 つまり、化け物級に魔力酔いする騎士ということだ。

「皆最初は自分のこと化け物っていうけど、結局何も無いから、何も」

 事実を伝えると、面食らった顔をする。まぁ、このまま痛い話をし続けても発展しないし、現実を見てもらうか。

「あっちのカーネスは距離感狂ってるけど別にそれ以外何も無いし、シェリーシャちゃんは、生命へのあれこれが狂ってるけど、暮らしているから。屋台儲かってないから……不便はあれど、普通に私と生きてる」

「え……? 普通に?」

 やめてほしい。屋台儲かってないって部分、的確に狙ってこないでほしい。。

「それともなに? もしかして周りを切り刻む寝相とかがあるの?」

「いや」

 騎士は首を横にふる。

「そっか。それで、今のお仕事は何を?」

「し、仕事……? ……今は、ただここに在る」

「無職か。野菜とか魚、肉に触って痒くなったりすることってある?」

 無職、ということは多分冒険者でもないし、仕事は多分探しているはず。

「無いが、え、あ? い、今ど、どういう話をしているんだ?」

「屋台やってるんだけど、この辺りの魔物倒したのが貴方であれば、一緒に働いてほしい」

「一緒に…? しょ、正気か? 私は殺戮の道化なんだぞ」

 私の言葉に、騎士は本気で私の正気を疑っている素振りを見せた。いや正気を疑いたいのはこっちだ。何だよ殺戮の道化て。増えてる。進化してる。

「まぁ、さ。その魔力と殺戮の、剣? を、料理によって、生み出す力に変えてみない?」

「そんなこと…私にできるはずが」

「できるよ。絶対できる。大丈夫」

「できる、だろうか…」

 騎士はぽかんと口を開けた後、自分の持つ剣を見る。

「それに、今魔力酔い起きてないでしょ?」

「そ、そうみたいだ、な…?」

「お客さんの質は場所によって最悪になるし、不自由さもあるからいい職場とも環境とも言えないけど、ちょうどいいとは思う。うちとしては、今すぐにでも必要な人材だから考えておいてくれると嬉しい。」

「必要……」

 騎士が呟いた直後、地面が音を立てて大きく揺れ始め、轟音が響き、周囲が閃光に包まれていく。

 するといつの間にか天井は消え去り、はるか遠くに空が見えた。

 こんなに深く潜っていたのか。

 まるで大きな落とし穴に落ちたみたいだと空を見上げると、遥か地上、まるで落とし穴を仕掛け、落ちた人をあざ笑う主犯のような位置に人影が見えた。

「我が名は剣王レックス! 魔王郡直属の幹部なる者! 魔獣遣いバイラス竜巫女ジョセフィーヌの仇、取らせてもらおうか!」
「だれ」

 シェリーシャさんが首をかしげる。私もわからない。

「わからない」

「でも、魔獣遣い倒したって」

 魔獣遣い、覚えがない。常連さんの中にはお店のそばで乱闘騒ぎを起こした挙げ句、「店長が倒したってことで」「やれやれ!」とか言って逃走をはかる不届き者がいる。すると、カーネスが「ああ」とハッとした。

「ちゃちな阻害魔法使ってた馬鹿だ」

「阻害魔法?」

「はい。店長と俺が出会って間もない頃です。ほら、店長がまだ俺と両思いじゃなかったころ」

「今もだよ」

 一体何を言っているのか。呆れていれば、それは向こうも同じなのか自称剣王は「ふざけてんじゃねえぞ」と両手に剣を構えた。

「魔王軍の三柱のうち、二人を破って楽に死ねると思うんじゃねえ…ぎゃああああああああああ」

 自称剣王が何かを言いかけている途中で、カーネスが右手をかざし爆炎を放つ。どうやら見てくれ魔法ではないらしい。剣王は焦げている。

「いや最後まで聞きなって」

「貴女のお願いは、なんだって叶えて差し上げたいです。が、あの男は頭がおかしい。燃やして灰にします!」

「死んでもらわないから! 人殺しになるからね!?」

「どうしてあの男に味方するんです!? あの男のこと好きなんですか!? 何で!? 俺より!? 許しませんよ!?」

「いやその情緒不安は何処から来るの!?」

「だって! この間から幼女の味方ばっかりしてるじゃないですか! 幼女の味方、ばぁっかりするじゃないですかあ! 俺だって頭撫でてもらいたいもん! すごいねって言われたい! え…カーネス、おっきい……って言われたい!」

