――秩父に?
真理亜はメッセージアプリでそう訊き返してきた。
――うん。一度、麻耶が育った環境を見ておきたいんだ。君の祖父母にも話を聞いてみたいし、それに――可能ならオルゴールをくれたっていう友だちにも。
――父さんたちはいい顔をしないでしょうね。
彼女の両親にとって、麻耶は人生の汚点だ。それをこそこそと嗅ぎ回られるのはおもしろくないのだろう。
――秘密裏に、とはいかない?
――可能か不可能かで言えば十分可能だと思う。秩父の祖父は亡くなったけれど、祖母になら話を付けられるし、秘密にしてほしいと言えば応じてくれると思う。
――じゃあ、頼める?
――いいけど、オルゴールをくれたっていう友だちの方はわたしも詳しく知らないし連絡なんて付けられないわよ。
――うん。それは向こうでどうにかする。
――いつか話したかもしれないけど、麻耶が向こうにいたときのことはわたしもほとんど知らないの。せっかくの機会だし、可能ならわたしもついて行きたいのだけれど、そうなると秘密裏に、というのは難しくなるわね。
――そうだね。だから代わりに麻耶のことを聞いてくるよ。
――ありがとう。じゃあ、話が付いたらこっちから連絡する。
――お願い。
「それで、本当に話がついたってこと?」折笠さんは尋ねた。「箒木さんたちのおばあちゃんに」
「うん。秩父は日帰りで行き来するには遠いし、泊めてくれるってさ」
「なんかそれってかなり奇妙じゃない? 孫本人は来ないのに、その友だちを泊めるなんて」
「まあ、そうせざるを得ない事情についても理解があるんだと思うよ。何せ自分の子供のことだしね」
「だとしたら、親子でずいぶんと教育方針が違うんだね」
「そうかもね」
「それで、箒木さんのおばあちゃんは泊める友だちが二人になっても構わないって?」
「うん。なんなら四人くらいまでは大丈夫らしいよ」僕は言った。「きっと、一人でも多く、孫の友だちの顔が見たいんだろうね」
「だから、わたしも来いって?」
「一人より二人の方がいいってキリストも言ってるよ」
「知らない、そんなの」折笠さんはため息を吐いた。「でも、わかった。考えてみる。泊りになるなら、親にも相談しないといけないし」
「じゃあ、決まりだね」
「気が早い」折笠さんが釘を刺した。「っていうか、葉月君は大丈夫なの? 外泊なんて」
「ああ、うちは僕に対しては放任だからね。何なら無断で朝帰りしたって特に問題にはならないと思うよ。舞には色々と言われるかもしれないけどね」
「葉月君ちは葉月君ちで色々ありそうだね」折笠さんは複雑そうな表情で言った。
「そうじゃない家族がある?」
「そうかもしれないけど……」折笠さんは言った。「で、葉月君は何を期待してるの」
「期待?」
「わざわざ自分から秩父に出向くっていうからには、何かしら目算があるんでしょ。麻耶さんに関して、何か重要なことが知れるって」
「……そういうわけじゃ、ないんだけどね。ただ、パズルのピースは多いに越したことはないってことだよ」
折笠さんは納得しなかったらしい。怪訝そうに眉をひそめている。
「ねえ、現時点で葉月君はどう思ってるの。麻耶さんのことについて。彼女が身投げした理由について」
「どうって……いまの段階では何とも言えないね。涙活のせいだったのかもしれないし、オルゴールが壊されたせいかもしれない。あるいは、長崎の教会で自分一人が涙を流さなかったことに関して思うところがあったのかもしれない。彼女の言葉を借りるなら、自分が天と地の間に存在する不条理だと思ってしまったのかも。もちろん、それらが複合的に合わさった結果かもしれないし、僕らがまだ知らない何かが引き金になったのかもしれない。だけど、少なくとも尾曲がり猫のせいではないだろうね」
「それじゃ、わたしの考えとほとんど同じだね。葉月君らしくもない」
「僕を何だと思ってるのさ」
「何って……わからない。でも、なんとなくだけど、葉月君はもうちょっと深く麻耶さんのこと理解できてるんじゃないかなって」
「そんなことないよ。僕と折笠さんで手持ちの情報はそう変わらないんだから」
「でも、何か隠してるでしょ?」折笠さんは言った。「真理亜さんとの会話を聞いてると、なんとなくそんな気がする。わたしだけ知らない何かがあるみたいに」
「そんなことは……」
「いいの。葉月君の一存で喋れることでもないだろうし。それに、友だちって言っても何でも話さなければならないわけでもない。そうでしょ」
「それはまったくその通り」僕は言った。「やっぱり折笠さんとは付き合いやすいな」
「やめて。それじゃ、わたしが葉月君と相性がいいみたい」
「そう思ってるけど」
折笠さんは反論するかのように口を開きかけたものの、言葉を呑みこんだ。代わりに盛大に溜息を吐く。
「なんで、こんな人と隣になっちゃったんだろ」
真理亜はメッセージアプリでそう訊き返してきた。
――うん。一度、麻耶が育った環境を見ておきたいんだ。君の祖父母にも話を聞いてみたいし、それに――可能ならオルゴールをくれたっていう友だちにも。
――父さんたちはいい顔をしないでしょうね。
彼女の両親にとって、麻耶は人生の汚点だ。それをこそこそと嗅ぎ回られるのはおもしろくないのだろう。
――秘密裏に、とはいかない?
