溝呂木君について知ったのは、隣のクラスで聞き込みをしていたときのことだった。
麻耶に惚れていたという男子生徒だ。上水口さんと同じく、麻耶の件依頼学校に来ていないという。
――いいの、そんなこと話して。
――ああ、大丈夫大丈夫。みんな知ってることだから。
溝呂木君の友人だという男子生徒はそう言った。
――あいつ、箒木さんにすっかり参っててさ。ラブレターだぜ? もちろんフラれたけど、でも、それでも諦めないんだ。いまもきっと……
「箒木さんはきっとモテただろうね」溝呂木君の家に向かう途中、折笠さんが不意に漏らした。
「何でそう思うの?」
「……真理亜さんと同じ顔なんだよ? 決して派手で目立つタイプじゃなかったけど……男の子はそういう子好きでしょ? この子の良さがわかるのは自分だけだって思わせるような子が」
確かに控えめに言っても、真理亜の顔は整った部類に入るだろう。麻耶も写真で見る限り似た雰囲気を持っていた。一卵性双生児というのだから当然だろう。
「その理屈だと折笠さんもモテそうなものだけど」
「わたしは背が高すぎる。それに可愛げがない。胸もないし」
「可愛げに関してはともかく、身長は関係あるかな」
「葉月君だって、小さい子の方が好きでしょ。舞ちゃんといちゃついてるんだから」
「……それはあくまで僕の趣味だよ」
「胸が大きい子が好きなのも?」
「あはは」笑ってごまかした。「まあ、それが大多数の男子の趣味であることは否定しないよ」
「舞ちゃんも箒木さんも胸は大きい方でしょ。だったらモテるよ、絶対」
「たしかに舞はモテるだろうけどね」
舞は女子校に通っている。男子とどうこうという話は聞かない。
「だったら、箒木さんもモテるよ、絶対」折笠さんは頑なに言った。
「……下世話な話だけど、麻耶ってそこまで大きかった?」
「着痩せする方だったのかもしれないけど……脱いだらすごかったよ」
同じクラスなのだ。更衣室でそのすごいものを見る機会もあっただろう。
「……自分で訊いといてなんだけど、あんまりそういう話はしない方がいいんじゃないかな」
「そうだね」折笠さんは我に返ったように言った。「でも本当に大きかったから。本当に」
興奮するような口調だった。
「折笠さんってもしかして、女の子の方が好きだったりする?」
「……そうかもしれないって思ったことはある。中学の頃、友だちとちょっとそういう関係になりかけたことがあって……でも、自分でもよくわからない」
「なんだか今日は随分と踏み込んだ話をするね」
「……わたしは一方的に葉月君と舞ちゃんの話を聞いてるし」
「だから自分も話さないとフェアじゃないって? 気にしなくていいのに」
「わたしが気になるの」折笠さんは言った。「でも……そうだね。今日話したことは忘れてもらった方がいいかも」
「できれば、そうするよ」
そんなことを話していると、溝呂木君の家に着いた。分譲住宅の一軒家だ。郵便受けと新聞受けが連なったタワーに「溝呂木」の表札がある。
僕はチャイムを鳴らし、彼の母親に来意を告げた。
『ごめんなさいね』彼の母親は言った。『あの子、家にいないの。どこにいるんだか……』
「困ったね。アポを取っておくべきだったか」道を引き返しながら言う。「上水口さんみたいに家にいるものだと思ってたよ」
「彼か彼の友だちに連絡はとれないの?」
「必要だとは思わなくてね、訊かなかった」
「どうする?」
「そうだね、ちょっと近所を探してみようか」
「顔もわからないのに?」
「幸い、一九〇cm近い巨漢だってことはわかってるからね。それらしい男子を見つけて声をかければいいさ」
「何か当てはあるの?」
「特にないけど……」僕は言った。「付き合わせるのも悪いし、折笠さんは返ってもいいよ。今日の相手は男の子だしね」
「いまさらそういうのはなし……って言いたいところだけど、たしかに今日はそこまで長く付き合えないかも」
「何か用事?」
折笠さんは話しづらそうに口をつぐんだ。
「いや、別に言いたくないならいいけど……」
「ごめん。本当にプライベートなことだから」
「いいよ。じゃあ、また明日ね」
そうして僕らは別れた。
「やれやれ」折笠さんの姿が見えなくなると、僕はひとつため息を吐いた。「さて、巨漢の師匠を探すか……」
