十月中旬の三連休を利用して、秩父に旅立つことになった。朝八時ごろ、宿泊用の荷物を詰め込んだリュックを背負い、バスで大宮駅を目指す。折笠さんとは駅で合流する手はずだった。
バス内で天気予報を確認する。いま、二つの台風が日本列島に接近しつつあった。一つは関東から大きく外れる予報だが、二つ目の予想ルートには関東を横断するものもあった。どうにか台風がシュート回転して太平洋に逃れてくれるのを祈るしかなかった。
「あ、葉月君」
大宮駅の東口で折笠さんと落ち合った。黒いキャップにオーバーサイズ気味のパーカー、ハーフパンツにタイツ、ショートブーツ、ボストンバッグ。その横には、真理亜の姿もあった。ややクラシカルなジャンパースカート姿で、肩に小さいバッグを提げている。旅行用の荷物ではない。
「見送りに来てくれたんだって」折笠さんは言った。
「そんな、わざわざいいのに」
「そうもいかないわ。そもそもはわたしの頼みに端を発するんだもの」
話しながら、改札口へと向かう。電車を利用する機会がない僕はまず券売機で切符を買わなければならなかった。まずは高崎線下りで熊谷駅を目指すことになる。
真理亜はプラットホームまでついてくるつもりらしい、折笠さんと共に改札を抜けて待っていた。僕も改札を抜け、三人で八番乗り場を目指す。
「じゃあ、お願いね」真理亜はプラットホームで言った。「祖母によろしく伝えて」
「うん、行ってくるよ」
「ええ……その、行ってらっしゃい」
折笠さんと並ぶ形で、青いシートに腰かけた。三連休の初日とあって、行楽ムードの家族の姿が散見される。
「台風、直撃しないといいけど」
「そうだね」
「しかし、埼玉の路線はどうしてこう横移動が苦手なんだろうね」
彩都市から秩父を目指すなら、一度熊谷まで北上して、そこから南西に向かうことになる。
「東京のすぐ北にあるからじゃない? みんな東京を目指すし、必然的に北南に伸びる路線が多くなる」
「それはいいけど横は横できちんと結んでほしいものだね。そうじゃないと、何のために同じ県に編入されてるのかわからないよ」
「同じ県って括りがそんなに重要? たとえば、クラスだってそんなものじゃない? たまたまひとまとまりになってるだけで、それに特に意味なんてない」
「そうかもしれないけどね、縁ってものがあるでしょ。同じクラスにならなければ、僕と折笠さんだって出会わなかったんだし」
「わたし以外のクラスメイトとほとんど関わってない葉月君が言っても説得力ないと思うよ」
「そうかもしれないけどね、何かの形でつながることだってある。麻耶の件だったり、文化祭だったりでね。折笠さんだってそうでしょ? 最近、クラスの子たちとよく話すようになったじゃない」
「別に……」折笠さんは言った。「向こうから話しかけて来るだけだし」
「そうかな。けっこう楽しくお喋りしてるように見えるけど」
「……あっちが気を遣ってくれてるだけ」折笠さんは呟いた。「正直、少し気疲れする」
「なら、友だちになっちゃえばいいんだよ。貸し借りなんてケチ臭い観念を超えた崇高な互助関係にね」
「友だちの作り方なんてわからないし」
「毎日、楽しくお喋りすればそれはもう友だちなんじゃないかな」
「そうかもしれないけど……」折笠さんは言った。「葉月君はどうなの? クラスの子と話す機会が増えたのは同じでしょ」
「ああ、うん。そうなんだけどね」僕は言った。「でも、僕は彼らを調べる立場でもあるからね、いまはまだ情を移していいものかわからないんだよ」
「クラスの子たち、まだ何か隠してると思う?」
「わからない。彼らが重要だと思ってないこと、忘れてしまったことが麻耶にとっては一大事だったかもしれないしね」
そんなことを話しながら、しばし電車に揺られ続けた。熊谷駅で乗り換え、蒸気機関車のパレオエクスプレスで秩父駅を目指す。
「見なよ、折笠さん。本当に来た。蒸気機関車だよ」僕はホームに向かってくるパレオエクスプレスにスマートフォンのカメラを向けながら言う。
「わかってるから、はしゃがないで。一緒にいるわたしが恥ずかしい」
写真撮影はそこそこにして、乗車する。赤いシートに並んで座り、自然豊かな車窓の外を眺めながら、持ち込んだお菓子を交換したり、『オース・オブ・レムリア』のデイリーミッションを消化したり、何でもないことを話しながら時間を潰した。
