「あなたにはわかるっていうの」
「わかるさ。僕は名探偵なんだろう?」僕は言った。「論理的に考えればわかることさ」
「論理ですって」真理亜は嘲笑うように言った。「聞いてみたいものね。一度も話したことのない同級生のことを日記に書く理由。ありもしない出来事を日記に書く理由。そんなものがあるならの話だけれど」
「あるじゃないか。立派な理由が」
「どこに?」
「本当にわからない?」僕は言った。「どうやら、すっかり麻耶の術中みたいだ」
「どういう意味よ」
「ちょっと客観的になってこの状況を眺めてみなよ。麻耶の狙いなんて明々白々じゃないか」
「それ以上適当なことを言ったら許さない」真理亜は僕を睨んだ。「飛び降りるから」
「適当なんかじゃない。君の妹は大した洞察力と人心掌握術の持ち主だったそうじゃないか。なら、あらゆる結果を見据えたうえで行動したに違いないのさ。日記を書いたことも、川に身投げしたことも、全部この状況を作るためだったんだよ」
「だから、その状況っていうのが何なのか教えなさいよ」
「君だよ、真理亜。君が自ら死を選ぶこと。それこそが麻耶の目的だったんだよ」
「はぁ?」
「突拍子もないように聞こえるかい? でもそれ以外に何か合理的な説明がつくなら教えてほしいな」僕は続ける。「考えてもみなよ、君と僕が出会ったのは偶然だったけれど、ここまで深く付き合うきっかけになったのは何だったのか」
「それは……」真理亜は言い淀んだ。「麻耶の日記……」
「そう。僕と君はかかわりを持つ運命だった。麻耶が日記に僕の名前を残した瞬間、そうなった」
「でも、あの子の日記を覗いたのは――」
「それが完全に自発的な行動だったと言い切れる?」僕は問うた。「そんな簡単に他人のスマホの中身を覗けるものじゃない。そうできる隙があったってことは、それはわざとそうしたってことかもしれない」
「屁理屈だわ」
「だけど、否定できる根拠もない」
「もし、そうだとして何なのよ。どうして私があなたと関わらなきゃならなかったのよ」
「僕が修学旅行に行かなかったから。言い換えるなら、僕がクラスから浮いてたからさ」
「理由になってない」
「まあ、聞きなよ。つまり、こういうことさ。君は日記の記述から僕に接触する。死んだ妹のクラスメイトであり、かつ、クラスで浮いていた僕に。麻耶のことを何も知らないけれど、これから知る余地がある人物に」
「だから、それが何の理由になるっていうのよ」
「僕と出会って、君はどうなった? 最初は希望を見ただろう。妹が死んだのは自分のせいじゃないかもしれないと。だけど、最終的にはそうじゃないと思いいたる。それが麻耶のシナリオだったんだ。君に束の間の希望を抱かせ、そしてまた地に叩き落すことが」
「あの子がわたしに復讐しようとしたっていうの」
「さっきからそう言ってるだろ。そう、オルゴールを壊したのが君だと気づいたとき、思いついたんだろうね。自分が死ねば、姉は自責の念で苦しむことになると。自分の後を追って死ぬことになると。だけど、もしも君が自分のせいじゃないと責任転嫁してしまった場合の保険が必要だった。そんな現実逃避が通用しないように。望みを全て断ち切るために」
「そんな回りくどいこと――」
「やるわけないって? でも麻耶が変な子だって言ったのは君だ。ならこんな回りくどいことを考えてもおかしくはない。そうは思わない?」
「そんなこと――そんなことを信じろっていうの? あの子がわたしを殺そうとしていたなんて、そんな戯言」
「ああ、そうさ。そして麻耶の目的が復讐であるならば、君が彼女のことで気に病むことはない。オルゴールを壊したのはたしかに褒められたことじゃない。だけど、麻耶は素直に謝罪を求めず、君の落ち度を逆手にとって最悪な使い方をしたんだ。そんなものに屈服する必要はない」
