その夜、夢を見た。
 僕は見沼の川を木船で下っていた。船頭の顔は菅笠に隠れてよく見えない。黙々と、淡々と、オールを漕いでいる。僕は木船に座していて、対面には、麻耶がいた。真理亜そっくりの顔の少女が。
 久しぶり。
 彼女はそう言って微笑んだ。
 久しぶり。僕はそう返した。君のこと、僕はずっと忘れていた。
 そうだね。ずっと一緒だったのに。
 ずっと?
 そう、ずっと。あなたは目覚めたら忘れてしまうけれど。
 夢はすぐ忘れてしまう。起きる前に忘れてしまう夢もある。
 夢の逢瀬というわけか。にわかには信じられないな。
 あなたは忘れっぽいから。
 それは否定しないけれど――
 船が揺れる。麻耶が僕にのしかかるようにして抱き着いてきた。
 目覚めたとき、パンツが濡れていることはない?
 ずいぶんと踏み込んだことを訊くね。君はサキュバスか何かかい。
 そうかもしれない。わたしは龍。神の敵。言い換えるなら悪魔のようなもの。サキュバスだってその一種でしょう?
 麻耶が唇を重ねてくる。舌が入ってくる。僕は考える間もなく、それを受け入れた。舌と舌を絡ませる。
 僕は……無理だよ。そういうことができないんだ。
 知ってる。だけど、夢なら?
 僕は君としたことがあるの?
 数えきれないほど。
 信じられない。
 ここには過去も未来もない。これから起こることはすでに起こったことで、すでに起こったことはこれから起こることでもある。
 そして、僕と君は永遠にセックスし続ける?
 永遠なんてものは存在しない。そもそも時間なんてものが存在しないから。
 どうにも、僕には話が高度すぎるな。
 そう? あなたも本当は心ではわかってるはず。
 船が揺れる。僕は麻耶と密着したまま、激しく上下に動いた。欲望に火がついて、僕は麻耶の胸に手を伸ばした。荒々しく揉みしだき、乳首を口に含んで強く吸い、顔をうずめた。頭を撫でられる。そっと抱き寄せられる。
 僕と君は恋人だったの?
 お姉ちゃんから聞いてなかった?
 聞いたけど、信じられなかった。覚えていなかったから。
 麻耶は僕の頭を離した。頬を両手で包み込む。
 そう、しょうがないね。あなたはまだこちら側には来られないから。
 こちら側?
 船が揺れる。船が揺れて、揺れて――
 そう、こちら側。あの世とか彼岸とか、呼び方は何でもいいけど、あなたが生きている世界とは全く異なる世界。
 でも、君は日記に僕のことを書いていた。その頃、君はまだ生きていたというのに。
 それがわたしの定めだったから。
 定め?
 そう、わたしは遠からず死ぬ定めだった。だからきっと、生きながらにして半分はこっちの世界に足を踏み入れていたんだと思う。
 君はいったいどうして――
 船が揺れる。揺れて、揺れて、揺れて、揺れて、揺れて、揺れて、揺れて、揺れて――
 あなたはもう知っているはずでしょう? 麻耶は唇で僕の口を塞いだ。時間みたい。あなたの世界ではもう夜明けが近い。だから、さよなら。

 僕は目覚めた。何か夢を見ていた気がする。だけど、どんな夢か思い出せなかった。ただ、低血圧の僕にしては珍しく、股間に血が集まっていた。血はすぐに退いていったが、たしかに僕は勃起していた。