「汽車の旅ってのはいいものだね」汽笛に耳を傾けながら言う。
「そうだね」折笠さんは満更でもなさそうに同意した。
バス内で天気予報を確認する。いま、二つの台風が日本列島に接近しつつあった。一つは関東から大きく外れる予報だが、二つ目の予想ルートには関東を横断するものもあった。どうにか台風がシュート回転して太平洋に逃れてくれるのを祈るしかなかった。
「あ、葉月君」
大宮駅の東口で折笠さんと落ち合った。黒いキャップにオーバーサイズ気味のパーカー、ハーフパンツにタイツ、ショートブーツ、ボストンバッグ。その横には、真理亜の姿もあった。ややクラシカルなジャンパースカート姿で、肩に小さいバッグを提げている。旅行用の荷物ではない。
「見送りに来てくれたんだって」折笠さんは言った。
「そんな、わざわざいいのに」
「そうもいかないわ。そもそもはわたしの頼みに端を発するんだもの」
話しながら、改札口へと向かう。電車を利用する機会がない僕はまず券売機で切符を買わなければならなかった。まずは高崎線下りで熊谷駅を目指すことになる。
真理亜はプラットホームまでついてくるつもりらしい、折笠さんと共に改札を抜けて待っていた。僕も改札を抜け、三人で八番乗り場を目指す。
「じゃあ、お願いね」真理亜はプラットホームで言った。「祖母によろしく伝えて」
「うん、行ってくるよ」
「ええ……その、行ってらっしゃい」
折笠さんと並ぶ形で、青いシートに腰かけた。三連休の初日とあって、行楽ムードの家族の姿が散見される。
「台風、直撃しないといいけど」
「そうだね」
「しかし、埼玉の路線はどうしてこう横移動が苦手なんだろうね」
彩都市から秩父を目指すなら、一度熊谷まで北上して、そこから南西に向かうことになる。
「東京のすぐ北にあるからじゃない? みんな東京を目指すし、必然的に北南に伸びる路線が多くなる」
「それはいいけど横は横できちんと結んでほしいものだね。そうじゃないと、何のために同じ県に編入されてるのかわからないよ」
「同じ県って括りがそんなに重要? たとえば、クラスだってそんなものじゃない? たまたまひとまとまりになってるだけで、それに特に意味なんてない」
「そうかもしれないけどね、縁ってものがあるでしょ。同じクラスにならなければ、僕と折笠さんだって出会わなかったんだし」
「わたし以外のクラスメイトとほとんど関わってない葉月君が言っても説得力ないと思うよ」
「そうかもしれないけどね、何かの形でつながることだってある。麻耶の件だったり、文化祭だったりでね。折笠さんだってそうでしょ? 最近、クラスの子たちとよく話すようになったじゃない」
「別に……」折笠さんは言った。「向こうから話しかけて来るだけだし」
「そうかな。けっこう楽しくお喋りしてるように見えるけど」
「……あっちが気を遣ってくれてるだけ」折笠さんは呟いた。「正直、少し気疲れする」
「なら、友だちになっちゃえばいいんだよ。貸し借りなんてケチ臭い観念を超えた崇高な互助関係にね」
「友だちの作り方なんてわからないし」
「毎日、楽しくお喋りすればそれはもう友だちなんじゃないかな」
「そうかもしれないけど……」折笠さんは言った。「葉月君はどうなの? クラスの子と話す機会が増えたのは同じでしょ」
「ああ、うん。そうなんだけどね」僕は言った。「でも、僕は彼らを調べる立場でもあるからね、いまはまだ情を移していいものかわからないんだよ」
「クラスの子たち、まだ何か隠してると思う?」
「わからない。彼らが重要だと思ってないこと、忘れてしまったことが麻耶にとっては一大事だったかもしれないしね」
そんなことを話しながら、しばし電車に揺られ続けた。熊谷駅で乗り換え、蒸気機関車のパレオエクスプレスで秩父駅を目指す。
「見なよ、折笠さん。本当に来た。蒸気機関車だよ」僕はホームに向かってくるパレオエクスプレスにスマートフォンのカメラを向けながら言う。
「わかってるから、はしゃがないで。一緒にいるわたしが恥ずかしい」
写真撮影はそこそこにして、乗車する。赤いシートに並んで座り、自然豊かな車窓の外を眺めながら、持ち込んだお菓子を交換したり、『オース・オブ・レムリア』のデイリーミッションを消化したり、何でもないことを話しながら時間を潰した。
「汽車の旅ってのはいいものだね」汽笛に耳を傾けながら言う。
「そうだね」折笠さんは満更でもなさそうに同意した。

