気づけば暦は十月に差しかかっていた。今月末にはいよいよ文化祭だ。校内も文化祭に向けた準備で賑わいはじめている。
僕らのクラスのステンドグラス作成も、実作の段階に入りはじめた。デザインの全てが決まったわけではないらしいが、完成を待ってから作りはじめたのでは間に合わなくなるかもしれない、という判断のようだ。
放課後になると、机を合わせて、その上に台紙を広げる。教室の窓に合わせたサイズのものだ。今はデザイン案を元に、台紙に鉛筆で下書きをしている段階らしい。
「これがどうやってステンドグラスになるの?」僕は作業班の子たちに問いかけた。
「下書きの上からマーカーで清書するの」眼鏡の子が答えた。「そしたら、その線に沿ってカッターで切り込みを入れて、切り絵みたいにするんだ」
「色はどうやって付けるの?」
「ああ、この台紙、剥離紙と粘着面の二層構造になってるの。カッターで切り込みを入れたら剥離紙だけを剥がして、粘着面を剥き出しにするでしょ。その上に任意の色のフィルムをぺたっとするわけ。このフィルムも特殊でね、上から圧力をかけたら色が粘着面に転写されるの。工夫すればかなり細かい色分けができるし、複雑な柄も表現できるんだよ」
「へー、便利なものがあるんだね」感心して見せた。「えっと、じゃあ僕たちの分担って?」
「葉月君はフィルムをぺたぺたする係かな。あ、折笠さんもね」眼鏡さんは言った。「でも別に今から手伝ってくれてもいいよ」
「デザインのテーマは?」
「テーマ?」
「そう、全部の窓にステンドグラスを貼るんでしょ。この台紙があと数枚は必要になるはずだよね。そのデザインが全部バラバラだったら統一感に欠けるし、何かしらテーマがあるんじゃないかなって」
「……まあ、そうだね」
「出し物がステンドグラスに決まったのは、修学旅行で長崎の教会を見たからなんだよね」僕は確認した。「僕は修学旅行に行かなかったからわからないけど、きっときれいだったんだろうね」
「そうだね。きれいだった」
「修学旅行のしおりを見たよ。ね、折笠さん」少し遠くから様子を眺めていた折笠さんに目線を送る。折笠さんは肩をびくっと振るわせた後、こちらに寄ってきた。
「二日目にクラスごとに教会を見学するプログラムが組まれてたよね」僕は言った。「検索したら、ステンドグラスの画像も出てきたよ。花や抽象的な模様のものもあったけど、やっぱり目を引いたのはキリストの磔刑の場面を描いたものだった。でもまさか、それをそのまま真似るわけじゃないんでしょ」
「それはもちろん。わたしたちなりに――と言ってもデザイン班の子たちが中心だけど、ちゃんと考えて、オリジナルの図番を考えたよ」
「それで、テーマは?」
そこでふたたび眼鏡さんは黙ってしまった。横で聞いていた他の子たちと目線を合わせる。しばらくの間、目と目で語り合うようにした後、小さく頷いた。こちらに向き直って口を開く。
「ヴィア・ドロローサってわかる?」
「何だっけ?」折笠さんに振る。
「……えっと、キリストが十字架を担いで歩んだ苦難の道のりのことでしょ」
「そう、そして、キリスト教徒にとって、その道のりを辿ることは贖いのための巡礼でもある」
「贖い?」
「面食らった?」眼鏡さんは微笑んだ。「何もね、宗教画みたいにしたいわけじゃないの。聖書の逸話だとか、キリスト教にまつわるモチーフを扱うわけでもない。だけど――」
「だけど?」
その質問に答えたのは眼鏡さんではなかった。デザイン班の一人――見覚えがあるボブの子だ。
「修学旅行っていうくらいだからね。わたしたちも向こうで色々と学んだんだ」ボブさんは言った。「出島の貿易やその影響を受けた長崎の文化。そういう明るい側面もあれば、原爆とか隠れキリシタンの弾圧みたいに暗い側面もあった」
「そう、だから改めて歴史っていうものを考えてみようって」眼鏡さんが言った。「ただの教科書のテキストとか、テストの問題文や回答じゃなくて、わたしたちが生きる現在に直接つながるものとして。歴史上の出来事をベースに、過去から現在へと至る道筋を表現したいなって」
「それが巡礼、か」僕は納得した。「思った以上に真剣なテーマだね」
「……最初からそうだったわけじゃない。だけど……」
眼鏡さんがボブさんに視線を送る。
「いいんじゃない、委員長」ボブさんは言った。「そろそろ話すべきだと思うよ。修学旅行で起こった出来事について」
「そうだね」眼鏡さんこと委員長は頷いた。「ここで語っておかないと、葉月君たちもステンドグラス制作に関わるうえで不都合だろうし」
「話してくれるの? 修学旅行で箒木さんに何があったのか」
「うまく説明できないかもしれないけど」委員長は言った。「でも、クラスの一人として葉月君にも折笠さんにも知ってほしい。あの日のこと」
