さて、お義母さまと華蓮さまがいらして、ひと月ほど経ちました。私とお母さまを繋ぐ場が文机から花壇に変わりひと月ほど。
 お父さまはお義母さまと華蓮さまに言われるがまま、口だけ笑ってお仕事に励んでいらっしゃいます。お義母さまと華蓮さまは、お父さまの前ではお上品に口に手を当てて微笑んでいらっしゃいますが、お父さまが居なくなると帯を緩め、喉まで見せてお笑いになっていらっしゃいます。

 「ただいま。」

 「おかえりなさいませ。」

 お父さまがお帰りになられました。いつもそうであるように、お義母さまが慌てて割烹着を着て、お出迎えになります。

 「今日も色々とありがとう。」

 「とんでもございません。妻のつとめでございます。おほほほほ。」

 お義母さまが言っておられる「妻のつとめ」である、掃除も料理も洗濯も、やったのは麗蘭であります。

 「これ、麗蘭と華蓮にどうかと思うのですが…。」

 お父さまはお勤め先からもらってきたチラシをお義母さまに渡しました。「なになに?」と華蓮さまもお寄りになられますが、2人は眉間にシワを寄せるばかりであります。

 「宮中の歌会ですか? 広く参加を呼びかけられてるのですね。」

 チラッと見えたので、麗蘭はそのようにお父さまにたずねました。

 「そうそう、明日、宮中で歌会があるそうなんだ。今日お客さんが教えてくれたんだ。今回は20歳前後の女子を集めて、花嫁候補を探す目的もあるようね。」

 麗蘭は「歌会」に心ときめき目を輝かせています。華蓮さまとお義母さまは「花嫁候補」によだれが出かかっていらっしゃいます。

 「お父さま、『歌会』とは、和歌の鑑賞会でありますか?」

 「いいや。集まった人がお題に合わせて即興で和歌を作るんだ。今回は『母』がお題だと決まっているから、あらかじめ作ることもできるね。できた和歌を読み合って、その人となりを見合うところは鑑賞会ともいえるかな。」

 「母」というお題にいつも心を寄せている花壇を思う麗蘭であります。

 「『花嫁候補』とおっしゃいますには?」

 「素敵な姫君に選ばれると入内できるんだ。普通の入内と違って家柄は関係ないそうだ。」

 華蓮さまのお顔はこの家に来てから1番の晴れ晴れとした表情になり、お義母さまも頬を赤らめていらっしゃいます。

 「では、お支度をいたしましょう。明日ですから急がねばなりませんね!」

 お義母さまが席を立ったのに、華蓮さまが続かれます。麗蘭もその後ろをついていきます。

 「わぁ!」

 麗蘭が転んで、華蓮さまのお着物の裾を踏んでしまいました。「転んで」というのは実は誤りで、正しくは「転ばされて」なのです。華蓮さまのお着物の裾から大きな石が現れたのです。
 麗蘭はその石を見て眉をひそめましたが、そんな恥ずかしい顔を他人に晒すわけにはいきません。

 「すみませぬ。」

 こんな言葉、お母さまと暮らしていた頃には使ったことがありませんでしたのに、お義母さまと華蓮さまと暮らすようになってから一生ぶん、つかっております。
 お義母さまは、かつてお母さまがつかっていらっしゃった、今はお義母さまが過ごされているお部屋に華蓮さまを通されました。「私も」と麗蘭が後に続くと、ピシャリと障子をお閉めになられました。

 「あんたはその辺の藁でも被ってな!」

 お義母さまはそうおっしゃると、魚の干物を作るのため、廊下に出してあった茶色の藁を蹴り上げられました。

 「きゃー! この蝶の柄、イケてる〜!」

 「こらこら、『イケてる〜』はないでしょ。『いとをかし〜』と言いなさい。」

 「この紅色も、イトヲカシ〜?」

 「なんか変だけど、ま、そんな感じ、そんな感じ!」

 障子の向こうからはそんな会話が聞こえてきます。蝶の柄も紅色の振袖も、全部お母さまの形見なのに。麗蘭には見せてもくれません。

 「お母さま、どうしましょう。私も歌会に参りたいのに、行けそうもありませぬ。」

 麗蘭は藁を羽織り、いつもの花壇でしゃがみ込んでお母さまに語りかけます。

 「藁はそんなに、心細いのか?」

 え?