テラスからは相変わらずロックチューンが聞こえてくる。それに来客や生徒たちの喧騒。彼らもまさか、校舎の片隅で、生きるか死ぬかの攻防劇が行われているなんて思いもしないだろう。
「たいしたものね、あなたも」真理亜はぼそっと呟いた。「たったいま、でっち上げたんでしょう。それにしてはよくできた理屈だったわ」
「でっち上げてなんか――」
「いいのよ、もう。全部わたしのためなんでしょ? わかってるから」真理亜は体の前で手で手をぎゅっと握りしめた。「あなたはとても優しいから。だから、わたしみたいなのをほうっておけない。そうなんでしょう?」
「優しくなんかないよ。僕はただ、君に死んでほしくないだけなんだ」
「やめて。もういい。いいのよ」
「いや、そういうわけにはいかない。僕には君が必要なんだ。君がいなくなったら、きっと僕も空っぽになってしまう。二度と塞がらない穴が胸に空くことになる」
「すぐに忘れるわよ。わたしたちの付き合いなんてほんの二カ月にも満たないんだし」
「忘れないさ。忘れられるわけない。だって僕は君のことが――」
「やめて!」真理亜は叫んだ。「お願い。もう止めないで。わたしを、惑わせないで」
「真理亜」僕はベランダに一歩後退した。
「ごめんなさい」真理亜は笑みを作った。「そして、ありがとう。わたしなんかのために色々と尽くしてくれて。嬉しかった。それに、楽しかった。仕組まれたものでも何でも、あなたと出会えてよかった」
「真理亜!」
僕はもはや駆け出していた。目の前の少女に向かって手を伸ばす。しかし、彼女は最後にもう一度だけふっと微笑み、身体を後ろに傾けた。手すりを支点にくるっとひっくり返って、逆様のまま校庭に落ちていく彼女を、僕はただ見送ることしかできなかった。
「わかるさ。僕は名探偵なんだろう?」僕は言った。「論理的に考えればわかることさ」
「論理ですって」真理亜は嘲笑うように言った。「聞いてみたいものね。一度も話したことのない同級生のことを日記に書く理由。ありもしない出来事を日記に書く理由。そんなものがあるならの話だけれど」
「あるじゃないか。立派な理由が」
「どこに?」
「本当にわからない?」僕は言った。「どうやら、すっかり麻耶の術中みたいだ」
「どういう意味よ」
「ちょっと客観的になってこの状況を眺めてみなよ。麻耶の狙いなんて明々白々じゃないか」
「それ以上適当なことを言ったら許さない」真理亜は僕を睨んだ。「飛び降りるから」
「適当なんかじゃない。君の妹は大した洞察力と人心掌握術の持ち主だったそうじゃないか。なら、あらゆる結果を見据えたうえで行動したに違いないのさ。日記を書いたことも、川に身投げしたことも、全部この状況を作るためだったんだよ」
「だから、その状況っていうのが何なのか教えなさいよ」
「君だよ、真理亜。君が自ら死を選ぶこと。それこそが麻耶の目的だったんだよ」
「はぁ?」
「突拍子もないように聞こえるかい? でもそれ以外に何か合理的な説明がつくなら教えてほしいな」僕は続ける。「考えてもみなよ、君と僕が出会ったのは偶然だったけれど、ここまで深く付き合うきっかけになったのは何だったのか」
「それは……」真理亜は言い淀んだ。「麻耶の日記……」
「そう。僕と君はかかわりを持つ運命だった。麻耶が日記に僕の名前を残した瞬間、そうなった」
「でも、あの子の日記を覗いたのは――」
「それが完全に自発的な行動だったと言い切れる?」僕は問うた。「そんな簡単に他人のスマホの中身を覗けるものじゃない。そうできる隙があったってことは、それはわざとそうしたってことかもしれない」
