台風が去った後の二週間はあっという間に過ぎていった。文化祭の準備に中間テスト。こうも忙しくては、調査も進まず、真理亜とも都合が合わない。秩父でのことも、メッセージアプリで簡単に説明したきりだった。
 真理亜はより詳細な説明を求めていることだろう。あっちもテスト期間だというのに無理をして時間を作ろうとしたくらいだ。それを断ったのは、彼女の成績、ひいては将来のためだ。少なくとも、彼女にはそう説明した。
 きっと僕は逃げようとしていたのだろう。少しでも長く時間を稼ごうとしたのだ。残酷で散文的な結論が、彼女の希望を打ち砕いてしまわぬように。あるいは、単に彼女との結びつきが断たれることを恐れて。
 わかっている。この探偵ごっこはもうすぐ終わる。真理亜ももうじき気づくことだろう。
 僕らはとっくに詰んでいるということに。

「久しぶりになったわね」
「そうだね」
 翌週に文化祭を控えた日曜日の午後、ようやく真理亜と顔を合わせる機会を得た。あいにくと折笠さんは欠席だ。風邪を引いたと、当日の朝にメッセージが送られてきた。
 場所は川沿いの公園で、真理亜はカルガモが泳ぐ池沿いに佇むようにして待っていた。白いカットソーに薄いブラウンのブラウス、黒いロングスカート、頭にはベレー帽をちょこんと乗せている。
「まずはこれ」真理亜が封筒を渡してきた。「秩父から送られてきたわ。例のレポートと言ったら、あなたにはわかるんでしょう?」
「うん」僕は封筒を受け取った。「君は読んだ?」
「ええ。興味深い内容だったわ。でも、あくまで自由研究の域を出るものじゃない。あの子の内面を物語るようなものは、特になかったと思う。この自由研究がアラハバキについて知るきっかけになったんだろうなってだけ」
「そう」僕はカルガモの群れを眺めながら言った。「せっかくだし、歩きながら話そうか」
 園内の木々はすっかり秋めいていた。生い茂る緑の中、黄や赤の差し色が映える。秋晴れの空の元、鳥たちは囀り、地上では人間の親子やカップルが羽を伸ばしている。秩父の自然はどうなっているだろう。そんなことを考えながら、向こうでのことを真理亜に報告した。
「なるほどね。そうやってあの子は向こうで社会性を身に着けた」真理亜は言った。「少なくとも殺人を教唆するようなことはしなくなった」
「でも、本音で話せる友だちもいた」
「そうね」真理亜は遠くを見るように言った。「そんな友だちがくれたオルゴールを壊されて――あの子はどんな気持ちだったのかしら」
「……悲しかったんじゃない?」
「そんな簡単な子ならむしろよかった。だけど、きっと違った。だから、あの子は――」
 真理亜は俯いた。その髪を浚うようにして、風が通り過ぎていく。
「そうは決まってない」
「だけど、現状、オルゴールの件が最後の引き金になったとしか思えない。あの事件はきっと何らかの形であの子を傷つけ、その背中を押したのよ。見沼の川に向かって」
 強い風が吹く。真理亜は髪や帽子を抑えようともしない。ウッドデッキの上で立ち尽くしたまま、遠くを眺めている。
「僕らがまだ知らない事件があるのかもしれない」僕は言った。「そうでしょ? 考えてもみなよ、僕らはまだクラスメイトとちょっと話す中になった程度なんだ。まだ大事な事実を伏せられている可能性は十分にある。特に、彼らに落ち度がある事実の場合は」
 真理亜が振り向いた。風はなおも吹き続けている。出会って以来伸ばしっ放しの黒髪がなびいて彼女の表情を隠している。
「まだ何か隠してるっていうの? オルゴールの件も涙活の件も、話してくれたのに」
「それよりもっと重要な事実があったなら、話してもいいと判断してもおかしくはない。こうやって君の信頼を買えるわけだからね」
 真理亜は髪を耳にかけた。神妙そうな表情があらわになる。
「本気で思ってるの? まだ何かあるって。あの子を追い詰めた何かが」
「ああ」僕は言った。「オルゴールの件は六月に起こってる。麻耶が身投げする二カ月も前のことだ。最後の引き金と断ずるには少し間隔が空きすぎてる」
「……たしかに」真理亜は認めた。「そうかも……しれないわね」
「でしょ? だからまだ何も決まっちゃいないんだ。何も……」
「ええ、そうね」真理亜は微笑んだ。「でも、もしそうなら、あなたにはこれからも迷惑をかけることになるわね」
「かまわないさ」僕は言った。「言ったろ。友だちっていうのは――」
「貸し借りなんてけち臭い観念を超えた崇高な互助関係」真理亜はくすりと笑った。「ありがとう。本当に」