溝呂木君の遺体は、芝川の下流で引き上げられた。
 自殺だった。
 遺書を残していたらしい。詳しい内容はわからないが、麻耶の後追いという形になるのかもしれない。
 何せ、想い人とまったく同じ死に方を選んだのだ。そう判断するのが妥当だろう。
「いいですね。みなさん。このことであまり思いつめないでください。まずは自分の心を守ることを優先してください。カウンセラーの先生もいます。一人で抱え込まず周りの大人を頼ってください」
 全校集会で、校長はそのように生徒を労わった。
 その後もアンケートに面談等、生徒の精神的なケアで教員たちはせわしなく動いていた。
「こんなことになるなんて……」ある日の昼休み、折笠さんはそう漏らした。「葉月君はその……大丈夫なの?」
「どうして?」
「溝呂木君と会って話したんでしょ」
「まあ、うん。でも一回きりだし。こう言っちゃなんだけど、たった一回会っただけの人が死んだって言われてもいまいち実感がわかないというか」
「そう? でも……」
「何?」
「顔色悪いよ」折笠さんは言った。「最近ずっと。箒木さんのこと知ったときみたいに」
「そうかな。これでも毎朝、鏡は見てるんだけどね」
「溝呂木君とは箒木さんのことを話したんでしょ。詳しくは聞かなかったけど……」
「うん。別にこれと言って新しい情報が得られたわけじゃなかったからね。ただ、彼が麻耶にぞっこんだったってわかっただけで……それに、尾曲がり猫のことも」
 僕は少し迷った後、溝呂木君から送られてきたメッセージについて伝えた。
「じゃあ、溝呂木君は尾曲がり猫を見つけてすぐ――」
「そうみたいだね」僕は言った。「彼、言ってたよ。もしかしたら尾曲がり猫なんて見つからない方がいいのかもしれないって。見つけたら全部終わりになるかもしれないって。もしかしたら、あれは彼なりのサインだったのかもね」
「最初から、尾曲がり猫を見つけたら死ぬつもりだったってこと?」
「というよりも、尾曲がり猫を探すことでどうにか自分の心を支えてたんじゃないかな。それがなくなって――いや、これはただの邪推だね。一度会っただけの相手の心のうちなんてわかるはずがない」
「そう言えば、箒木さんも尾曲がり猫を見つけてすぐに……じゃなかった?」
「そうだったかな」僕は上水口さんとの会話を思い出しながら、「尾曲がり猫か。溝呂木君と麻耶が見つけたのが同一個体かはわからないけれど、どうやらこの街のどこかに少なくとも一匹はいるらしいね」
「なんかちょっと怖いかも。まるで不吉を運ぶ黒猫みたい」
「尾曲がり猫そのものにそんなたいそうな力なんてないよ。これはただの偶然。でも……そうだね、そうやって信仰だとか迷信ってものは生まれるのかもしれない。あるいはジンクスってやつが。そして、それは実際に人の心に対して作用する」
「気にするなって言ってる?」
「まあ、そうだね」僕は言った。「仮に、尾曲がり猫を見つけても、怯えたりする必要はない。猫には何の罪もない。そういうことだね」
「うん……わかってる」
「同じ学校で相次いで自殺者が出たわけだからね。誰だって平静ではいられないさ。それこそウェルテル効果を心配しないといけない。三人目、四人目が出るのは勘弁願いたいところだね」
「そうだね」
「ときに折笠さん。ひとつ相談なんだけど」
「何? わたし、人生相談の類には向いてないと思うよ。それこそカウンセラーにでも――」
「そうじゃなくてね」僕は遮った。「一緒に秩父に行かない?」