僕らのクラスのステンドグラス作成も、実作の段階に入りはじめた。デザインの全てが決まったわけではないらしいが、完成を待ってから作りはじめたのでは間に合わなくなるかもしれない、という判断のようだ。
放課後になると、机を合わせて、その上に台紙を広げる。教室の窓に合わせたサイズのものだ。今はデザイン案を元に、台紙に鉛筆で下書きをしている段階らしい。
「これがどうやってステンドグラスになるの?」僕は作業班の子たちに問いかけた。
「下書きの上からマーカーで清書するの」眼鏡の子が答えた。「そしたら、その線に沿ってカッターで切り込みを入れて、切り絵みたいにするんだ」
「色はどうやって付けるの?」
「ああ、この台紙、剥離紙と粘着面の二層構造になってるの。カッターで切り込みを入れたら剥離紙だけを剥がして、粘着面を剥き出しにするでしょ。その上に任意の色のフィルムをぺたっとするわけ。このフィルムも特殊でね、上から圧力をかけたら色が粘着面に転写されるの。工夫すればかなり細かい色分けができるし、複雑な柄も表現できるんだよ」
「へー、便利なものがあるんだね」感心して見せた。「えっと、じゃあ僕たちの分担って?」
「葉月君はフィルムをぺたぺたする係かな。あ、折笠さんもね」眼鏡さんは言った。「でも別に今から手伝ってくれてもいいよ」
「デザインのテーマは?」
「テーマ?」
「そう、全部の窓にステンドグラスを貼るんでしょ。この台紙があと数枚は必要になるはずだよね。そのデザインが全部バラバラだったら統一感に欠けるし、何かしらテーマがあるんじゃないかなって」
「……まあ、そうだね」
「出し物がステンドグラスに決まったのは、修学旅行で長崎の教会を見たからなんだよね」僕は確認した。「僕は修学旅行に行かなかったからわからないけど、きっときれいだったんだろうね」
「そうだね。きれいだった」
「修学旅行のしおりを見たよ。ね、折笠さん」少し遠くから様子を眺めていた折笠さんに目線を送る。折笠さんは肩をびくっと振るわせた後、こちらに寄ってきた。
「二日目にクラスごとに教会を見学するプログラムが組まれてたよね」僕は言った。「検索したら、ステンドグラスの画像も出てきたよ。花や抽象的な模様のものもあったけど、やっぱり目を引いたのはキリストの磔刑の場面を描いたものだった。でもまさか、それをそのまま真似るわけじゃないんでしょ」
「それはもちろん。わたしたちなりに――と言ってもデザイン班の子たちが中心だけど、ちゃんと考えて、オリジナルの図番を考えたよ」
「それで、テーマは?」
そこでふたたび眼鏡さんは黙ってしまった。横で聞いていた他の子たちと目線を合わせる。しばらくの間、目と目で語り合うようにした後、小さく頷いた。こちらに向き直って口を開く。
「ヴィア・ドロローサってわかる?」
「何だっけ?」折笠さんに振る。
「……えっと、キリストが十字架を担いで歩んだ苦難の道のりのことでしょ」
「そう、そして、キリスト教徒にとって、その道のりを辿ることは贖いのための巡礼でもある」
「贖い?」
「面食らった?」眼鏡さんは微笑んだ。「何もね、宗教画みたいにしたいわけじゃないの。聖書の逸話だとか、キリスト教にまつわるモチーフを扱うわけでもない。だけど――」
「だけど?」
その質問に答えたのは眼鏡さんではなかった。デザイン班の一人――見覚えがあるボブの子だ。
「修学旅行っていうくらいだからね。わたしたちも向こうで色々と学んだんだ」ボブさんは言った。「出島の貿易やその影響を受けた長崎の文化。そういう明るい側面もあれば、原爆とか隠れキリシタンの弾圧みたいに暗い側面もあった」
「そう、だから改めて歴史っていうものを考えてみようって」眼鏡さんが言った。「ただの教科書のテキストとか、テストの問題文や回答じゃなくて、わたしたちが生きる現在に直接つながるものとして。歴史上の出来事をベースに、過去から現在へと至る道筋を表現したいなって」
「それが巡礼、か」僕は納得した。「思った以上に真剣なテーマだね」
「……最初からそうだったわけじゃない。だけど……」
眼鏡さんがボブさんに視線を送る。
「いいんじゃない、委員長」ボブさんは言った。「そろそろ話すべきだと思うよ。修学旅行で起こった出来事について」
「そうだね」眼鏡さんこと委員長は頷いた。「ここで語っておかないと、葉月君たちもステンドグラス制作に関わるうえで不都合だろうし」
「話してくれるの? 修学旅行で箒木さんに何があったのか」
「うまく説明できないかもしれないけど」委員長は言った。「でも、クラスの一人として葉月君にも折笠さんにも知ってほしい。あの日のこと」