――可能か不可能かで言えば十分可能だと思う。秩父の祖父は亡くなったけれど、祖母になら話を付けられるし、秘密にしてほしいと言えば応じてくれると思う。
――じゃあ、頼める?
――いいけど、オルゴールをくれたっていう友だちの方はわたしも詳しく知らないし連絡なんて付けられないわよ。
――うん。それは向こうでどうにかする。
――いつか話したかもしれないけど、麻耶が向こうにいたときのことはわたしもほとんど知らないの。せっかくの機会だし、可能ならわたしもついて行きたいのだけれど、そうなると秘密裏に、というのは難しくなるわね。
――そうだね。だから代わりに麻耶のことを聞いてくるよ。
――ありがとう。じゃあ、話が付いたらこっちから連絡する。
――お願い。
「それで、本当に話がついたってこと?」折笠さんは尋ねた。「箒木さんたちのおばあちゃんに」
「うん。秩父は日帰りで行き来するには遠いし、泊めてくれるってさ」
「なんかそれってかなり奇妙じゃない? 孫本人は来ないのに、その友だちを泊めるなんて」
「まあ、そうせざるを得ない事情についても理解があるんだと思うよ。何せ自分の子供のことだしね」
「だとしたら、親子でずいぶんと教育方針が違うんだね」
「そうかもね」
「それで、箒木さんのおばあちゃんは泊める友だちが二人になっても構わないって?」
「うん。なんなら四人くらいまでは大丈夫らしいよ」僕は言った。「きっと、一人でも多く、孫の友だちの顔が見たいんだろうね」
「だから、わたしも来いって?」
「一人より二人の方がいいってキリストも言ってるよ」
「知らない、そんなの」折笠さんはため息を吐いた。「でも、わかった。考えてみる。泊りになるなら、親にも相談しないといけないし」
「じゃあ、決まりだね」
「気が早い」折笠さんが釘を刺した。「っていうか、葉月君は大丈夫なの? 外泊なんて」
「ああ、うちは僕に対しては放任だからね。何なら無断で朝帰りしたって特に問題にはならないと思うよ。舞には色々と言われるかもしれないけどね」
「葉月君ちは葉月君ちで色々ありそうだね」折笠さんは複雑そうな表情で言った。
「そうじゃない家族がある?」
「そうかもしれないけど……」折笠さんは言った。「で、葉月君は何を期待してるの」
「期待?」
「わざわざ自分から秩父に出向くっていうからには、何かしら目算があるんでしょ。麻耶さんに関して、何か重要なことが知れるって」
「……そういうわけじゃ、ないんだけどね。ただ、パズルのピースは多いに越したことはないってことだよ」
折笠さんは納得しなかったらしい。怪訝そうに眉をひそめている。
「ねえ、現時点で葉月君はどう思ってるの。麻耶さんのことについて。彼女が身投げした理由について」
「どうって……いまの段階では何とも言えないね。涙活のせいだったのかもしれないし、オルゴールが壊されたせいかもしれない。あるいは、長崎の教会で自分一人が涙を流さなかったことに関して思うところがあったのかもしれない。彼女の言葉を借りるなら、自分が天と地の間に存在する不条理だと思ってしまったのかも。もちろん、それらが複合的に合わさった結果かもしれないし、僕らがまだ知らない何かが引き金になったのかもしれない。だけど、少なくとも尾曲がり猫のせいではないだろうね」
「それじゃ、わたしの考えとほとんど同じだね。葉月君らしくもない」
「僕を何だと思ってるのさ」
「何って……わからない。でも、なんとなくだけど、葉月君はもうちょっと深く麻耶さんのこと理解できてるんじゃないかなって」
「そんなことないよ。僕と折笠さんで手持ちの情報はそう変わらないんだから」
「でも、何か隠してるでしょ?」折笠さんは言った。「真理亜さんとの会話を聞いてると、なんとなくそんな気がする。わたしだけ知らない何かがあるみたいに」
「そんなことは……」
「いいの。葉月君の一存で喋れることでもないだろうし。それに、友だちって言っても何でも話さなければならないわけでもない。そうでしょ」
「それはまったくその通り」僕は言った。「やっぱり折笠さんとは付き合いやすいな」
「やめて。それじゃ、わたしが葉月君と相性がいいみたい」
「そう思ってるけど」
折笠さんは反論するかのように口を開きかけたものの、言葉を呑みこんだ。代わりに盛大に溜息を吐く。
「なんで、こんな人と隣になっちゃったんだろ」

