事故を受けて、文化祭の二日目は中止となった。
 麻耶に溝呂木君、それに真理亜。近隣で連続する自殺企図の影響は小さくなかった。
 あれ以来、精神的に参ってしまった生徒は少なくない。全国的にも、若年層の自殺企図が相次いでいるという。
 学校では改めて、生徒への聞き取り調査が行われた。前回よりも入念に。教員たちも対応でほとほと参っているらしい。生徒の僕らから見ても、憔悴の色が窺えた。
「まあ、人の心配なんてしてる余裕はないんだけど」僕は独り言ちた。「まったく参るよね。あれから二週間。四キロも痩せたよ。ねえ、真理亜」
 真理亜は個室のベッドに横たわっていた。ただ眠っているようにも見える。人工呼吸器は必要としないらしい。
 あの日、四階のベランダから落下した彼女は、すぐさま救急搬送され、命を取り留めた。
 しかし、大脳への損傷から意識が覚醒することはなく、今日に至るまで病院のベッドで眠り続けている。不幸中の幸いと言うべきか、損傷は大脳のみに留まっているらしい。生命維持装置の類は必要なく、呼吸も鼓動も自力で可能らしい。
 外傷性の遷延性意識障害――ここから三カ月以上目覚めない場合、そう診断されるだろう。さらに、一年以内に目覚めない場合、意識を取り戻す可能性は一気に低くなる。
「葉月君、そろそろ」折笠さんが声をかけてきた。
「ああそうだね、今日はこのくらいか」僕は身をかがめ、真理亜に語りかけた。「じゃあね、真理亜。また来るよ」

「真理亜さん、目覚めると思う?」病院からの帰り道で折笠さんが問うてきた。
「まだあれから日が浅い。目覚める可能性は十分にあるだろうね」僕は言った。「尤も、目覚めたところで本人に生きる意志があるかどうか」
 折笠さんには、最後に真理亜と交わした会話についても話していた。僕が説得に失敗したことも。
「実際、目覚めない方がいいのかもしれない」僕は言った。「彼女がそう望むなら」
「そんなこと言わないで」折笠さんは言った。「友だちでしょ」
「そりゃ僕だって彼女には生きてほしいさ」語気が強くなる。「だけど、それは彼女の苦しみを長引かせるだけかもしれない」
「……わたしたちじゃダメなの?」
「何が?」
「わたしたちが真理亜さんの生きる理由にはなれないのかな……って」
「生きる理由……ね」僕は呟いた。「でも、それっていつまで? 真理亜が目覚めたとして、死ぬまでずっと彼女の友だちとして傍にいるつもりかい」
「傍にいられるかはわからないけど、でも……友だちではいたいよ」
「それじゃ足りないんだよ、きっと。彼女を生かすには全然」
「そこまで深いの、彼女の絶望は」
「彼女はきっと最後まで自分が麻耶を死なせたと思ったままだった」僕は言った。「実際、そうだったのかもしれない。それを否定することは僕にはできなかった。きっと、これからも。彼女は一生十字架を背負い続けることになる」
「希望はないの?」
「希望……か。そうだね。彼女が光の存在にでも会えば話は違ってくるかもね」
「光の存在?」
「ああ。臨死体験の際に、人が遭遇するとされる存在さ。家族や友人、歴史上の人物、あるいは天使や神――人によって姿形は様々だけど、その人の人生観を一変させるような何か。圧倒的な光」
「本気で言ってる?」
「本気も本気さ」僕は言った。「そんな奇跡に縋るくらいしか、望みはないんだから」