 自分の頭を抑えながら喚くカーネス。手に負えない。何でこんな風になってしまったのか。

「てめえら馬鹿にしてんじゃねえ! 今すぐぜんいあああああああああああああ!」

 またしても剣王は絶叫し、剣を構え直す。しかし今度は龍の形をした水流に飲み込まれ、縦横無尽に振り回されていた。

「シェリーシャちゃん!?」

「倒していいやつ。勝手に殺さないでほしい。私がしたいから」

 シェリーシャちゃんはカーネスに向かってむくれるけれど、全部だめだ。殺しはだめ。魔物討伐と訳が違う。

「捕まっちゃうから! 殺しちゃったら! 罰金と保釈金まで詰まれたらお店潰れちゃう!」

「だいじょぶ。殺さない。勝手に終わるだけ。少しずつなぶる。途中で起きなくなっちゃうかもしれないけど、その時は……運が悪かっただけ」

「いや大丈夫じゃなくない!? 賭博場で負けたおじさんと同じこと言ってるよ」

「て、てめえら……俺を馬鹿にしやがって……!」

 自称剣王はそう言って絡んでくる。カーネスは敵意をむき出しにしているし、シェリーシャちゃんは己の性癖のはけ口にしようとしている。シェリーシャちゃんに制圧を頼むと多分最悪の事態に陥るし、ここはカーネスに……、

「ねえ、カ……」

 声をかけようとして、止まる。

 カーネスは俯きながら暗い表情で笑っていた。こっわ。

「何考えてんの?」

「どうやって燃やして……、こ、この場から、逃げようと、か、考えていました!」

「いやもう言いかけたとかのレベルじゃないから。普通に全部聞かせる気あるよね!?」

「ち、違いますよお! そんなことないです!」

「いやもう考え出てるからね? 燃やそうとしてるんでしょ」

「良く分かりましたね!」

「怖いよ、そこまでして無垢を貫き通そうとする根性が怖いよ」

 カーネスを窘めていると、シェリーシャちゃんが「ずるい」と唇を尖らせた。

「わたしも、体内に水を流し込んで、その後、臓器を少しずつ凍らせて苦しめるのやりたい」

「カーネスそんなこと一言も言ってないよね!?」

「そうですよ、俺は呼吸が続くぎりぎりまで水中に閉じ込め、呼吸をさせ、閉じ込めることを三百やるのがいいと思います」

「カーネス!? そんな発想あるの? 普段死ぬほど妄想してるから!? その妄想力いやらしいことじゃなくてそっちも網羅してるの!?」

「失礼な、俺の妄想力は店長との麗らかな日々と店長に害なす不届き者への対処の2種類しかありませんよ」

「麗らか……?」

「はい。麗らか、という枠組みの下部に、関連事項として、いちゃラブ、美少女、貧乳があるだけです。あと店長が一つ結びのときは一つ結びですし、仕事み強いときは仕事、とか」

「カーネスの言ってること本当に何一つわからないけど絶対にろくなことじゃないのはわかる」

「ろくなことなんかじゃありませんよ、強いていえば…救い、でしょうか」

 カーネスはそう言うけど絶対違う。しかしシェリーシャちゃんがうなずいた。

「死は…救い、痛みや苦しみからの解放…」

 儚げに笑い宗教を開教しようとするシェリーシャちゃん。この地域では開教すると税金がいくらか安くなるけど、ダンジョンに行く前、神に祈りたい人が多い……つまるところそういう人たちを対象とした宗教営業が多く、宗教激戦区だ。おすすめできない。

「いいな……」

 この場をどうやって脱するか考えていると、後ろからぽつりと寂し気な声が聞こえる。振り返ると、騎士がこちらをじっと見ていた。

「な、なに?」

「……羨ましいと、思って」

 え、何? 頭がおかしいの? 道徳心死んでるの?

「この状況のどこが?」

「……全てだ。私は、孤独に朽ち果て、無様に散っていくのが似合いだと思っていたが、途方もなく、羨ましい」

「はぁ」

 私も、孤独に朽ち果て、とか、無様に散っていく、とか、この期に及んで言える強い心が羨ましい。冷めた目で見ていると、騎士は意を決した様子で私を見た。

「……働く件、私で良ければ、私を必要としてくれるのなら、その想いに是非とも報いたいと思う」

「え! 本当! よろしく!」

 私はすぐに騎士への見る目を変える。何言ってるか意味わかんないけど、働いてくれるなら別だ。あの切断技術を持つ従業員が入ってくれるなら、全然別、むしろ大歓迎だ! 痛いの最高! いや最高じゃないけど!

