その週末、二度目の報告会を行うことになった。今度の場所はカラオケボックスではない。箒木家だった。
――この週末は両親がいないから、問題ないと思う。その……葉月君的にもその方がいいでしょ?
真理亜は僕が彼女の両親に掴みかかるとでも思っているらしい。そのようなことを言っていた。
「葉月君って箒木さんの両親と何かあったの?」箒木家への道中で、折笠さんが問いかけてきた。
折笠さんにはまだAさんのことは話していない。そのような疑問を覚えるのも当然のことだった。
「何も。彼らは僕の存在すら知らないだろうしね。お互い、そのままの方が幸せだろうってだけさ」
「……やっぱり何か変。葉月君がそんな露骨に敵意を見せるなんて相当だと思う」
「敵意?」
「自覚がないの? 傍から見て、だいぶ怒ってるように見える。たぶん、箒木姉妹の両親に対して」
「……否定はしないよ。折笠さんも薄々察してるんじゃない。姉妹の両親が碌な大人じゃないって」
「そんな風に考えたことはなかった」折笠さんは言った。「ただ、ここまで不自然なくらい両親の話が出ないなって思っただけ」
「それが全てを物語っていると思わない? 子供が死んでるんだよ。なのに、その姉妹の口からその名前が出てこない。つまり、この件で彼女の両親は何も親らしいことをしていない」
「それは決めつけすぎなんじゃない?」折笠さんは言った。「わたしだって両親の話なんてしたことないでしょ」
「でも、両親のことは嫌いじゃない?」
「うん……そうだと思う。二人とも一生懸命働いてるし……なのにわたしは留年なんてして余計な迷惑までかけて」折笠さんは続けた。「葉月君はどうなの? いまは両親とは一緒に暮らしてないらしいけど」
「両親か……そうだね。きっと箒木姉妹の両親と似たようなものだったよ。碌な人間じゃなかった。子供を持っていいような人間じゃなかった」
「どうしてそう思うの?」
「空っぽだったからさ。彼らにとって、子育てというのは競走馬の調教のようなものでね。競争に勝ち続けることにしか価値を見出せなかった。それ以外に価値基準を持たない、心が貧しい人間だったのさ。両親が妹をかわいがったのも、彼女が優秀だったからに他ならないしね」
「真理亜さんみたいに?」
「そう、真理亜みたいに。そして、僕は望みなしと見捨てられた。麻耶みたいにね」
「でも、妹さんはなんていうかその……問題児なんじゃなかった?」
「そうだね。そこは真理亜とは違う。妹は真理亜みたいないい子じゃなかった。それも両親が思っていた以上の問題児だった。だから……」僕は続けた。「両親は空っぽだけど冷血なわけではなかった。良くも悪くも凡庸な俗物だったんだ。だから、妹の本性を知ったとき、心底恐れたんだと思う。自分たちの手に負えない怪物だと途方に暮れただろうね」
「それで……妹さんが死んで、ご両親はどうなったの?」
「ああ、言ってなかったっけ。死んだよ。両親も。妹の後を追うようにしてね」僕は淡々と続けた。「じゃないと、僕が叔父さんの家に預けられてる理由なんてないでしょ」
「何があったの?」
「何が……か。まあ、そう簡単に信じてもらえる話でもないんだよね」
「葉月君が話したくないなら、別にいいけど」折笠さんは言った。「でも、そんな簡単にこんな重い話をしないで」
「ごめん」僕は詫びた。「でも結果オーライだと思わない? 家族を失った結果、僕はいま、舞とひとつ屋根の下、好きなだけ乳繰り合えるわけだし」
「それも、こっそりでしょ。どうするの、バレたら。葉月君の居場所がなくなっちゃわない?」
「僕もいい歳だからね。放り出されてもどうとでもなるよ」
「舞ちゃんは?」
「……きっと僕のことなんてすぐに忘れるよ。舞には舞の将来があるし」
「そんなこと――」
「わかってる。だから極力バレないようにやってるさ。乳繰り合ってると言っても、健全なものだしね」
折笠さんがジト目で睨んでくる。チベットスナギツネのように。
「何、その目」
「……別に。舞ちゃんとまだそういうことをしてないんだとしたら、葉月君は鋼の意志の持ち主なんだなってだけ」
「舞が魅力的なのは認めるけどね。でも本当だよ」
そうこう言いながら自転車を漕いでいると、箒木邸が見えてきた。モノトーンのシックなファサードに、車寄せ、コニファーの生け垣に囲われた広い庭とサンルーム。
「なるほど、いい家だ」僕は車寄せに自転車を止めて言う。
「……それって皮肉?」
「さてね」
僕はチャイムのボタンを押した。
――この週末は両親がいないから、問題ないと思う。その……葉月君的にもその方がいいでしょ?
