昼食後、僕らは自転車を借りて、例のお寺を目指すことにした。麻耶の友だちの実家を。
空は曇り模様だった。しばらく雨は降らないらしいが、小雨に打たれるくらいは覚悟しておいた方がいいだろう。
「麻耶さんってけっきょく、どんな子だったんだろうね」道中の交差点で折笠さんが尋ねた。
「それをいま探ってる最中だと思ってたけど」
「うん。でも、これ以上何かわかることがあるのかなって」
「どうしてそう思うの?」
「葉月君も薄々察してるんじゃない?」折笠さんは言った。「麻耶さんは、誰にも心を開いてなかったんじゃないかって」
赤信号を睨みながら、考える。
「たしかに、現状そう思えても仕方ないね」僕は認めた。「親戚や友だちの話を聞いて回ってもなお、彼女の輪郭さえつかめない。そんな徒労感を感じていることは否定しないよ」
「それでも、続けるの?」
「少なくとも、道が見える限りはね」青信号になった。ペダルに足をかける。「せっかく、ここまで来たんだ。道があるなら進むしかない。でしょ?」
「わかってる。ここまで来て引き返せないっていうのはわたしも同じ」
秩父鉄道の沿線沿いを北上し、東に折れる。すると、ほどなくして聡見寺の惣門が見えてきた。
「ずいぶんと立派だね……」思わず漏らした。
惣門は黒塗りの荘厳な作りで、左右の柱には、宗派と寺の名前が白い筆文字で刻まれている。立札によると、この惣門は市の指定文化財で、江戸時代に建立されたものを改修し続けていまに至るらしい。
「わたし、お寺なんて入った記憶がないんだけど」
「あっはっは、奇遇だね」
「……本当に入るの?」
「虎穴に入らずんばなんとやらさ」僕は言った。「ということで、折笠さん先にどうぞ」
「葉月君も気後れしてるんじゃない」折笠さんは呆れたように言った。「いまさらだけど、お寺の人の家族ってこの中に住んでるの?」
「庫裏ってところに住んでるはずだよ。見たところ敷地も相当広いし、家族で住んでも問題ないだろうね」
「じゃあ、やっぱり入るしかないんだ……」
「赤信号みんなで渡ればなんとやらさ。歩を揃えて一緒にくぐろう」
「……わかった」
牽制し合いながら、一歩一歩と惣門に近づいていく。傍から見たら、さぞ滑稽だろうなと思っていると、惣門の向こうから人影が現れた。僧侶ではない。カットソーにロングパンツの中年女性だ。目が合って、しばし空気が固まる。
「えっと、お客さんかしら」マダムは言った。
「あ、はい。その……」言葉を探す。「珊瑚さんはいらっしゃいますでしょうか」
「あの子の友だち?」
「正確には、友だちの妹の友だちと言いますか……」
マダムが怪訝そうに眉をひそめる。当然だ。「よくわからないけど、娘に会いに来たってことでいい? あいにくだけど、あの子は留守にしてる」
珊瑚――麻耶の友だちの母親らしい。
「連絡はつきませんか」
「連絡はつくけど――直接は会えないわよ。あの子、いま友だちと東京旅行中なの。いまごろはきっとランドでしょうね」
三連休なのだ。そういうこともあるだろう。
「じゃあ、僕の連絡先を教えておいてもらいませんか」珊瑚の母に言う。「麻耶の話がしたいから、よかったら、連絡をしてほしいと」
「麻耶って、箒木さんの?」
「はい。娘さんとお友だちだったと聞いています」
「ええ。あの子がこっちに来てから仲良くしてたわ」珊瑚の母は言った。「親としても、あの子には感謝してる。うちの子と仲良くしてもらって。なのに、あんなことになるなんて……」
「麻耶さんのこと、ご存じでしたか」
「ええ」珊瑚の母は頷いた。「うちの子もショックを受けてた。小中学時代の一番の親友だったから。今回の旅行も高校の友だちがあの子を元気づけようって企画したらしいし」
麻耶は最近ようやく四九日を迎えたばかりだ。時間が万能の薬だとしても、効果が現れるのはまだ先のことだろう。
「連絡先のこと、お願いできますか」再度尋ねる。
珊瑚の母は頷いた。彼女のスマートフォンに僕の連絡先を登録してもらう。
「あの、麻耶さんはどんな子でしたか?」僕らがスマートフォンを操作していると、折笠さんがおずおずと尋ねた。
「いい子……だったわ。小学校のとき、うちの子が不登校になったことがあったんだけど、あの子が来るようになってうちの子は学校に戻れた。それに、あの子が来たことでクラスの雰囲気がずいぶんとよくなったって」
「人気者だったってことですか」
「本人は控えめな子だったけれどね」珊瑚の母は言った。「悪いけど、わたしもこれから用事だから詳しくはうちの子から聞いて。麻耶ちゃんのことならきっと連絡してくれるはずだから」
