「お兄ちゃん?」
 舞の声で我に返った。塾が終わったらしい。街灯の下、愛しの我が従妹が立っている。
「何?」僕は尋ねた。「何か変に見える?」
「うーん、なんといか、何か考え込んでる風だったから」
「まあね。僕だって色々と考えるさ」
 適当にはぐらかして、帰路に着く。夜はすっかり冷え込むようになった。頬を撫ぜる風が冷たい。舞もいつからかセーラー服の上にカーディガンを羽織るようになった。
「それでね――」
 隣で舞が何か話している。それを適当に流しながら考えていたのは、箒木姉妹のことだった。
 ――オルゴールが壊れてた?
 ――うん。修学旅行から間もない頃のことだったらしいんだけど――誰かにオルゴールを壊されたみたいでね。
 その日、麻耶は空き教室で占いを行ったらしい。そして、おそらくはゾーンに入るためオルゴールを用いた。占いが終わった後、麻耶は教室にオルゴールを置いてトイレに向かったという。その姿をクラスの子が目撃していた。
 ――麻耶は進んで犯人探しをしようとはしなかったみたいでね。自分からはあまり多くを語らなかったらしいけど――彼女が教室に戻ってきたらオルゴールが床に転がっていたらしい。きっと床に叩きつけられたんだろうね。ぱっと見では尊称らしい損傷はなかったけど、それ以降、うまく音が出なくなったんだって。
 ――誰か教室に入っていくのは目撃されてないの?
 ――あいにくと麻耶以外には誰も。その目撃者の子もずっとそこにいたわけじゃなかったからね。
 ――じゃあ、誰でも可能だった。
 ――そういうことになるね。
 ――麻耶は……他に何か言ってなかったの?
 ――特には……でも一つだけ、目撃者の子に訊いたことがあるって。
 ――それは?
 ――オルゴールの音が聞こえてたかって。
 ――どういうこと?
 ――さあ。麻耶以外には誰も意味がわからなかったみたいでね。目撃者の子は特にオルゴールの音は聞いてないと答えたらしいけど……
 ――そんなことを訊くってことは、麻耶はオルゴールをかけたままトイレに向かったのかしら。
 ――そうかもね。でも、それが聞こえたかどうかを気にする理由はわからない。
 ――確かに。
「ねえ、お兄ちゃん。聞いてるの?」舞が腕を掴んできた。
「ああ、うん。聞いてる。聞いてる」
「うわ、白々しい」
「ごめんて」
「……本当に、何か困ってることでもあるの?」
「そういうんじゃないから。心配しないでよ」
「でも……」
 そのとき、スマートフォンの通知音が鳴った。
「お兄ちゃんのスマホが鳴ることあるんだ」
 僕は重要なアプリ以外は通知を切っている。それに、連絡を取るような友だちも折笠さんと真理亜以外にいない。
「スマホは鳴るのが仕事だからね」言いながら、スマホのロックを解除する。メッセージアプリの通知だった。溝呂木君からだ。
「何だったの?」舞が覗き込んでくる。「写真?」
「あー、うん。友だちから」溝呂木君からのメッセージには写真が添えられていた。繁華街だろうか。街灯に照らされた道路が映っている。
「『尾曲がり猫を見つけた』?」舞がメッセージを読み上げる。「あ、端っこのこれ猫の脚じゃない?」
「そうみたいだね」言われてみれば、それらしいものが映っている。だが、肝心の尻尾は映っていない。
「猫って素早いし、撮るのむずかしいだろうね」
「そうだね」僕はその写真から目を離すことができなかった。溝呂木君と交わした会話が脳裏をよぎる。
 ――でも、なんでだろうな。見つからない方がいい気もするんだ。見つけたら、それで全部終わってしまうような気がして――