宮殿までの道中は無の世界でありました。地面は灰色の細かな砂利、道はシンプルな丸い敷石。建物も白木に彫刻が施してあるくらいで、きらびやかな美しさというより、そのものの美しさを楽しむ空間でありました。
それが、宮殿の中に入ると一気に彩り花開くのです。
色とりどりの着物をお召しのお嬢様方。
お連れのお母様やお付きの方々も地味なお色ながらしっかりした生地の着物をお召しです。
ここで酉の刻を告げる鐘が鳴りました。
その中に見覚えのある着物をお召しの方が見えました。紅色の振袖をお召しのお嬢様に赤い花のお着物をお召しのお母様。お義母さまと華蓮さまです。この宮中には似合わぬほど派手なお二人のことはすぐに見つけられました。
華蓮さまは宮中の侍従に導かれ、歌を詠むお立ち台に立とうとなさっています。侍従がサッと手を差し出されました。
細長い紙に慣れぬ手つきで歌を書かれたのでしょうか。両手でうやうやしく皇子さまに差し上げるのでした。
「素晴らしい和歌であるの。」
「え、マジ? ありがとうございます。」
華蓮さまはその場で皇子さまにぺこぺこお辞儀なさっていらっしゃいます。それを見て麗蘭は思うのでした。ここでは何度も頭を下げるのではなく、一度だけお礼をして続きの和歌を一つ詠むのがいい、と。
「そうか、もう、よい。」
ここで戌の刻を告げる鐘が鳴りました。
皇子さまは別のお嬢様の方へ歩いて行かれました。
皇子さまが近づかれると、お嬢様方は用意してきた歌を差し上げ、いくらかお話しをしたりしなかったりして、また皇子さまが離れて行かれるのでした。離れられたお嬢様の反応で大体の会話内容はわかります。大体のお嬢様は華蓮さまと同様、「もう、よい」で終わるあまり芳しくない反応でありました。何かしらの無知を知らしめられ、顔を暗くして帰られます。顔が明るくなられたのは翡翠の着物をお召しのお嬢様だけでしょうか。間違いのない歌、という程度でありましたが。
さて麗蘭はといいますと、人に人に押されてしまい、皇子さまを目で追うので精一杯でごさいます。ぜひ皇子さまと歌を詠み合いたいと思うておりますが、時間の制約がそろそろやってくるところとなってしまいました。
「そなた。金の着物をお召しの。」
「美しゅう身にまといたる黄金とて、まされる宝子にしかめやも」
どんなに私の着物が素晴らしくたって、お世継ぎとなる皇子であるあなたのほうが素晴らしい宝なのです、という思いを込めた歌を残して、麗蘭は皇子さまに背を向けました。
ここで亥の刻を告げる鐘が鳴ってしまったのです。
「待て、待たれよ。こちを向いてはくれぬか。」
「申し訳ありませぬ。」
決して顔を見られぬよう、袖で顔を覆いながら、麗蘭は出口を目指します。
「あぁ!」
鐘の音が鳴るうちに魔法が解けてきました。まずはきらびやかな草履がいつもの擦り切れた草履に変わります。底の厚みが変わり、転んでしまいました。
「きゃ!」
金の振袖も藁の裃に変わってきました。
「どうか、誰も見ないでくださいませ。」
麗蘭は必死に走り、鐘が鳴り終わる頃には無のお庭に辿り着きました。その後どう帰ったのか、麗蘭の記憶にはございません。本当は皇子さまと歌を詠み合い、物語の世界を楽しみたいと思っていましたのに、辿り着くので精一杯でした。
家に着く頃には子の刻に差し掛かっていました。麗蘭は左だけ草履を履いて、裃は擦り切れていました。着の身着のまま、ずっと家にいたかのように、休むことにしました。
「麗蘭! 出ておいで!!」
夢を見たのも束の間、丑の刻に帰ってくるなり、お義母さまは声を荒げていらっしゃいます。隣の華蓮さまは泣いておられるようです。
「はい、なんでしょう?」
「『なんでしょう』じゃないよ! あのぬた餅は何なの?」
どうやら帰りがけに皇子さまに差し上げたところ、毒味の女官が倒れてしまったようなのです。それも無理ありません。「緑色の個性的な味」をヒントに、わさび味のあんで包んだのですから。
「個性的な味に仕上げましたの。ご自分でお作りにならないのに、文句は謹んでいただきたいですわ。」
わーん!