空は曇り模様だった。しばらく雨は降らないらしいが、小雨に打たれるくらいは覚悟しておいた方がいいだろう。
「麻耶さんってけっきょく、どんな子だったんだろうね」道中の交差点で折笠さんが尋ねた。
「それをいま探ってる最中だと思ってたけど」
「うん。でも、これ以上何かわかることがあるのかなって」
「どうしてそう思うの?」
「葉月君も薄々察してるんじゃない?」折笠さんは言った。「麻耶さんは、誰にも心を開いてなかったんじゃないかって」
赤信号を睨みながら、考える。
「たしかに、現状そう思えても仕方ないね」僕は認めた。「親戚や友だちの話を聞いて回ってもなお、彼女の輪郭さえつかめない。そんな徒労感を感じていることは否定しないよ」
「それでも、続けるの?」
「少なくとも、道が見える限りはね」青信号になった。ペダルに足をかける。「せっかく、ここまで来たんだ。道があるなら進むしかない。でしょ?」
「わかってる。ここまで来て引き返せないっていうのはわたしも同じ」
秩父鉄道の沿線沿いを北上し、東に折れる。すると、ほどなくして聡見寺の惣門が見えてきた。
「ずいぶんと立派だね……」思わず漏らした。
惣門は黒塗りの荘厳な作りで、左右の柱には、宗派と寺の名前が白い筆文字で刻まれている。立札によると、この惣門は市の指定文化財で、江戸時代に建立されたものを改修し続けていまに至るらしい。
「わたし、お寺なんて入った記憶がないんだけど」
「あっはっは、奇遇だね」
「……本当に入るの?」
「虎穴に入らずんばなんとやらさ」僕は言った。「ということで、折笠さん先にどうぞ」
「葉月君も気後れしてるんじゃない」折笠さんは呆れたように言った。「いまさらだけど、お寺の人の家族ってこの中に住んでるの?」
「庫裏ってところに住んでるはずだよ。見たところ敷地も相当広いし、家族で住んでも問題ないだろうね」
「じゃあ、やっぱり入るしかないんだ……」
「赤信号みんなで渡ればなんとやらさ。歩を揃えて一緒にくぐろう」
「……わかった」
牽制し合いながら、一歩一歩と惣門に近づいていく。傍から見たら、さぞ滑稽だろうなと思っていると、惣門の向こうから人影が現れた。僧侶ではない。カットソーにロングパンツの中年女性だ。目が合って、しばし空気が固まる。
「えっと、お客さんかしら」マダムは言った。
「あ、はい。その……」言葉を探す。「珊瑚さんはいらっしゃいますでしょうか」
「あの子の友だち?」
「正確には、友だちの妹の友だちと言いますか……」
マダムが怪訝そうに眉をひそめる。当然だ。「よくわからないけど、娘に会いに来たってことでいい? あいにくだけど、あの子は留守にしてる」
珊瑚――麻耶の友だちの母親らしい。
「連絡はつきませんか」
「連絡はつくけど――直接は会えないわよ。あの子、いま友だちと東京旅行中なの。いまごろはきっとランドでしょうね」
三連休なのだ。そういうこともあるだろう。
「じゃあ、僕の連絡先を教えておいてもらいませんか」珊瑚の母に言う。「麻耶の話がしたいから、よかったら、連絡をしてほしいと」
「麻耶って、箒木さんの?」
「はい。娘さんとお友だちだったと聞いています」
「ええ。あの子がこっちに来てから仲良くしてたわ」珊瑚の母は言った。「親としても、あの子には感謝してる。うちの子と仲良くしてもらって。なのに、あんなことになるなんて……」
「麻耶さんのこと、ご存じでしたか」
「ええ」珊瑚の母は頷いた。「うちの子もショックを受けてた。小中学時代の一番の親友だったから。今回の旅行も高校の友だちがあの子を元気づけようって企画したらしいし」
麻耶は最近ようやく四九日を迎えたばかりだ。時間が万能の薬だとしても、効果が現れるのはまだ先のことだろう。
「連絡先のこと、お願いできますか」再度尋ねる。
珊瑚の母は頷いた。彼女のスマートフォンに僕の連絡先を登録してもらう。
「あの、麻耶さんはどんな子でしたか?」僕らがスマートフォンを操作していると、折笠さんがおずおずと尋ねた。
「いい子……だったわ。小学校のとき、うちの子が不登校になったことがあったんだけど、あの子が来るようになってうちの子は学校に戻れた。それに、あの子が来たことでクラスの雰囲気がずいぶんとよくなったって」
「人気者だったってことですか」
「本人は控えめな子だったけれどね」珊瑚の母は言った。「悪いけど、わたしもこれから用事だから詳しくはうちの子から聞いて。麻耶ちゃんのことならきっと連絡してくれるはずだから」

