文化祭当日は見事な秋晴れだった。
 土日に渡って行われる、東高の文化祭は両日とも一般公開が行われ、卒業生や生徒の親族、招待券を持った来場者の入場を受け付けている。
 僕らのクラスのステンドグラスは無事に完成し、設営は完了済みだ。クラスで交代で説明係を受け持つことになっている。僕と折笠さんは揃って、同じ時間に説明係を受け持つことになっていた。それまでの時間は自由行動だ。
「別に好きなところに行けばいいのに」僕は言った。「折笠さんだって何かしら興味を引かれる出し物があるでしょ」
「葉月君は見張ってないと、バックレそうだから」折笠さんは言った。綿あめをひとかじりし、続ける。「わたし一人で教室担当になったらどうなると思う?」
「まあ、間違いなくフリーズして使い物にならないだろうね」
「でしょ」
「あんまり自信満々に言うことじゃないと思うけど」
 僕は蜂蜜がかかったチューロスにかじりついた。校庭の出店で買ったものだ。特筆するような味ではない。けれど、ハレの場を手持無沙汰なままぶらつくのも味気ないものだ。
「舞ちゃんは来ないの?」
「土曜は学校があるからね。明日来るって」
「私立って大変だよね」折笠さんは言った。「真理亜さんもきっと今日も学校でしょ?」
「だろうね」
「招待券は渡したんでしょ?」
「うん。でも来ないかも」
「どうして?」
「逆に来る理由がある? うちは特別文化祭に力を入れてるわけでもないし」
「そりゃ、ないけど。でも来たっておかしくないでしょ。その……友だちなんだし」
「……そうだね」
「来てほしくないの?」
「正直ね」僕は認めた。「うちのクラスはもしかしたら妹の死の原因になったかもしれないんだから。真理亜が直接接触したら厄介なことになりかねない。だからこそ、僕らが仲介してるわけだしね」
「真理亜さんがそんなことをすると思う?」
「僕と最初にあったころの彼女のことを思い出しなよ」僕は言った。「クラスの子たちに対して、同じように突っかかって行かない保証はない」
「ああ、そういえば最初は全然雰囲気違ったよね」
 そんなことを話していると、スマートフォンに着信があった。珊瑚からだ。
「え、校門前? わかった。行くよ。うん。それで入れるはずだから」
 電話を切った。
「珊瑚さん、本当に来たの?」
「うん。校門前で立ち往生してるって。迎えに行くよ。僕たちが直接招き入れれば、招待券がなくても入れるからね」
 僕らは校庭から昇降口前を通り過ぎ、校門を目指した。その間にも、数多の来客と出店、それに生徒たちとすれ違った。
「あ、葉月君、折笠さん」珊瑚が校門の向こうで手を振る。珊瑚はオーバーサイズ気味のパーカーにスキニーパンツ姿だった。
 受付の先生に知り合いであることを説明し、珊瑚を通してもらう。それからは三人で文化祭を回ることになった。出店にお化け屋敷、脱出ゲーム、ジェットコースター、カジノ。僕らは祭りを楽しんだ。折笠さんも、珊瑚も笑っていた。
「葉月君、そろそろ時間」
「ああ、そうか」僕は言った。「ごめん。岸辺さん。僕らクラスの当番があるんだ。しばらく一人で回ってくれる?」
「うん、わかった。がんばってね」
「別にがんばるようなことじゃあないんだけどね」ただ教室で座って来客に説明するだけのことだ。
 僕と折笠さんは教室を目指した。二号棟二階の二年一組の教室を。
「やあ、やってる?」僕はおでん屋の暖簾でも潜る調子で言った。開きっ放しの教室の出入り口を通ると、ステンドグラスを通した色とりどりの光に出迎えられた。
「やっるよー」茶髪の子が軽く答えた。
「異常ない?」
「異常という異常はないかな」茶髪の子は言った。「あーでも、たまに泣いちゃう人がいたりして」
「それだけうちの展示の出来がいいってことだね」
「だといいんだけどね」
「そうそう」もう一人の当番の子が言った。「さっきもうちらくらいの年の子が来てね。サングラスをかけたちょっと不審者チックな子だったんだけど、その子も見てすぐ感極まったみたいで――」
 そのとき、さっき廊下でそれらしい少女を目にしたことを思い出した。キャスケット帽にサングラスをかけた少女だ。一瞬、目に留まったが、遠くだったこともあり、駆け出した彼女をすぐに見失ってしまった。どこか、見覚えがあるシルエットだと思いつつ――
「その子ってもしかって、キャスケットの――」
「え、うん」
「クソっ、そうか!」
「葉月君?」
「悪いけど、当番続けて! 明日二日分やるから!」
 僕は教室に背を向け、駆け出した。
「葉月君!? どうしたの?」折笠さんが後ろから尋ねる。
「真理亜だよ」僕は言った。「真理亜が来たんだ」
「え? でも、それがどうして」
「彼女は来ちゃいけなかったんだ。あの展示を見たら、わかってしまうから。希望なんてもうどこにも残っていないと。少なくとも、彼女はそう思う。妹の死は他の誰のせいでもない。自分のせいなんだって」
「どういう意味?」
「オルゴールだよ」僕は言った。「麻耶のオルゴールを壊したのは真理亜なんだ」