華蓮さまは声をあげて泣き始めます。この後、皇子さまの目に留まったお嬢様のところに侍従が来るというのです。お土産にて他のお嬢様方を突き放そうとと思っていらっしゃったようですが、叶わぬことを嘆いておられます。
「もうたくさんだ! 明日から部屋を出るんじゃ無い! 一歩もダメだ!」
そういうと、お義母さまは麗蘭の部屋の戸に棒をかけました。
それが、宮殿の中に入ると一気に彩り花開くのです。
色とりどりの着物をお召しのお嬢様方。
お連れのお母様やお付きの方々も地味なお色ながらしっかりした生地の着物をお召しです。
ここで酉の刻を告げる鐘が鳴りました。
その中に見覚えのある着物をお召しの方が見えました。紅色の振袖をお召しのお嬢様に赤い花のお着物をお召しのお母様。お義母さまと華蓮さまです。この宮中には似合わぬほど派手なお二人のことはすぐに見つけられました。
華蓮さまは宮中の侍従に導かれ、歌を詠むお立ち台に立とうとなさっています。侍従がサッと手を差し出されました。
細長い紙に慣れぬ手つきで歌を書かれたのでしょうか。両手でうやうやしく皇子さまに差し上げるのでした。
「素晴らしい和歌であるの。」
「え、マジ? ありがとうございます。」
華蓮さまはその場で皇子さまにぺこぺこお辞儀なさっていらっしゃいます。それを見て麗蘭は思うのでした。ここでは何度も頭を下げるのではなく、一度だけお礼をして続きの和歌を一つ詠むのがいい、と。
「そうか、もう、よい。」
ここで戌の刻を告げる鐘が鳴りました。
皇子さまは別のお嬢様の方へ歩いて行かれました。
皇子さまが近づかれると、お嬢様方は用意してきた歌を差し上げ、いくらかお話しをしたりしなかったりして、また皇子さまが離れて行かれるのでした。離れられたお嬢様の反応で大体の会話内容はわかります。大体のお嬢様は華蓮さまと同様、「もう、よい」で終わるあまり芳しくない反応でありました。何かしらの無知を知らしめられ、顔を暗くして帰られます。顔が明るくなられたのは翡翠の着物をお召しのお嬢様だけでしょうか。間違いのない歌、という程度でありましたが。
さて麗蘭はといいますと、人に人に押されてしまい、皇子さまを目で追うので精一杯でごさいます。ぜひ皇子さまと歌を詠み合いたいと思うておりますが、時間の制約がそろそろやってくるところとなってしまいました。
「そなた。金の着物をお召しの。」
「美しゅう身にまといたる黄金とて、まされる宝子にしかめやも」
どんなに私の着物が素晴らしくたって、お世継ぎとなる皇子であるあなたのほうが素晴らしい宝なのです、という思いを込めた歌を残して、麗蘭は皇子さまに背を向けました。
ここで亥の刻を告げる鐘が鳴ってしまったのです。
「待て、待たれよ。こちを向いてはくれぬか。」
「申し訳ありませぬ。」
決して顔を見られぬよう、袖で顔を覆いながら、麗蘭は出口を目指します。
「あぁ!」
鐘の音が鳴るうちに魔法が解けてきました。まずはきらびやかな草履がいつもの擦り切れた草履に変わります。底の厚みが変わり、転んでしまいました。
「きゃ!」
金の振袖も藁の裃に変わってきました。
「どうか、誰も見ないでくださいませ。」
麗蘭は必死に走り、鐘が鳴り終わる頃には無のお庭に辿り着きました。その後どう帰ったのか、麗蘭の記憶にはございません。本当は皇子さまと歌を詠み合い、物語の世界を楽しみたいと思っていましたのに、辿り着くので精一杯でした。
家に着く頃には子の刻に差し掛かっていました。麗蘭は左だけ草履を履いて、裃は擦り切れていました。着の身着のまま、ずっと家にいたかのように、休むことにしました。
「麗蘭! 出ておいで!!」
夢を見たのも束の間、丑の刻に帰ってくるなり、お義母さまは声を荒げていらっしゃいます。隣の華蓮さまは泣いておられるようです。
「はい、なんでしょう?」
「『なんでしょう』じゃないよ! あのぬた餅は何なの?」
どうやら帰りがけに皇子さまに差し上げたところ、毒味の女官が倒れてしまったようなのです。それも無理ありません。「緑色の個性的な味」をヒントに、わさび味のあんで包んだのですから。
「個性的な味に仕上げましたの。ご自分でお作りにならないのに、文句は謹んでいただきたいですわ。」
わーん!
華蓮さまは声をあげて泣き始めます。この後、皇子さまの目に留まったお嬢様のところに侍従が来るというのです。お土産にて他のお嬢様方を突き放そうとと思っていらっしゃったようですが、叶わぬことを嘆いておられます。
「もうたくさんだ! 明日から部屋を出るんじゃ無い! 一歩もダメだ!」
そういうと、お義母さまは麗蘭の部屋の戸に棒をかけました。



