秩父駅でパレオエクスプレスを降りた。地下通路を抜けて、改札へと向かう。秩父駅の駅舎は物産館を兼ねているらしい。少し冷やかしに行こうとしたら、折笠さんに首根っこを掴まれて出口に連行された。
「お土産は帰るときにしなよ。人を待たせてるんだから」
 箒木姉妹の叔父が迎えに来てくれる手筈だった。
「わかってるよ」
 渋々、駅舎を出る。駅前はロータリーになっていた。個人車やタクシーがポツポツと停まっている
「お、君らが真理亜ちゃんのお友だちかい」
 ロータリーを歩いていると、シルバーのミニバンから顔を覗かせている中年男性に声を掛けられた。野球帽をかぶった四角顔に、箒木姉妹の面影は見て取れない。しかし、僕らのことを知っているということは例の叔父なのだろう。
「はい」僕は応えた。「もしかして箒木さんの……」
「ああ、叔父だよ。箒木星哉。あの子らの父親の弟だ。よろしく」野球帽のつばを持ち上げて言う。それから、親指で後部座席を差し、「さあ、乗りな」
 僕らは後部座席に並んで座った。星哉さんは、僕らがシートベルトを付けるのを確認してアクセルを踏んだ。
「麻耶ちゃんの同級生なんだって?」
「はい。生前は話す機会がなかったんですけど……」
「ああ、聞いてるよ。そっちの少年が真理亜ちゃんが溺れたのを助けてくれたんだって?」
 そこまで話しているとは思わなかった。
「ええ、まあ」
「たいしたもんだね。自分も溺れるとは思わなかったのかい?」
「何せ必死だったので」
「まあ、そりゃそうか。何にしても、あの子の叔父として礼を言うよ。お袋共々歓待するから、期待しておいてくれよ」
「はあ……」何やら大事になっている気がする。
「折笠さんだっけ。君も真理亜ちゃんの友だちなんだろ? 遠慮しないでくれよ」
「は、はい」折笠さんはかしこまったように言った。「その……善処します」
 その返答が可笑しかったのか、星哉さんはかっかと笑った。

 箒木家は縦板張りの二階建て住宅だった。庭に藤棚がある。星哉さん曰く、もう数週間もすれば、見事な紅葉が見られるという。星哉さんは敷地内に車を停めると、僕らを先導する形で玄関ポーチへと向かった。鍵をかけていなかったらしい。ドアノブを掴むと、そのまま外に開いた。
「お袋! 二人を連れてきたぞ!」
 程なくして、真理亜たちの祖母――瑤子さんが顔を出した。どことなく姉妹の面影を感じさせる小柄な老婦人で、特にびしっとした佇まいが真理亜によく似ている。
「いらっしゃい」瑤子さんは微笑んだ。「折笠さんに葉月君ね、待ってたわ」
 僕らは星哉さんの先導で、二階の客室に通された。元々は子供部屋だったという。十二畳ほどの広さで、レール式の間仕切りによって部屋を二分することができる。各々、着替えや就寝時のプライバシーは守れそうだった。
「すぐ、お昼にするって」星哉さんは言った。「長旅で疲れたろ。出来たら呼ぶから、しばらくゆっくりしてて。あ、トイレは廊下の突き当りにあるから」
 僕らは各々のスペースに荷物を下ろし、床に腰を落とした。
「なんというか、いい人たちみたいだね」折笠さんは言った。
「そうだね」僕はベッドに仰向けに倒れながら言った。「思った以上に友好的みたいだ」
「そりゃ葉月君は真理亜さんの命の恩人なんだし」
「まあ、そうか。それもあるか」
「それで、これからどうする?」
「まずは二人から話を聞くことになるだろうね。麻耶がこっちでどんな風だったか」
「その後は?」
「さあ、二人の話次第かな。例のオルゴールをくれた友だちっていうのがわかれば、会ってみたいし……他にも話を聞けそうな相手の名前が出てくるかもしれない」
「わたしたちは動けるのは実質あと二日。その間に何か収穫があると思う?」
「どうかな。でも、少なくとも僕は現時点でこの旅に満足しているよ。蒸気機関車なんて初めてだったし、ホストは友好的、空気も都会よりおいしいし」
「もう、何しに来たのか忘れてるでしょ」
「メリハリってやつだよ」僕は目を閉じた。「折笠さんも羽を伸ばせるときに伸ばしておいた方がいい。仰る通り、時間は限られてるんだから」