「屁理屈だわ」
「だけど、否定できる根拠もない」
「もし、そうだとして何なのよ。どうして私があなたと関わらなきゃならなかったのよ」
「僕が修学旅行に行かなかったから。言い換えるなら、僕がクラスから浮いてたからさ」
「理由になってない」
「まあ、聞きなよ。つまり、こういうことさ。君は日記の記述から僕に接触する。死んだ妹のクラスメイトであり、かつ、クラスで浮いていた僕に。麻耶のことを何も知らないけれど、これから知る余地がある人物に」
「だから、それが何の理由になるっていうのよ」
「僕と出会って、君はどうなった? 最初は希望を見ただろう。妹が死んだのは自分のせいじゃないかもしれないと。だけど、最終的にはそうじゃないと思いいたる。それが麻耶のシナリオだったんだ。君に束の間の希望を抱かせ、そしてまた地に叩き落すことが」
「あの子がわたしに復讐しようとしたっていうの」
「さっきからそう言ってるだろ。そう、オルゴールを壊したのが君だと気づいたとき、思いついたんだろうね。自分が死ねば、姉は自責の念で苦しむことになると。自分の後を追って死ぬことになると。だけど、もしも君が自分のせいじゃないと責任転嫁してしまった場合の保険が必要だった。そんな現実逃避が通用しないように。望みを全て断ち切るために」
「そんな回りくどいこと――」
「やるわけないって? でも麻耶が変な子だって言ったのは君だ。ならこんな回りくどいことを考えてもおかしくはない。そうは思わない?」
「そんなこと――そんなことを信じろっていうの? あの子がわたしを殺そうとしていたなんて、そんな戯言」
「ああ、そうさ。そして麻耶の目的が復讐であるならば、君が彼女のことで気に病むことはない。オルゴールを壊したのはたしかに褒められたことじゃない。だけど、麻耶は素直に謝罪を求めず、君の落ち度を逆手にとって最悪な使い方をしたんだ。そんなものに屈服する必要はない」
テラスからは相変わらずロックチューンが聞こえてくる。それに来客や生徒たちの喧騒。彼らもまさか、校舎の片隅で、生きるか死ぬかの攻防劇が行われているなんて思いもしないだろう。
「たいしたものね、あなたも」真理亜はぼそっと呟いた。「たったいま、でっち上げたんでしょう。それにしてはよくできた理屈だったわ」
「でっち上げてなんか――」
「いいのよ、もう。全部わたしのためなんでしょ? わかってるから」真理亜は体の前で手で手をぎゅっと握りしめた。「あなたはとても優しいから。だから、わたしみたいなのをほうっておけない。そうなんでしょう?」
「優しくなんかないよ。僕はただ、君に死んでほしくないだけなんだ」
「やめて。もういい。いいのよ」
「いや、そういうわけにはいかない。僕には君が必要なんだ。君がいなくなったら、きっと僕も空っぽになってしまう。二度と塞がらない穴が胸に空くことになる」
「すぐに忘れるわよ。わたしたちの付き合いなんてほんの二カ月にも満たないんだし」
「忘れないさ。忘れられるわけない。だって僕は君のことが――」
「やめて!」真理亜は叫んだ。「お願い。もう止めないで。わたしを、惑わせないで」
「真理亜」僕はベランダに一歩後退した。
「ごめんなさい」真理亜は笑みを作った。「そして、ありがとう。わたしなんかのために色々と尽くしてくれて。嬉しかった。それに、楽しかった。仕組まれたものでも何でも、あなたと出会えてよかった」
「真理亜!」
僕はもはや駆け出していた。目の前の少女に向かって手を伸ばす。しかし、彼女は最後にもう一度だけふっと微笑み、身体を後ろに傾けた。手すりを支点にくるっとひっくり返って、逆様のまま校庭に落ちていく彼女を、僕はただ見送ることしかできなかった。