麻耶に惚れていたという男子生徒だ。上水口さんと同じく、麻耶の件依頼学校に来ていないという。
――いいの、そんなこと話して。
――ああ、大丈夫大丈夫。みんな知ってることだから。
溝呂木君の友人だという男子生徒はそう言った。
――あいつ、箒木さんにすっかり参っててさ。ラブレターだぜ? もちろんフラれたけど、でも、それでも諦めないんだ。いまもきっと……
「箒木さんはきっとモテただろうね」溝呂木君の家に向かう途中、折笠さんが不意に漏らした。
「何でそう思うの?」
「……真理亜さんと同じ顔なんだよ? 決して派手で目立つタイプじゃなかったけど……男の子はそういう子好きでしょ? この子の良さがわかるのは自分だけだって思わせるような子が」
確かに控えめに言っても、真理亜の顔は整った部類に入るだろう。麻耶も写真で見る限り似た雰囲気を持っていた。一卵性双生児というのだから当然だろう。
「その理屈だと折笠さんもモテそうなものだけど」
「わたしは背が高すぎる。それに可愛げがない。胸もないし」
「可愛げに関してはともかく、身長は関係あるかな」
「葉月君だって、小さい子の方が好きでしょ。舞ちゃんといちゃついてるんだから」
「……それはあくまで僕の趣味だよ」
「胸が大きい子が好きなのも?」
「あはは」笑ってごまかした。「まあ、それが大多数の男子の趣味であることは否定しないよ」
「舞ちゃんも箒木さんも胸は大きい方でしょ。だったらモテるよ、絶対」
「たしかに舞はモテるだろうけどね」
舞は女子校に通っている。男子とどうこうという話は聞かない。
「だったら、箒木さんもモテるよ、絶対」折笠さんは頑なに言った。
「……下世話な話だけど、麻耶ってそこまで大きかった?」
「着痩せする方だったのかもしれないけど……脱いだらすごかったよ」
同じクラスなのだ。更衣室でそのすごいものを見る機会もあっただろう。
「……自分で訊いといてなんだけど、あんまりそういう話はしない方がいいんじゃないかな」
「そうだね」折笠さんは我に返ったように言った。「でも本当に大きかったから。本当に」
興奮するような口調だった。
「折笠さんってもしかして、女の子の方が好きだったりする?」
「……そうかもしれないって思ったことはある。中学の頃、友だちとちょっとそういう関係になりかけたことがあって……でも、自分でもよくわからない」
「なんだか今日は随分と踏み込んだ話をするね」
「……わたしは一方的に葉月君と舞ちゃんの話を聞いてるし」
「だから自分も話さないとフェアじゃないって? 気にしなくていいのに」
「わたしが気になるの」折笠さんは言った。「でも……そうだね。今日話したことは忘れてもらった方がいいかも」
「できれば、そうするよ」
そんなことを話していると、溝呂木君の家に着いた。分譲住宅の一軒家だ。郵便受けと新聞受けが連なったタワーに「溝呂木」の表札がある。
僕はチャイムを鳴らし、彼の母親に来意を告げた。
『ごめんなさいね』彼の母親は言った。『あの子、家にいないの。どこにいるんだか……』
「困ったね。アポを取っておくべきだったか」道を引き返しながら言う。「上水口さんみたいに家にいるものだと思ってたよ」
「彼か彼の友だちに連絡はとれないの?」
「必要だとは思わなくてね、訊かなかった」
「どうする?」
「そうだね、ちょっと近所を探してみようか」
「顔もわからないのに?」
「幸い、一九〇cm近い巨漢だってことはわかってるからね。それらしい男子を見つけて声をかければいいさ」
「何か当てはあるの?」
「特にないけど……」僕は言った。「付き合わせるのも悪いし、折笠さんは返ってもいいよ。今日の相手は男の子だしね」
「いまさらそういうのはなし……って言いたいところだけど、たしかに今日はそこまで長く付き合えないかも」
「何か用事?」
折笠さんは話しづらそうに口をつぐんだ。
「いや、別に言いたくないならいいけど……」
「ごめん。本当にプライベートなことだから」
「いいよ。じゃあ、また明日ね」
そうして僕らは別れた。
「やれやれ」折笠さんの姿が見えなくなると、僕はひとつため息を吐いた。「さて、巨漢の師匠を探すか……」

