「申す申す。こちらに娘はありますか?」

 数日後、大きな牛車と使いの侍従が麗蘭の家にやってきました。

 「はい、ありますとも。華蓮、華蓮!」

 お義母さまが華蓮さまを呼ばれます。華蓮さまは少しばかり化粧をして、少しばかり髪を整え、少しばかり上質の着物を着て現れました。

 「お待たせいたしました、華蓮にございます。」

 「そなたか。」

 侍従はツバでも吐くように地面を見つめ、続けました。

 「皇子さまがある和歌を詠まれたお嬢様をお探しだ。そなたが詠んだ和歌はどのようであるか?」

 「たれちちの母の背思うしょせがわ、しろなみうきたつごが胸の内」

 麗蘭にも障子越しに聞こえてきました。そして頬から肉が落ちていくように、身体から熱と力とが抜けていくのがわかりました。

 「そなた、読めぬのか?」

 「へぇ? あ、いや、いままさに詠みましたにございまするぅ。」

 「それならば用はない。垂乳根を読めぬ女子であるゆえな。」

 侍従は機械的にそういうと、次の娘を探しに他の家へ向かうのでした。

 「むむむ? この草履を履いている者は。この草履を履いている者はおらぬか?」

 侍従の言う「この草履」は麗蘭の草履でした。侍従は懐から右の草履を出してお義母さまにお聞きになります。

 「この草履を残したお嬢様を探しているのだ。さあ、この家にこの草履を履く娘はありますか?」

 「ですから、娘は華蓮だけで…。」

 「垂乳根も読めぬ女子が和歌を作れるはずなどない! さあ娘は、どこにありますか?」

 「こちらにございます。」

 お義母さまは諦めて麗蘭の部屋に侍従をお連れしました。そして声もかけずに戸を開けたのです。
 麗蘭は戸が開くのを感じると、そこに正座をして侍従をお迎えしました。

 「麗しゅう、蘭の花をば愛でるよう、人より愛を受ける子となれ。麗蘭と申します。」

 「麗蘭さまと申すか。こちらのお方に違いない。」

 侍従は血相を変えてお外の牛車に向かわれます。

 「皇子さま、皇子さま! 草履の娘を見つけました!!」

 「そうか。」

 目立たぬよう灰色の着物ではありますが、上質な絹の着物をお召しの皇子さまが牛車から降りてきました。
 茶色一色の家も皇子さまが通るとたちまち物語の舞台になります。それなのに、この趣深さをわかる麗蘭は部屋に閉じ込められているのは非常に勿体無いことでありました。

 「そなたか。そなたが草履の持ち主か。」

 「はい。麗蘭と申します。」

 皇子さまは侍従からあるボロ布を受け取りました。

 「ここにある和歌が素晴らしい。」

  桃の花白きその肌母のよう、優しく包む心温か

 皇子さまのお気に召されたのは、いつか花壇でお母さまを思って詠んだ和歌でした。大事に草履に仕込んであったのが、やっと日の目を見ることができたのです。

 「このような姫君を宮中に迎えたいと思うたのだ。さあ麗蘭さま、私と宮中に来てはくれぬか?」