真理亜は僕が彼女の両親に掴みかかるとでも思っているらしい。そのようなことを言っていた。
「葉月君って箒木さんの両親と何かあったの?」箒木家への道中で、折笠さんが問いかけてきた。
折笠さんにはまだAさんのことは話していない。そのような疑問を覚えるのも当然のことだった。
「何も。彼らは僕の存在すら知らないだろうしね。お互い、そのままの方が幸せだろうってだけさ」
「……やっぱり何か変。葉月君がそんな露骨に敵意を見せるなんて相当だと思う」
「敵意?」
「自覚がないの? 傍から見て、だいぶ怒ってるように見える。たぶん、箒木姉妹の両親に対して」
「……否定はしないよ。折笠さんも薄々察してるんじゃない。姉妹の両親が碌な大人じゃないって」
「そんな風に考えたことはなかった」折笠さんは言った。「ただ、ここまで不自然なくらい両親の話が出ないなって思っただけ」
「それが全てを物語っていると思わない? 子供が死んでるんだよ。なのに、その姉妹の口からその名前が出てこない。つまり、この件で彼女の両親は何も親らしいことをしていない」
「それは決めつけすぎなんじゃない?」折笠さんは言った。「わたしだって両親の話なんてしたことないでしょ」
「でも、両親のことは嫌いじゃない?」
「うん……そうだと思う。二人とも一生懸命働いてるし……なのにわたしは留年なんてして余計な迷惑までかけて」折笠さんは続けた。「葉月君はどうなの? いまは両親とは一緒に暮らしてないらしいけど」
「両親か……そうだね。きっと箒木姉妹の両親と似たようなものだったよ。碌な人間じゃなかった。子供を持っていいような人間じゃなかった」
「どうしてそう思うの?」
「空っぽだったからさ。彼らにとって、子育てというのは競走馬の調教のようなものでね。競争に勝ち続けることにしか価値を見出せなかった。それ以外に価値基準を持たない、心が貧しい人間だったのさ。両親が妹をかわいがったのも、彼女が優秀だったからに他ならないしね」
「真理亜さんみたいに?」
「そう、真理亜みたいに。そして、僕は望みなしと見捨てられた。麻耶みたいにね」
「でも、妹さんはなんていうかその……問題児なんじゃなかった?」
「そうだね。そこは真理亜とは違う。妹は真理亜みたいないい子じゃなかった。それも両親が思っていた以上の問題児だった。だから……」僕は続けた。「両親は空っぽだけど冷血なわけではなかった。良くも悪くも凡庸な俗物だったんだ。だから、妹の本性を知ったとき、心底恐れたんだと思う。自分たちの手に負えない怪物だと途方に暮れただろうね」
「それで……妹さんが死んで、ご両親はどうなったの?」
「ああ、言ってなかったっけ。死んだよ。両親も。妹の後を追うようにしてね」僕は淡々と続けた。「じゃないと、僕が叔父さんの家に預けられてる理由なんてないでしょ」
「何があったの?」
「何が……か。まあ、そう簡単に信じてもらえる話でもないんだよね」
「葉月君が話したくないなら、別にいいけど」折笠さんは言った。「でも、そんな簡単にこんな重い話をしないで」
「ごめん」僕は詫びた。「でも結果オーライだと思わない? 家族を失った結果、僕はいま、舞とひとつ屋根の下、好きなだけ乳繰り合えるわけだし」
「それも、こっそりでしょ。どうするの、バレたら。葉月君の居場所がなくなっちゃわない?」
「僕もいい歳だからね。放り出されてもどうとでもなるよ」
「舞ちゃんは?」
「……きっと僕のことなんてすぐに忘れるよ。舞には舞の将来があるし」
「そんなこと――」
「わかってる。だから極力バレないようにやってるさ。乳繰り合ってると言っても、健全なものだしね」
折笠さんがジト目で睨んでくる。チベットスナギツネのように。
「何、その目」
「……別に。舞ちゃんとまだそういうことをしてないんだとしたら、葉月君は鋼の意志の持ち主なんだなってだけ」
「舞が魅力的なのは認めるけどね。でも本当だよ」
そうこう言いながら自転車を漕いでいると、箒木邸が見えてきた。モノトーンのシックなファサードに、車寄せ、コニファーの生け垣に囲われた広い庭とサンルーム。
「なるほど、いい家だ」僕は車寄せに自転車を止めて言う。
「……それって皮肉?」
「さてね」
僕はチャイムのボタンを押した。

