「なんで箒木さんのお姉さんの学校がわかったの?」道すがら、折笠さんが問う。
「制服を着てたからね」僕は答えた。「近所の学校の制服を調べたらすぐわかったよ」
 彼女が通っているのは、おそらく近所の私立女子校だ。HPには伝統だとか規律だとかいう堅苦しい言葉が並んでいたから、きっとお堅い校風なのだろう。有名大学への進学者数を売りにしている進学校でもある。土日に授業があってもおかしくない。部活動をしていなくても、週末に制服で出歩くこともあるだろう。
 あるいは、外出の際は制服を着用しないといけない、という時代遅れな校則でもあるのかもしれない。このあたりは文教地区と言われるだけあって、どこの学校にも変なプライドがある。そうした化石じみた校則が生きていてもおかしくない。
 曇り空の一日だった。こういう日は、秋らしい涼しさを感じるようになった。自転車で感じる風が気持ちいい。
 ペダルを漕いで二〇分ほど。HPで見た小奇麗な校舎が見えてきた。それに、箒木姉と同じ制服を着た生徒たちの姿も。
「でも、具体的にどうするの?」交差点の信号待ち中に、折笠さんが問う。「まさか本当に敷地内に入るわけじゃないんでしょ?」
「まあ、やろうとしてもできないだろうね。私立は警備も厳しいだろうし」
「じゃあ、待ち伏せ?」
「そうだね。本人を捕まえられるならそれでいいし――でも、あの日の様子だとまともに話が成立するかどうか怪しいし、どっちかっていうと彼女の同級生から話を聞きたいな」
「話って?」
「うーん、まあ、学校で彼女がどんな感じとかさ。それがわかれば、彼女本人へのアプローチ方法もわかるかもしれない」
 信号が青に変わり、僕らはふたたびペダルを漕ぎはじめる。
「いまさらだけど、葉月君はどうしたいの?」
「どうって?」
「最終的にはまた箒木さんのお姉さんと話すつもりなんでしょ?」
「まあね」
「それはどうして? 誤解を解くため? だけど、初めて会った相手に誤解されたところで別に構わないんじゃない? 放っておけば、もう会うこともないだろうし」
「本当に誤解されてるだけならそうだね」
「どういう意味?」
「何せ僕は箒木さんのことをまるで忘れていたわけだからね。自分が信頼できないんだよ。僕は自分でも知らない形で彼女を傷つけてしまったかもしれない。そうだとしたら、僕はそれを自覚しないといけないし、詫びないといけない。あいにくと彼女本人にはもう言葉は届かないけれど、家族がいるならその家族に」
「前から思ってたけど、葉月君って変なとこで真面目だよね」
「心外だな。真っ当に真面目なつもりだよ」
 校門が見えてきた。やはり警備員がご駐在だ。詰め所の中から、女子生徒たちに紛れて不審者が入り込まないか観察している。
 僕らはいったん自転車を止めた。青々と茂るケヤキの街路樹に隠れるようにして、作戦会議を開く。
「折笠さんに来てもらって助かったよ」僕は言った。「僕一人だと不審者扱いされてもおかしくない」
「どういたしまして」折笠さんは抑揚なく言った。「で、どうやって彼女の同級生を見つけるの?」
「うーん、そうだね。校章かな」
「校章って」折笠さんが生徒の群れを見やる。「あの胸に刺繍してあるのがそれ?」
「うん。見たところ、何色かあるよね。紺、赤、緑。ちょうど三色ある」
「ああ、学年色」折笠さんは納得した。「ということは、彼女の色も覚えてるの?」
「うん。緑色だった」僕は頷いた。「学年はわからないけど、とにかく緑色の校章を狙い撃ちすれば、いつかクラスメイトに当たるだろうね」
「いつかはって……」折笠さんは呆れたように言った。「どのくらいの生徒数かわからないけど、八クラスなら八分の一、十クラスなら十分の一の確率じゃない。そんなに声をかけてたらそれこそナンパな不審者扱いされると思うけど」
「僕がやってたらね」
 折笠さんは一拍置いて、ようやく言葉の意味に気づいた。
「わたしがやるの!?」
「折笠さんも女の子でしょ?」
「いまさら確認するな!」折笠さんは小声でエクスクラメーションマークを表現するという器用な芸当をして見せた。「無理に決まってるでしょ! わたしが知らない人に声をかけるなんて!」
「後で何か奢るからさ」
「無理なのは無理」折笠さんは首を振った。「葉月君だって、お金がもらえるからってそう簡単にバンジージャンプなんてできないでしょ」
「大袈裟だなあ」
「葉月君はわかんないんだよ」折笠さんは俯いた。「知らない人って怖いんだよ。わたしはそうだし、向こうだってそうかもしれない」
「僕だって知らない人は怖いさ」
「嘘。隣の席になったときそっちから話しかけてきたじゃない」
「そうだっけ」
「鳥頭」また罵倒してくる。「ねえ、葉月君はわたしを何だと思ってるの?」
「友だちだと思ってたけど違った?」
「友だちっていうのは、頼んだら何でもやってくれる関係じゃない」
「うん、まあ、そこまで嫌がるなら他の方法も考えるけど……」僕は譲歩した。「じゃあ、一回だけ。一回だけ、緑の校章の子に話しかけてみよう。それで外れだったら別の方法を考えるよ」
「ハイボールテクニック」折笠さんがジト目で僕が使った交渉術を指摘する。最初に無茶な条件を提示して、それから少しだけ譲歩した条件を提示することで相手の心理的ハードルを下げるというテクニックだ。
「そのつもりはなかったんだけど」
 僕らが話している間にも、続々と生徒たちが校門から吐き出されてくる。しかし、その勢いは少しずつ衰えてきているようだ。時刻は四時半に迫りつつある。終業直後のピークを過ぎれば、次は下校時刻まで待たなければならないかもしれない。
「キャラメルフラペチーノ」折笠さんはぼそっと言った。「外資系のお洒落なカフェでキャラメルフラペチーノが飲みたい。長い呪文みたいなのが必要なやつ。代わりに頼んで」
 報酬の要求だ。つまり――
「やってくれるの?」
「やってみる」折笠さんは緊張した面持ちで言った。「でも期待しないで」