報告会から数週間が経ったある夜、いつも通り舞の部屋で従兄妹同士のスキンシップに興じていると、彼女が尋ねてきた。
「最近、何かいいことでもあった?」
 ベッドの上で、舞を後ろから抱いているときのことだった。お風呂に入ったばかりで、濃厚なシャンプーとボディーソープの匂いを感じる。
「どうして?」彼女の首筋に唇を当てる。強く吸い過ぎないように気をつけながら。
「何となくだけど……」舞は小さく喘ぐ。「目がいつもより死んでない気がして」
「いつもは死んでるみたいな言いようだな」
「そう聞こえないんだったら、お兄ちゃんは耳も死んでることになるね」
「それはよかった」
 ハーフパンツから伸びる太ももに手を伸ばす。触れるか触れないか、という絶妙なフェザータッチから徐々に加える力を強めていく。徐々に、奥へ奥へと手を滑らせていく。すべすべとした白い肌。確かな肉感と温かさ。
「少なくとも、僕にも生きてる部分があるってわかって安心したよ」
「……それで、何かあったの?」
「生きていれば何かしらはあるさ」舞の腰に手を回し、抱きしめる。「だけど、そうだね。前よりは人と関わってる。それが何かと言えば何かかな」
「それはまた、どういう風の吹き回しなの?」
「気に入らない?」僕は手を緩めた。「僕には舞さえいればいいって?」
「そうじゃないけど……」
 それから、舞の体を隅々まで撫で回した。爪先からつむじまで余すところなく。まるで壊れやすい機械を点検するかのように慎重かつ入念に。そうして全身に指紋を残したところで、彼女を仰向きに倒した。
「ねえ、好きって言って」舞は僕を迎えるようにして両手を伸ばした。
 僕は舞に覆いかぶさった。のしかかるようにして抱きしめ、耳元で囁く。「好きだよ。愛してる」
「本当?」
 体を起こす。舞の頬を撫で、さらさらとした黒髪を手でとかす。
「好きじゃなきゃ、こうして乳繰り合ったりしないよ」
「そう? でも男の人は体だけでも愛せるって言うし」
「僕がただのスケベ野郎かもしれないって?」
「スケベなのは事実でしょ」
「……恋愛はただ性慾の詩的表現を受けたものである。 少なくとも詩的表現を受けない性慾は恋愛と呼ぶに値しない」
「何それ」
「芥川だよ」乳房に手を伸ばす。「僕は事実として舞に欲情している。可能なら今すぐにでも獣のようにまぐわいたい。問題はそれが詩的修飾を受けているかどうかなわけだ」
「そう、それ。お兄ちゃんには少し詩情が足りない」
「詩情かあ……」
 ふと、思い出す。同級生への聞き込みで聞いた話を。
 ――あいつ、箒木さんにすっかり参っててさ。ラブレターだぜ? もちろんフラれたけど、でも、それでも諦めないんだ。今もきっと……
「じゃあ今度ラブレターでも書いてみようかな」
「ラブレター? お兄ちゃんが? わたしに?」
 よっぽど可笑しかったのか、くすくすと笑う。
「ああ、ペンさえ握れば、きっと僕の内なる詩人が目を覚ますさ」乳房の弾力と柔らかさを堪能しながら言う。「舞ちゃんがお菓子なら食べてしまいたい、とかね」
「それは芥川でしょ」舞は言った。「でも、そこまで言うなら、期待しちゃうかも」
「うん、期待しててよ」僕は言った。「ちょいと、先達の助言をもらってくるからさ」
「先達ってラブレターの?」
「うん」
 それから、しばらくの間、僕らは終わりなき前戯を続けた。庇護欲と嗜虐心、それに性欲。十七歳の少年らしい衝動が頭をもたげる。だけど、舞を抱くことはできなかった。その日も、これまでも。
 やはり、僕はどこか死んでいるのだろう。舞が感じているだろう官能を、僕は感じることができない。体が、反応しない。裸に剥いて股を開かせても、僕の方の準備が整わなかった。
 きっと、これは神意だ。僕のような人間は子孫を残さない方がいいという。いや、あるいは僕が無意識にそう思っているのかもしれない。だからきっと、僕は誰も抱くことはできない。どれだけ恋焦がれても、その人とひとつになることはできない。たとえ、目の前にアンドロギュノスの片割れ(失われた半身)が現れたとしても、ひとつに戻ることはできないのだ。