 握手をしようとすると、周囲にいくつも雷が落ちて来る。私に近い雷は、全て氷や炎で防がれていた。ありがたい。

「だから! 俺を無視するなって! 言ってんだろうがクソがあああああああああ!」

 どうやら雷は自称剣王が放ったものらしい。騎士は「どうやら剣王の模造らしいな」と、目を眇める。

「模造品?」

「ああ。この世界には、数多の神や王がいる。そのうち、剣の道にて始祖となり、雷撃において頂点となる王を──模倣している」

 怖いこと言い出した。思想が強い。

「なぜそれを……」

 駄目だ、自称剣王、のってきちゃった。

「人の身ながら邪神を司る主よ」

 そしてさらに騎士は私に設定を振ってくる。

「クロエです」

「クロエ……良い名だ。私は風の邪神ギルダ。この剣、そして忌まわしきこの力を持って、あの敵を打ち倒して見せよう!」

 痛い。けど、従業員として働いてくれるなら、まあいいか。最悪この辺りの騎士は皆こんな感じって可能性もあるし。いやない。

「いざ!」

 ギルダは剣を構えると、風が吹き荒れ始める、そして、ギルダの剣が緑色に輝き始める。

「か、風の邪神……? なぜ、人間に味方を……」

 だめだ。自称剣王が同調してる。地獄の頂上決戦が始まった。

「まぁいい……俺は誰にも負けねえ!」

 さっきまでカーネスに燃やされシェリーシャちゃんにぐちゃぐちゃにされているのさえ見なければ、主人公みたいだった。

 そして自称剣王は周囲にわざわざ雷撃をまき散らし、雷を落としながら大掛かりにこちらに接近してきた。

 けれどその雷を、騎士が風で霧散させていく。

「哀れな魔物よ……自分をおごり、私に剣を向けたこと、後悔するが良い!」

 ギルダは自称剣王に向かって駆けだすと、足元に竜巻を起こして、一気に飛び上がると、剣を振りかぶり、一気に振り下ろした。

 一瞬の斬撃音が響き、自称剣王がゆっくりと降下していく。ギルダは宙で止まっていた。空を飛べるらしい。配達もできそうだ。すごい。

「貴様の魔力の筋を斬った、最早奴に魔力は無いも同然……。穏やかに眠れ……」

 自称剣王をを見下ろしながら、呟くギルダ。

 痛いけれど、まぁ殺したりしないなら安心だ。でも、「動けないように身体の腱を切ったよ」を、「魔力の筋を切った」とか言っちゃう感覚は、やっぱり逸してるなと思う。

 そんな騎士は優雅な動作で私たちの元に降り立ち、剣を鞘に戻した。すると緑色の発光も収まっていく。

「私の力は……このように、理に反する。風の力であり、全てを斬る力……それでもいいなら……」

「あっはいはいはいはい。いいよいいよいいよ! 千切りと、みじん切り、あと皮むきもお願いするから!」

 痛いけど、即戦力だ。これは大きい。来週からでも営業規模を拡大して店を開こう。

 ほぼ無人ダンジョンに絶望したけど、今日の利益やお宝より全然いいものを見つけた。

「やー助かるよ! 今日本当、ダンジョン入ったどころか洞穴に入っただけで終わると思ってたけど、見つけて良かった! 今日からよろしく! 繰り返しになるけど、私の名前はクロエ、この店の店長! で、こっちが火力係のカーネス、水回りのシェリーシャさん!」

「私の名前はギルダだ。よろしく頼む」

「よろしく!」

 ギルダに向けて手を差し出すと、ギルダは少し目を見開いた後、私の手を握り返す。カーネスは怪訝な顔をした。

「女同士なら襲っても子供は出来ません。少しくらいならいいですけど、もうそろそろやめてください」

 最低なことを言う。

「すごいな、魔力でわかるのか」

 なぜかギルダが感心していた。

「なにが、わかるのですか」

「私は男と間違えられることが多かったから」

「へー」

 そうなのか。ギルダを眺めていると、彼女は私にひざまずきー、

「クロエ、私は騎士として、ここにあなたへの忠誠を誓おう」

 手の甲に唇をつけた。

「あああああああああああああああ!」

 カーネスが絶叫し手刀を入れる。ぎりぎりで避け手刀は私の手の甲すれすれを通過する。危ない。当たったら絶対痛かった。ぶち折られるところだった。

「あっぶな! 料理人の手に何しようとしてんの!?」

「浮気、浮気ですよ! 浮気! 酷い! うわあああああ!」

「違うから! っていうかさっきまで、同性は既成事実出来ないとか下種っぽいこと言ってたの誰? なんなのその情緒不安定」

「だって! 唇が! 手の甲に触れた! 俺まだ足の爪先しか触ってない!」

「よし分かった。テント二つ買おうこれを期に。今度からカーネスだけ別のテントで寝てな」

「嫌だ! 絶対! やだ! やだああああああああああ! 何でそんなこと出来るんですか? どうして!? 浮気したくせに! 何で何で何で何で!?」

 バタバタと暴れまわるカーネス。いやこっちの台詞だし。何で寝てる間に他人の爪先なんて触ってるの。狂ってるでしょ。もう放っておこう。

「とりあえず痛い人の拘束を……」

「大丈夫よクロエ、今始末をしているから」

 シェリーシャさんは仮面をつけた痛い人を凍らせている。けれど、いつも凍らせている感じと雰囲気が違う。

「これどれくらいで溶けるように設定してるんですか?」

「七百年……くらい?」

 こてん、と首を傾げるシェリーシャさん。それ拘束じゃない。氷葬になっちゃう。

「ちょっと短くして、二日三日程度にしてください、あと呼吸は出来る感じでお願いします」

「短すぎないかしら……? 一瞬でしょう?」

「短くないです」

「まぁ、いいわ。それでも」

 でも、すごいなシェリーシャさんの魔法。永久凍結出来ちゃうじゃん。魔法って便利。

 ふと、ギルダの方を見ると、ギルダは眩しいものを見る目でこちらを見ている。

「こんな感じだけど、よろしく」

「ああ、よろしく頼む」

 ギルダは、私の差し出した手を握り、それはそれは穏やかに笑った。